ユーリ・テミルカーノフ指揮 読売日本響 2015年 5月30日 横浜みなとみらいホール

今年半ばのクラシック音楽界の大きな話題のひとつは、巨匠ユーリ・テミルカーノフの読響への客演であろう。今回、その最初の曲目を聴きに横浜に出かけた。このホールのよいところはロビーが全面窓になっていることで、天気のよい日は、窓から潮風の匂いすら漂うような気分になる。この日もすっきりとした晴天で、これから始まるコンサートへの期待がいやが応にも高めてくれた。
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今回の曲目は以下の通り。
 リスムキー・コルサコフ : 交響組曲「シェエラザード」
 ラヴェル : 左手のためのピアノ協奏曲 (独奏 : 河村尚子)
 ラヴェル : バレエ音楽「ダフニスとクロエ」組曲第2番

テミルカーノフという指揮者は、決して派手なことを狙うわけではなく、むしろ複雑な情緒をなんとも見事に紡ぎだして行く点に持ち味があると考えている。指揮棒を使わない指揮者は昨今では多いものの、この人については、抒情性の表現のために、両手の指を駆使する必然性があると思う。ただ、その抒情性が時として牙をむくまでに高まる点が、真に非凡なのである。かつて同じ読響で、サンクトペテルブルク・フィルで、またフィルハーモニアで、国内のみならずニューヨークやロンドンでその指揮に接して何度も感銘を受け、私にとっては敬愛おくあたわざる数少ない巨匠のひとりである。

さて、このような指揮者にかかると、「シェエラザード」は絢爛たる音の絵巻というよりは、管と弦が饗応する有機的な構造体という様相を呈する。実際、読響の個々の奏者が、他の奏者の音に敏感に反応して演奏していることがよく分かり、ただ驚嘆するのみであった。先般敢行したばかりの欧州ツアーの好影響もあるのであろうか (しかも携えて行った曲目のひとつが、メシアンのトゥーランガリラ交響曲だったとは!!)。このよく書かれたロシア音楽には、何よりそのオケの自発性が極めて効果的であり、力任せにならない演奏が心地よかったのであるが、それでいて、クライマックスでは波濤が大きくうねり、船が大破する様子が目の前に現れるのは、いつもながらのテミルカーノフの魔術的な能力である。日下紗矢子のソロ・ヴァイオリンも、そのような音楽作りにふさわしく、雄弁でコケティッシュでありながらも、粘りすぎない好演であった。

後半のラヴェルは、似て非なる音楽。全体的には、多少、切っ先鋭い響きには不足したかもしれない。ただ、私のように音楽の専門家でない者の特権は、うるさいことを抜きにして自由に音楽を楽しめること。それには、聴いているときの天候や体調も影響する。今回、この晴天の昼下がりに、ラヴェルの左手のためのコンチェルトの冒頭、地からうごめき出るような音たちが思い起こさせたのは、あのゴダールの「パッション」の開始部分、空に点々と生じる飛行機雲であった。なんという音楽! ジャズでもないドイツ音楽でもない、洒脱なフランス音楽なのに、使われているのは左手のみ、しかもこんなに暗く弱い音で始まるという逆説。河村尚子のピアノは、いつもながらに明朗で、音楽の雰囲気が変わるところでのアクセルとブレーキの踏み分けも見事。

ダフニスの方は、オケの真っ向勝負。上述の通り、シェエラザードの有機性と異なり、ここではひたすら精妙さが求められる点、少しテミルカーノフの持ち味と異なるような気もした。ただ、案の定というべきか、終曲の盛り上がりは熱狂的で、このコンサートを締めくくったのである。

いや、実は、定期演奏会であるにも関わらず、アンコールが演奏されたのだ。チャイコフスキーの「くるみ割り人形」の「パ・ド・ドゥ」。これぞまさにテミルカーノフの真骨頂。彼がこれまでアンコールで演奏したのを聴いたのは、たとえばシューベルトの「ロザムンデ」間奏曲や、エルガーのエニグマ変奏曲の「ニムロッド」だったりしたわけであるが、いずれも彼の特色をはっきり表していた。今回も同じ。温かい情緒が爆発的に盛り上がる様子は、なんと感動的であったことか。

というわけで、残る 2つのプログラムにもいそいそと出かけて行く予定であるが、ふと面白いことに気づいたので、書き留めておこう。今回、テミルカーノフの来日と同時期に、偶々手兵チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ (旧モスクワ放送響) を連れたもう 1人のロシアの巨匠、フェドセーエフが来日している。そして、ソリストとして同行しているのが、ヴァイオリンのワディム・レーピンだ。ところがなんたることか、ロシアのヴァイオリニストのもう一方の雄、マキシム・ヴェンゲーロフも来日中ではないか!!ピアノでは、テミルカーノフと共演するデニス・マツーエフが日本にいるし、また、これらの演奏家すべてと近しい庄司紗矢香が日本でツアー中である。これは密かに日本でロシア音楽マフィアの会合など開かれているのでは?! ま、だったらどうと言われても困りますがネ。マフィアの親玉には見えない、ということにしておきましょう。
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by yokohama7474 | 2015-06-04 01:29 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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