e0345320_11140562.jpg
本当は違う書き出しにしようと思ったのだが、おぉーっと唸った発見からこの記事を始めよう。自分の手元にある上下巻を写真に撮るために、たまたま横に並べてみて初めて分かったことには、この 2冊の表紙は、ひとつながりの絵になっているわけなのだ!! いやー、これはまた予想外の展開。いかにこの小説を楽しんだ人でも、こればっかりは並べてみないと分からないこと。などと喜んでいる私は無知な人間で、実はネットの世界では既に当たり前なのかもしれないが。

今年の 4月28日付の記事で、フィリップ・K・ディックの古典的名作「高い城の男」をご紹介した。私はその記事で、そのディックの小説を読みたいと思った理由をほのめかした。そしてここで約 1ヶ月を経過して明かされる真実。・・・と言っても全く大したことのない話だが (笑)、私はこの最新の小説を読みたくて、その前に是非とも「高い城の男」を読みたかったわけである。なぜなら、その 2作には共通する設定があるからだ。この小説の題名、「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」とは、要するに現実世界での United States of America のことだが、第二次世界大戦の末期に日本が米国に原爆を落として、枢軸国が連合国に勝利したという架空の世界を舞台にしているために、この名称になっているもの。なるほど、それは分かった。だが、上に掲げたこの本、ハヤカワ文庫の上下巻の表紙は一体何なのか。何やら巨大なロボットのようなものが二体、向かい合っている。よく見ると下巻の帯に、「『高い城』& 『パシフィック・リム』の衝撃!?」とある。この最後の感嘆詞「!?」から、「エヘヘ、ちょっと言い過ぎかなぁ」とい照れが見えるような気がする。だが、読んでみると確かにこのコピーは言いえて妙なのである。もし映画「パシフィック・リム」をご存じない方がおられるといけないので、そのイメージをここで掲げておこう。もっとも、この映画に対する私の評価は、決して高くはないのであるが。
e0345320_23201317.jpg
つまり映画「パシフィック・リム」では巨大ロボットが登場し、怪獣 (英語でも「カイジュウ」) と対決するのである。そしてこの小説「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」には怪獣は登場しないものの、巨大ロボットが後半に出てくるのである。だからその意味では、ここには「パシフィック・リム」との共通点があるのは事実だ。そして、まぁそうなってくると、多分に思弁的な要素を持つディックの「高い城の男」の世界からは離れ、現在海外にもファンの沢山いる日本のアニメをはじめとするサブカルチャーの世界に近接するのである。実はその分野は私は苦手で、例えば知り合いの中にガンダム・マニアもいるが、彼の熱中ぶりを見ていると、私はその世界からは遠くに住んでいる人間なのだなぁと実感することがある。言い方を変えれば、この小説で描かれた世界は、文字ではなく映像 (いわゆるヴィジュアルという奴ですな) 先行型であると言え、実際にそのままハリウッドが映画化に乗り出してもよいくらいではないかと思う。と書いてすぐに訂正するのだが、小説ならではのエグい描写も沢山含まれていて、そのあたりはそのまま映画にはできないだろう。だがとにかく、この小説のヴィジュアル性には特筆すべきものがあって、最近年のせいか、読書をしてもなかなかイマジネーションの沸かない私としては、大変読みやすいと思ったものだ。

ストーリー自体はかなりシンプル。戦争に負けたかつてのアメリカ合衆国は、東側をナチス・ドイツに、西側を皇国日本に占領されている (この設定は「高い城の男」と同じ)。そんな中、"USA" なるゲームが流行する。これはなんと危険なことに、戦争で米国が勝って、繁栄を謳歌するという、皇国的にはありえない筋書き。それとともに、ジョージ・ワシントン (GW) 団と名乗る組織が、皇国日本に反逆する活動を行う。主人公の石村紅功 (べにこ) は、特高に属する筋金入りの皇国主義者、槻野昭子とともにある人物を抹殺しようとするが、敵味方入り乱れて、波乱万丈の成り行きの中に身を投じることとなるのだ。ちなみに物語は主人公の両親が戦後をどのように過ごしたかという 1948年の情景に始まる。そこでは主人公の両親は、生まれてくる子供が女の子と信じて、「べにこ」という女の名前をつけるのであるが、実際に生まれてきたのは男の子。ゆえに、「紅功」なる奇妙な名前の男が出てくるのである。物語は主として 1988年の米国西海岸を舞台としているが、回想シーンでは、その 10年前、1978年のサンディエゴ (カリフォルニア州に実在) での悲惨な出来事が重要な意味を持つ。メインの舞台が 1988年になっている理由はどこにも明記がないが、私の思うところ、インターネットが普及した時代では設定が難しくなるからではないか。ここで描かれる 1988年の世界では、各自が「電卓」(この言葉も、もう死語ですなぁ・・・) を持っており、そこから通信やハッキングができるような設定だ。なるほど、これも気が利いている。つまり、ここでの架空の世界にある種のリアリティを与えているのである。それに、描かれた街の情景には、あの「ブレードランナー」を思わせることもあり、ここでもフィリップ・K・ディック (「ブレードランナー」の原作はディックの小説「アンドロイドは電子羊の夢を見るか?」である) とのつながりを感じさせるのである。さらに感心するのは、様々な設定をばら撒いてヴィジュアルな要素を重視しながらも、小説ならではの衝撃性を組み込んだり、登場人物のキャラクター付けを入念に行っていることであり、この小説が SF 物であろうと何であろうと、人間という存在の強さと弱さをかなり仮借なく描いている点、作者の非凡な手腕を垣間見る思いである。こんな面白い小説を書いたピーター・トライアスは、1979年生まれ、サンフランシスコ在住の韓国系米国人。
e0345320_00051439.jpg
彼は若い頃から、いわゆるサブカルチャーを含む日本の映画やアニメにどっぷりだったようである。昨今クールジャパンは外国人に人気だし、私も仕事の関係で外人のそのような指向を実感している面もあるのだが、それにしても、そのような既存の材料を使って、これだけ面白い小説を書けるのは大したもの。この「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」が、初めて日本に紹介される彼の小説とのことだが、今後の活動が楽しみだ。なので、巨大ロボットものにアレルギーのない向きには、この特異な設定の小説を読んでみられるのも一興かと思います。あ、それから、登場人物名の漢字表記をはじめ、随所に翻訳の苦労が偲ばれる。この小説では実際、登場人物が関西弁を喋るようなことすらもあって、英語の原文はどうなっているの??? と不思議になろうというものだ。

上記の通り、この小説の舞台は主として米国西海岸なのであるが、サンディエゴ (LA の南 200km) という街で起こる出来事が、小説において非常に重要な意味を持つ。私はサンディエゴは二度出張で訪れているが、あるとき、お客さんと一緒に少しだけ街を見る機会があった。街の北東部にバルボア・パークという広大な公園があり、そこは今から 100年少し前、1915年に世界博覧会なる大規模な催しが開かれた場所なのであり、いまバルボア・パークに残る多くの建物はそのときのもの。今では博物館や美術館として賑わっている。なのでこの小説でも、作者と同じ西海岸の人たちが読むと、サンディエゴという地名から必ずや一定のイメージを得るものと思う。その施設の一部をご紹介すると、これはなんと、「ミンゲイ・ミュージアム」。そう、柳宗悦らが主張した「民芸」に属する美術作品を展示している。そしてなぜか、ニキ・ド・サンファルの彫刻作品が。
e0345320_00183634.jpg
これは美術館。さすがメキシコに近いだけあって、メキシコバロック風だ。当時は国境に壁を作るという話もなかったであろうし、文化面でのメキシコの影響は大変有意義であったろう。収集品はなかなかのもので、私が敬愛するカルロ・クリベッリの作品もある。
e0345320_00184661.jpg
これはちょっとピンボケだが、どこまでも青い空をバックにした尖塔。確か今は人類博物館になっているはず。
e0345320_00185696.jpg
そしてここで遭遇する驚きは、日本庭園だ。もちろん、なんちゃって日本庭園なのだが、もしかするとピーター・トライアスは、こんな風景を見て、戦争に勝った日本が米国を統治しているというストーリーを思いついたのではないか。もちろん確証はないが、そういうこともあったのでは、と夢想することは楽しい。
e0345320_00190622.jpg
そんなわけで、この奇想天外の物語は、人種のるつぼである米国のあり方に対するヒントにもなるかもしれず、ただ単なる荒唐無稽のフィクションとして割り切ってしまうのは惜しい。右傾化が進むこの時代であるからこそ、このような小説の需要が増大するのかもしれない。

# by yokohama7474 | 2017-05-25 00:36 | 書物 | Comments(0)

e0345320_01100456.jpg
これは、私がどうしても名前を覚えられなくて、いつも、「えぇっと、あのインド人」と呼んでしまう映画監督、えぇっと、M・ナイト・シャマランの新作である。彼の前作「ヴィジット」もこのブログでご紹介したが、あの「シックス・センス」(1999年) によって一気にブレイクした才能で、その後もコンスタントに映画を撮り続けている才人である。あの「シックス・センス」の発想の面白さは実に大したもので、あれを見て「やられた!!」と思わないほど頭のよい人がいたら、会ってみたい。私など、劇場で思わず叫んでしまいそうになるほどであった (笑)。この「シックス・センス」の次に、同じブルース・ウィルスを主演に迎えてシャマランが撮ったのは、デイヴィッド・ダンという警備員が主役の「アンブレイカブル」(2000年)。これは前作ほどではないが、まずまずの出来であったと記憶する。だが、それから本作までの 8作で、彼は「シックス・センス」を超えただろうか。もちろん見る人それぞれの評価があるだろうが、残念ながら No と答える人が多いのではないだろうか。中には、「エアベンダー」のような、ちょっと迷ってしまっているかなぁという残念な作品もあった。だが今回の作品、プログラムに踊る言葉は、「シャマラン完全復活!! 想像を絶する究極の結末。観客の予想を裏切り続ける 1時間57分!」とある。さてさて、本当にインド人の復活なるか???
e0345320_23345668.jpg
この映画のストーリーは、予告編を見るだけで明らかである。女子高校生 3人を乗せて停まっていた車の運転席に、見知らぬ男が突然乗り込んでくる。「車を間違ってますよ」と注意する少女たちに何やらスプレーを浴びせかけ、男は 3人を誘拐、監禁する。そしてその男の中には 23の異なる人格が存在し、24番目の人格が迫り来る。果たして少女たちの運命やいかに!! というもの。主役 2人が、最初の「出会い」で作り出す視線の交錯は、こんな感じ。
e0345320_23421504.jpg
e0345320_23422833.jpg
ここから始まる監禁と、そこから逃げようとする女の子たちの奮闘は、以前私が大絶賛した「ドント・ブリーズ」や、こちらはかなり厳しいことを書いた「グリーンルーム」と共通するものがある。最近の観客は、狭いところに閉じ込められて、そこから脱出するという設定にのめり込むということなのだろうか。だがここで私の独断を述べてしまうと、この映画の出来は「ドント・ブリーズ」には及ばないが、もしかすると「グリーンルーム」よりも上に位置するかもしれない。そしてここで結論を急ぐと、残念ながらこの映画の出来は「シックス・センス」にはやはり及ばない。ネタバレを避けながらこのことについて語るのは極めて困難なので、以下はちょっと回りくどい言説になってしまうが、この映画をご覧になった方には分かって頂けると思って、話を続けます。

上記の通り、少女たちを誘拐する男は多重人格者であり、既に予告編にもこのような少年と女性のキャラクターが登場する。
e0345320_00120065.jpg
e0345320_00121244.jpg
多重人格者の映画と言えば、昔「レイジング・ケイン」という、ブライアン・デ・パルマの映画があった。主演のジョン・リスゴーが頑張っていたが、だがスクリーン上で見る多重人格の表現は、正直なところあまり恐怖を覚えさせなかったと記憶する。今回の「スプリット」の場合、多重人格者を演じる「X-メン」シリーズのプロフェッサー X (チャールズ・エグゼビア) 役でおなじみのジェームズ・マカヴォイは、23もの人格すべてを演じるのかと思いきや、そのうちの 9人分だけだ。いや、「だけ」というのは語弊があって、これは充分多い数であり、口調や動作の違いでそれらの人格を使い分けるマカヴォイの演技はさすがだと言えよう。だが。だがである。やはり、スクリーン上で見る多重人格者は、正直言って怖くない。それは、演じている役者が、スクリーン上の複数の人格を表現していることがつぶさに分かるからであり、もし現実にそんな人がいたら怖いだろうなぁとは、あまり思わないのである。それよりもむしろ、このような窓のない空間に閉じ込められるという、その単純な事実が怖い。
e0345320_00254882.jpg
彼女たちがここで経験するのは、得体の知れない「人々」 (?) による奇妙に友好的な待遇である。様々な逃亡を企てる彼女らがそれに失敗するたび、どんなひどいことが起こるのかと思いきや、即全身ズタズタとか、逃げようのない残酷な拷問にかけられるとか、そこまでひどい目には、とりあえずのところは、遭わないのである。その意味するところは何だろう。クライマックスに向けて何らかのメッセージが発信されるのであろうと思い、画面の隅々まで可能な限り注意を払ったが、最後のシーンに至っても、「シックス・センス」並にポンと膝を打つようなことにはならなかった。だから、この映画に対する私の大きな期待は満たされたとは、残念ながら言えないのである。いつものようにシャマラン自身がチョイ役で出演しているが、そういったシーンによっても、観客の恐怖は和らいでしまうのだ。

ただ、映画として優れた場面はいくつかあって、見ていて飽きるということがないとも言える。何より、主役のケイシーを演じるアニヤ・テイラー=ジョイのくるくる変わる表情がよい。内向的でつらい過去を持つ女の子という設定であるが、目と目が離れていて決して完璧な美形には見えない顔でありながら、このような涙の表情が、謎めいた雰囲気を醸し出していて、ただ単に怯えているだけの弱い女の子というイメージではないのである。今後期待できる女優さんだと思う。
e0345320_00381517.jpg
さて、この映画の舞台がどこであるかは、ただ映画を追っているだけでは判然としないが、いくつかのシーンから、明らかにフィラデルフィアである。シャマランは幼少期をこの街で過ごし、これまでの作品でもしばしばフィラデルフィアを舞台にしている。そのことがはっきりするのは、終盤に登場するタクシーに "Philly" と書いてあるからだ。大リーグのフィリーズでも分かる通り、Philly とはフィラデルフィアのことなのである。あ、それから、美術好きには、映画の中で登場人物が鑑賞するこの作品がヒントになる。
e0345320_00490417.jpg
これは言うまでもなく、ポール・セザンヌの代表作のひとつ「大水浴」。フィラデルフィア美術館の目玉のひとつでもある。私はこの美術館を二度訪れたことがあるが、素晴らしいコレクションを持っている。このセザンヌもさることながら、より貴重なのは、マルセル・デュシャンの遺作である。箱の中を覗き見する怪しい作品であり、この美術館に出かけて行くしか鑑賞する方法はないのだ。あ、それからもちろん、映画好きの人は、この美術館の外見に興奮を覚えるかもしれない。
e0345320_00552890.jpg
そう、「ロッキー」である。このシャマランの映画と直接関係はしないものの、この美術館の映像を見ると、やはり「ロッキー」を思い出さざるを得ないし、階段を駆け上って両方の拳を突き上げたくなるのである (笑)。一方、クラシックファンが期待するかもしれない、米国屈指の名門オケ、フィラデルフィア管弦楽団に関するネタは、残念ながら本作には登場しません。

ともあれ、予告編でシャマラン自身が「見たあとも絶対人に喋るな」と観客に呼び掛けていることであるから、ラストシーンについて語ることはできないが、うーん。どうでしょう。こればっかりは見てのお楽しみなので、たとえポンと膝を打つようなことにならないとしても、恨みっこなしだ (笑)。ひとつだけ、これから見る方にアドバイスすると、本編が終了してエンドタイトルが流れても、席を立ってはいけない。エンドタイトル終了後に日本語で、あるメッセージが流れるので、それを見た上で、この映画を評価するべきだろう。そのメッセージの意味するところは、またシャマランの次回作まで待たないと理解できないかもしれないが。

そんなわけで、人格がスプリットしないよう、理性を持って見れば、あなたは決してこの映画によって壊されることはないだろう。多重人格、何するものぞ!!
e0345320_01084664.jpg

# by yokohama7474 | 2017-05-24 01:09 | 映画 | Comments(0)

e0345320_22322949.jpg
ここしばらく映画を見る機会を逃していた。もちろん、出張の際に飛行機の中で見た映画はある。それらは大抵、劇場で見逃したものか、あるいは劇場で見ることは最初から想定しないタイプの映画であって、面白いもの面白くないもの、様々だが、このブログで採り上げる対象とはしない。というのもここでは、映画に関しては、劇場というしかるべき空間での経験のみを語ることとしたいからだ。とまあそんなわけで、しばらくぶりに劇場で見て、そしてここで採り上げる映画は、あのウディ・アレンの新作である。

私のウディ・アレンに関する思い入れは以前にも書いたのだが、1980年代、90年代の頃にはどうにも共感できず、あえて距離を取っていた。だが時は流れ、このところの私は彼の作品にほれ込んでいて、見る映画見る映画、ふぅーんっと唸ってしまうのである。今彼のフィルモグラフィを眺めて数えたところ、2008年の「それでも恋するバルセロナ」以降の監督作品 (劇映画のみ) 9本のうち、見ていないのは 1本だけだ。彼は今年 82歳になる高齢だが、そのキャリアで一貫して監督作では必ず脚本を書き、オープニングタイトルは極めてシンプル。CG も使用しないから、エンドタイトルも今時珍しい、短いものだ。彼の制作態度は何十年も変わっておらず、ただこちらが年を取ってものの見方が変わってきた (願わくば大人になった???) ということなのだろう。これは本作で主要な役 (ヴォニー) を演じるクリステン・スチュワートと並ぶウディ・アレン。肩など組んで、おいおい、近い近い!! (笑)
e0345320_22362031.jpg
そんなわけで、久しぶりに見る映画として迷いなくこれを選んだのだが、オープニングタイトルでいきなり、普段のウディ・アレン映画では経験しない、のけぞるほどの驚きを覚えることとなった。それは、撮影監督の名前である。Vittorio Storaro・・・えっ、もしかして、ヴィットリオ・ストラーロ??? そう、あのベルナルド・ベルトルッチの盟友であり、この稀代の名監督の代表作の数々を、まさに奇跡の映像で彩った、あの天才撮影監督である。もちろんそれ以外にも、「地獄の黙示録」も有名だし、BBC がワーグナー生誕 150年を記念し、ロバート・バートン主演で制作した伝記作品でも、テレビながら実に彼らしい映像美を創り出していた。調べてみると彼は 1940年生まれで、今年 77歳。ウディ・アレン作品の撮影監督は初めてである。
e0345320_20431164.jpg
そして、始まった映画の冒頭シーンを見て、私は再びのけぞったのである。1930年代ハリウッド。映画関係者たちが集う華やかなパーティで、プールサイドを滑らかに動くカメラが映し出す、夕焼けのあとの空の薄い青、プールの水の青、それを反射する白い建物の青。それぞれ微妙な差を持つ青たちが、ひとつの画面の中で実に絶妙にバランスされてゆらめいており、言葉を失うほどだ。実際、この 96分という比較的短い映画の中に収まった映像美は、平凡な映画の百本分くらいではないか。正直なところ、映像に見とれてストーリーを追うのを忘れるシーンもいくつかあった。ここでのストラーロの行動範囲は、屋内ではオフィスや高級レストランやカジュアルなバーやパーティ会場や一般人の自宅や、それこそカフェまで。屋外では冒頭のような屋敷のプールサイドから、海岸の波打ち際から、豪邸のテラスから、ならず者が死体をセメント詰めにする建築現場まで。実に様々なシーンをフレームに収め、ある場合には西日が疑念に満ちた人の顔を赤く照らすかと思うと、またある場合には家族の会食の場面で家長たる父親の顔が陰になる。また、美しいシルエットもあれば、叔父を待つ主人公の服装と彼が背にする廊下の貼り紙が同系色のブラウンであったり、それはそれは、随所で遊びと真剣勝負がないまぜになっているのである。私は今ここで、記憶によってそれぞれのシーンを再現してみようとしているが、それには限界がある。少なくとももう一回、いやできれば三回はこの映画を見てみないと、この映像の真価を語りつくすことができないという無力感にとらわれているのである。昨今このような映画は極めて少ない。その点だけでも、この映画を見に行く価値は充分にあるのである。

もちろん、いつものようにウディ・アレン自身による脚本であるから、そのセリフの洗練されたこと。英語の論理性と、実はそこに時折出て来る詩的な感覚を感じることができて、いつもながら見事である。そうそう、「片思い」のことを "Unrequired Love" というのですな。勉強になります。実際この映画の言語を日本語に置き換えてみると、どうなるだろう。恐らく映画として成り立たないだろうと思う。人間の弱さを示す見栄や取り繕い、疑念や憤りや利己的な思い、情熱の先走り、そしてその反動の自己嫌悪・・・。そのような感情がストレートに伝わってくるのは、言語的なセンスも大いに関係していよう。そして、アレンの映画の常であるように、ここには本当の悪人という人はひとりも出てこない。それゆえに人生とは滑稽で哀れで、そして生きるに値するものなのだ。・・・おっといけない。若い頃の私は、このようなアレンの映画の批評を耳にして、どうにも敬遠したくなり、結果的にウディ・アレン映画という宝の山を、食わず嫌いしていたのであった。だから私も、そのような思いをあまり大々的にここで書いてしまうと、きっと若い人たちのためにならない。これ以上この種の賛美を連ねるのはやめておこう。もう遅いか (笑)。

この映画に出演している役者たちのほとんどが、私にとっては馴染みにない人たちである。ただ、主役ボビーを演じるジェシー・アイゼンバーグは、「グランド・イリュージョン」の 2作に出ていたのは覚えているし、調べてみると、「バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生」におけるレックス・ルーサーの役でもあった (因みにこの映画、私があれだけ散々悪口を書いたにも関わらず、続編が公開されることになるようだ)。ここでは、ナイーヴな青年がセレブたちの集う「カフェ・ソサエティ」で成り上がって行きながら、純粋な部分も残しているという設定を、大変上手に演じている。彼の放つ言葉がそのまま、英語の散文詩だと言ったらほめ過ぎだろうか。
e0345320_21352957.jpg
因みにこの映画、日本では以下のようなポスターもある。
e0345320_22430387.jpg
これを見ると、ボビーという男が、ふたりのヴェロニカという女性と巡り会い、恋に落ちる話であることは明確だが、さて、この派手な色遣いはどうだろう。正直、あのヴィットリオ・ストラーロの魔術的なカメラワークを堪能するには、ちょっとイメージが違わないか。この映画のストーリー自体は、最近ヒットした「ラ・ラ・ランド」に近いものがあって、まあその男女の切ないロマンス性を否定するつもりはないが、それよりもこの映画においては、人間を見る目にこそ大きな価値があると私は思っており、このように派手な作りのポスターで「ロマンスですよー」と宣言することは、作品の大人の魅力を伝えるためには、むしろ逆効果ではないか。それゆえ、私は冒頭に掲げた黒くてシンプルでシックなオリジナル・ポスターの方が、より作品の本質に近いと思うのである。

実は、ウディ・アレンとヴィットリオ・ストラーロにとっては、この映画が、ともにデジタルカメラで撮影した初の作品になったとのこと。ストラーロは長年デジタルでの撮影実験を重ねてきて、ようやくこの技術が満足できるレヴェルに達したと判断したのだという。そして、アレンの次回作 "Wonder Wheel" (ケイト・ウィンスレット主演) でもカメラを担当しているらしい。ともに 80歳前後に至った大芸術家同士、しかも全く違った持ち味の人たちが、ここへ来て意気投合しているというのが素晴らしい。是非是非、これから先も、共同で歴史に残る偉大な作品を作り続けて欲しい。あ、等身大で。
e0345320_22025101.jpg

# by yokohama7474 | 2017-05-22 22:04 | 映画 | Comments(0)

e0345320_11082414.jpg
イタリアの若手指揮者、今年弱冠 30歳のアンドレア・バッティストーニと、彼が首席指揮者を務める東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) の演奏会は、このブログでも何度かご紹介して来たが、今回は 4月からの新シーズンにおける最初の定期演奏会での共演である。実はこのオケは 4月には新国立劇場で「オテロ」と「フィガロの結婚」の演奏を担当していて、また 5月に入ってからも同じく新国立劇場で今度はバレエの「眠れる森の美女」を演奏していたこともあり、今期これまで東京地区で行った演奏会は、5/17 (水) の 14時から東京オペラシティでの「平日の午後のコンサート」しかない。それゆえ、この渋谷の Bunkamura オーチャードホールでの演奏会には、オケの面々としても、相当に期するところがあったものと思われる。これは今回の会場に展示されていた「平日の午後のコンサート」のリハーサル風景。曲目はチャイコフスキーのイタリア奇想曲と、交響曲第 5番。バッティストーニは最近イタリアの RAI 国立響を指揮したチャイコフスキー 5番の CD を発表しており、そこでもいつもの熱い音楽を展開していたので、きっとこの東フィルとの演奏会でも、熱狂的な演奏であったのだろう。
e0345320_22443962.jpg
e0345320_22450651.jpg
熱いと言えば、今日は各地で 30度を超える真夏日となり、東京もまさに真夏の日差し。そんな中、渋谷駅から Bunkamura に向かう文化村通りでは、交通を遮断し、なんでも「渋谷・鹿児島おはら祭」とかいうパレードが繰り出していて、はっぴを着た賑やかな踊りの列 (皆さん鹿児島から来られたのでしょうか? 「ラサール連」などという団体もありました) が実に楽し気だ。もちろん暑いに違いないが、祭りとは暑さの中で燃えるもの。私は、割って入って踊ることこそしなかったものの、心は参加者の皆さんと同じで、踊っていましたよ (笑)。

さて実は今回の演奏会の曲目も、テーマは踊りなのだ。以下の通り。
 ヴェルディ : 歌劇「オテロ」第 3幕より舞曲
 ザンドナーイ : 歌劇「ジュリエッタとロメオ」より舞曲
 ストラヴィンスキー : バレエ音楽「春の祭典」

もちろんお目当ては後半の「ハルサイ」なのであるが、振り返ってみれば、いや実にバッティストーニと東フィルらしい熱狂に溢れた素晴らしい演奏会であった。このホールではいつも、前半・休憩・後半・そして終演時刻とタイムテーブルが書いてあるのだが、今回は後半が「50分」とあるのが目を引いた。「春の祭典」はせいぜい 35分くらいの曲だ。はっはぁこれはきっとアンコールをやってくれるのでは、と思いながら入場した私であった。その勘が当たったか否かはのちほど。

最初の曲は「オテロ」のバレエ音楽だが、えぇっと、「マクベス」とか「アイーダ」ならともかく、「オテロ」にバレエ音楽なんてありましたっけ。実はこれ、ミラノでこのオペラが初演されてから 7年後、パリでの初演の際に追加で作曲されたもの。パリではバレエが人気で、作曲家はバレエ音楽を入れないとオペラを上演するのが難しかったことはよく知られていて、その最たる例はワーグナーの「タンホイザー」であるが、ヴェルディもやはりそれで苦労 (?) したようだ。最近では「オテロ」のパリ版が採り上げられる機会も増えているようだが、私は実演で見たことはないと思う。面白いことに、上述の通り東フィルは (ほかの指揮者のもとで) 「オテロ」を演奏したばかりであり、また、9月には首席指揮者バッティストーニ自身が演奏会形式で採り上げる予定になっているのだが、その版の選択はどうなのだろうか。ともあれ、決してポピュラーとは言えない「オテロ」のバレエ音楽、いきなり輝かしい金管の音色で始まり、それはもういつものバッティストーニ節が全開だ。素晴らしいと思うのは、オケの面々も、体でノリを見せながら呼吸を合わせて音楽を紡ぎ出していることで、このような積極性やモチベーションの高さは、このイタリアの俊英指揮者を頂くこのオケならではの持ち味になっているように思う。

続くザンドナーイの曲も、珍しいものだ。リッカルド・ザンドナーイ (1883 - 1944) はイタリアのオペラ作曲家で、あのマスカーニの弟子に当たる人。ダンテの神曲に想を得た「フランチェスカ・ダ・リミニ」(チャイコフスキーも同名の管弦楽曲を作曲している) の存在がかろうじて知られているが、実際の演奏に触れることは少ないし、ほかの作品に至っては、名前も聞いたことがないものがほとんど。実は、有名な出版社リコルディは、未完に終わったプッチーニの「トゥーランドット」の補完にザンドナーイを起用しようとしたが、無名だということでプッチーニの息子が断り、アルファーノが選ばれたとの経緯があったらしい。今回演奏された「ジュリエッタとロメオ」は、もちろんシェークスピアの「ロメオとジュリエット」に基づくものであろうが、私は今回初めて耳にする。これがザンドナーイの肖像。なかなかにダンディな人である。
e0345320_23162017.jpg
この「ジュリエッタとロメオ」は 1922年の作品で、その管弦楽版は東フィルが1956年に (おそらく) 日本初演、1968年にも再演しているらしい。指揮はこのオケでイタリア音楽の紹介に努めたニコラ・ルッチ。既に100年を超える東フィルの歴史にはこのような貴重な活動があり、またそのようなゆかりのレパートリーを、今またバッティストーニが発掘していることはなんと意義深いことか。そして驚くべきは、この曲の面白いこと。レスピーギの「ローマの祭り」を思わせるような音型も出て来て、迫力満点だ。ここでもバッティストーニと東フィルは、もうこれ以上ないといういうほど力感に溢れた演奏を展開。多くの人にとって初めて聴く曲でありながら、終演後の客席は沸きに沸いた。指揮者はスコアを抱えて客席に見せたが、そうなのだ。このような面白い曲がまだまだ埋もれているとは、実に惜しいこと。ザンドナーイのほかの作品も是非、採り上げて頂きたい。

休憩後の「春の祭典」は、冒頭のファゴットが、通常よりも長く引き伸ばされて始まったのを聴いて、演奏の方向性が分かったような気がした。指揮者はしばしばテンポを落としてじっくりと音を停滞させ、いざというところでは煽り立てる。いわばこの曲の現代性よりも土俗性を強調した演奏ではなかったか。私個人としては、もう少し切れ味鋭い現代的な演奏の方が好みではあるが、いやしかし、これだけの迫力で演奏されると、その説得力には脱帽だ。ここでも東フィルの各奏者は自発性と、暴力的なまでの積極性を見せ、瞠目すべき演奏を実現した。実は東フィルの公式ホームページを見ると、バッティストーニのこの曲についての結構詳しい解説を読むことができて大変興味深い。この人、若さとイタリア人の血に頼って力任せに指揮棒を振っているわけでは決してなく、広範な音楽史の知識と深い洞察力が背景にあっての、あの情熱的な指揮であるわけである。この解説では、「春の祭典」についての興味深い発言が数々あるが、ここではプログラムにも引用されている次の印象深い言葉をご紹介する。

QUOTE
「春の祭典」は、音楽史のうえで決定的な、この作品「以前」と「以後」を分ける力がある、真のマイルストーンである。西洋音楽の流れの中で、これほど大きな発展と革命の力を孕んだ作品はほとんどない。他にはおそらくベートーヴェンの「英雄」、ベルリオーズの「幻想交響曲」、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」、そしてシェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」だけだろう。
UNQUOTE

全くその通りだと思う。この音楽の衝撃は、初演後 100年以上を経ても未だに衰えておらず、実演に接する度に興奮を抑えられない曲なのである。これは、この曲を題材にした女優画家ヴァランティーヌ・ユゴーのスケッチ。昔、ムーティ指揮の極めて鮮やかな録音の銀色のジャケットに使われていましたねぇ。
e0345320_23390534.jpg
そして、終演後の拍手をバッティストーニが遮り、聴衆に向かって「ドウモアリガトウゴザイマシタ」と挨拶してから説明するには、今回はシーズン最初の定期演奏会なので、これから聴衆に対するプレゼントを提供する。踊りの音楽を演奏したので、もう少し踊り続ける。但し今回は日本風に、とのこと。そして聴こえてきた拍子木で、ファンにはすぐに分かったのだ。外山雄三の「管弦楽のためのラプソディ」の大詰め、八木節である!! 以前はよく日本のオケの海外公演で演奏されて好評を博していたが、まぁこれは日本の祭囃子そのものであり、海外ではいつも大受けなのだ。日本人が聴くと少し気恥ずかしい気もするが、だが、演奏者側が本気のノリでやってくれれば、やはり聴いていて血が騒ぐ音楽。指揮者もオケも渾身かつ楽しんでの演奏で、会場は熱狂した。私はこの曲を何十年も知っているが、まさか自分が「ラプソディ」を冠したブログをやろうとは、ほんの 2年前にふと思いつくまでは夢にも思っていなかったので (笑)、この曲のラプソディックな盛り上がりに、感慨を新たにしたものである。それにしても、若いバッティストーニが、その成長を東フィルとともに成し遂げて行くことは確実であり、本当に楽しみだ。今後も是非ラプソディックに盛り上がって頂きたい。

15時から始まったコンサートは 16時半には終了し、外に出ると、未だに日差しはあるものの、既に「渋谷・鹿児島おはら祭」は終了しており、宴の後の雰囲気だ。命あるものは踊り、歌う。その時間が有限であるがゆえにこそ、踊ったり歌ったりしている時間が貴重なのである。そして私が川沿いの住まいで踊って歌っているここでのラプソディとは、気ままにその、生という貴重な時間を逍遥する楽しみ。今日の踊りと音楽に、何か力を与えられたように勝手に都合よく思ってしまっているのである (笑)。

# by yokohama7474 | 2017-05-21 23:56 | 音楽 (Live) | Comments(0)

e0345320_01212812.jpg
先に東京オペラシティコンサートホールでのマーラー 6番ほかのコンサートをご紹介した、フィンランドの名指揮者エサ=ペッカ・サロネンとその手兵、ロンドンに本拠を置くフィルハーモニア管弦楽団の演奏会。土曜日に池袋の東京芸術劇場で開かれた演奏会は、リヒャルト・シュトラウスの作品の間に、名実ともに日本を代表するヴァイオリニストである諏訪内晶子が弾くコンチェルトを挟んで行われた。曲目詳細は以下の通り。
 R・シュトラウス : 交響詩「ドン・ファン」作品20
 メンデルスゾーン : ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64 (ヴァイオリン : 諏訪内晶子)
 R・シュトラウス : 交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30

今回のサロネンとフィルハーモニアの来日ツアーは、西宮、名古屋、熊本を含む 7回のコンサートから成っており、ソリストは、ピアノが 2015年のショパン・コンクールの覇者である韓国のチョ・ソンジン (ベートーヴェンのピアノ協奏曲第 3番を演奏)、ヴァイオリンが諏訪内である。以前の記事でご紹介した通り、このフィルハーモニア管は、2008年にサロネンが首席指揮者に就任して以来、2 - 3 年に一度は来日している印象であり、既に日本でもおなじみだが、思い出してみると、1986年のサントリーホール開場に伴う一連のシリーズの中でもこのオケは、当時の音楽監督であったジュゼッペ・シノーポリの指揮で、マーラーを演奏していた。また、今回の演奏会場である池袋の東京芸術劇場が 1990年に開場したときには、やはりシノーポリの指揮で、ほぼ二週間の間に 10回のコンサートを開いて、マーラーの全交響曲 (歌曲集「子供の不思議な角笛」、「リュッケルトによる 5つの歌」、「亡き子をしのぶ歌」、「さすらう若人の歌」、「カンタータ「嘆きの歌」、大地の歌と、10番のアダージョも含めて!!!) を演奏するという、およそ常軌を逸した偉業を成し遂げてもいる。最近の若い人はそれを信じないかもしれないので、バブル時代の熱狂を後世に伝えて行くためにも (笑)、その時のプログラムを掲載しよう。なお、このときの「大地の歌」の演奏会では、たまたま来日中であったダニエル・バレンボイムが客席でスコア片手にシノーポリとフィルハーモニアの演奏に聴き入るというシーンも見られたのである。
e0345320_01424546.jpg
さて、昔話はこのくらいにして、現在に戻ってこよう (笑)。今回のサロネンとフィルハーモニアの演奏では、先のマーラーと同じ系統、つまりは後期ロマン派に属するリヒャルト・シュトラウスの音楽がメインとして演奏されたわけであるが、全体を通しての私の感想はマーラーと同じで、強い推進力による華麗なるオーケストラのマッスとしての響きに圧倒されたと申し上げよう。最初の「ドン・ファン」は 20分程度の曲であり、音楽史上最も有名な交響詩のひとつ。だが今回の演奏を聴いていると、まるでその倍くらいの長さに感じたものである。それだけ音の密度が濃かったということであろうか。サロネンの指揮は基本的に切れ味のよいもので、重々しく歌い込むというタイプではないのだが、それにしてもこの鳴り方は大変なもの。マーラーのときと同様、独奏ではなく専ら合奏を行う弦楽器セクションにしてからが、ひとりひとりの奏者の強いコミットメントが音楽全体を揺るがしながら進んで行くのである。例えばウィーン・フィルやコンセルトヘボウやボストン響のような、有機的な、音が滴るアンサンブルというものとは少し違っているが、これはこれで非常に高いレヴェルであると思う。「ツァラトゥストラ」はもちろん、キューブリックの名作映画「2001年宇宙の旅」で使われたことで、クラシック音楽に縁のない人でも誰でも知っている曲であるが、その冒頭がいかにうまく書けているか、今回改めて実感して、鳥肌が立った。トランペットは慎重に音を出し、ミスを回避できたが、圧巻は若いティンパニ奏者である。あれだけ思い切って叩ければ、気持ちいいだろうなぁ。このようにシュトラウスの 2曲は、オーケストラの醍醐味を存分に味わえるだけの、強い表現力を持った名演であったのである。これが若き日のシュトラウス。
e0345320_02270927.jpg
その間で演奏されたメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、天下の名曲として知られているわけであり、諏訪内の演奏は充分に美麗で、またオーソドックスなものであったと思う。面白かったのは伴奏のオケで、「ドン・ファン」でのコントラバス 8本が 4本に減らされたのはまあよいとして、ティンパニ (この曲では最初から登場する) は古いタイプの小さくて硬いものに変更され、トランペットもまた、ピストンのない古いタイプのものに持ち替えて演奏していた。フィルハーモニア管の本拠地ロンドンでは、何十年にも亘って古楽演奏が盛んであり、そのような土地柄も関係しているのかもしれない。ただこの曲の場合、驚くような演奏に出会うことはさして多くなく (その驚くべき演奏は、このブログでも採り上げた、ニコライ・ズナイダーによって最近成し遂げられたのであるが)、気持ちよくきれいに響くことがまずは大事であろう。その条件は充分に満たしており、彼女の安定した技量が感じられた。また、アンコールでは今回はいつものバッハのアンダンテではなく、イザイの無伴奏ソナタ第 2番の第 1楽章が演奏された。バッハの無伴奏パルティータ 3番の冒頭の模倣に始まり、悪魔的な旋回の中から、グレゴリオ聖歌の「怒りの日」が浮かび上がるという、異形の曲だ。冴えた技巧によって、曲に込められた「オブセッション」がよく表現されていた。

さて、諏訪内といえば、今年で 5回目を迎えた「国際音楽祭 NIPPON」である。
e0345320_02284065.jpg
この音楽祭の最初の年 (2013年) であったと思うが、彼女はやはりサロネン / フィルハーモニアと共演し、サロネン自身の作曲によるヴァイオリン協奏曲の日本初演を行った。その時、演奏前にサロネンが自作を語るのを聞いたが、諏訪内に一部演奏を依頼して、「上手ですねぇ」と誉めていたことを思い出す。サロネンは今後、作曲活動と指揮活動を、どのように両立させて行くつもりなのであろうか。現在はニューヨーク・フィルのコンポーザー・イン・レジデンス (日本語で言うと「座付き作曲家」ということか) であり、またフィンランド国立歌劇場のアーティスト・イン・アソシエーション (これは日本語では「提携芸術家」とでも訳しますかね) でもある。このフィンランド国立歌劇場では、あのワーグナーの超大作「ニーベルングの指環」の上演も予定されているという。サロネンの「指環」、一体どんな感じになるのであろうか。実は今回の演奏会では、アンコールにワーグナーの「ローエングリン」第 3幕への前奏曲が演奏された。これはまた、オケの機能全開の胸のすく快演であったが、そのエンディングは通常そのまま終始和音になる (原曲ではそのまま結婚行進曲に入るので) ところ、今回はフンパーディンクが編曲した劇的なエンディング (鳴り響くのは「禁門の動機」?) を使用していた。この版は決してポピュラーではないが、昔はトスカニーニが使用しており、確かクラウディオ・アバドもこのかたちで演奏していたことはあるはず。サロネンのある種のこだわりを垣間見たような気がする。彼の「指環」、一体どのようなものになるのであろうか。

このサロネン、実はウィーン・フィルとは相性が悪いという説があり、それはドイツ古典をきっちり振れないからだとも言われている (そういえばウィーン・フィルの日本公演で病気の小澤征爾の代役にサロネンが抜擢されたが、キャンセルになったことがあった)。私にはその真偽のほどは分からないが、確かに彼のレパートリーには古典派は少ないし、たとえばロマン派でも、シューマンやブラームスなどは聴いたことがないような気がする。だがその一方で、これは私がある舞台上で N 響奏者の発言を実際に聞いた話なのだが、1988年に彼が N 響に最初に登場したとき、練習場に童顔の彼が姿を現しただけで、オケのメンバーは「コイツはできる!!」と思ったそうだ。そして、N 響との共演のうち、実際にストラヴィンスキーの「プルチネルラ」などは、抜群の切れ味であったことを覚えている。どの指揮者にも持ち味があって、適性がある。作曲活動に大作オペラの指揮と、多忙な身ではあるものの、このロンドンの名門オケとの蜜月を続けてくれれば、音楽史に新たなページを加える日が来るのではないかと思う。また N 響を振りにくる時間は、ちょっとないかもしれないが、できればそれもまた実現することを期待しよう。
e0345320_02582723.jpg

# by yokohama7474 | 2017-05-21 03:03 | 音楽 (Live) | Comments(2)