芥川也寸志 生誕90年メモリアルコンサート 2015年5月31日 きゅりあん大ホール

昨今、伊福部昭の人気には大変なものがあるが、それはもともと、ゴジラの音楽に日本人が感じる郷愁によるところ大であると思われる。しかしながら、伊福部人気からの波及であるのか、早坂文雄や芥川也寸志の音楽にもスポットライトが当てられているようだ。これは、日本人作曲家をそれなりに聴いてきた者としては、いささか複雑な感情を禁じ得ない。というのも、日本の作曲界の広がりは実に大したもので、必ずしも大衆性のない作曲家であっても、その作品を傾聴する機会が確保されるべきであるし、一方で映画音楽等で大衆性を獲得した作曲家にも、全く違った側面があるからである。ただ、なんであれ日本の作曲家が演奏会で取り上げられ、意外なほど多くの聴衆が集まることは、埋もれていた作品を発掘して継承して行くという点では、意義深いと評価できよう。
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さて、芥川也寸志である。なんでも、主催者側の「生誕100年まで待てない」という思いが結実したコンサートで、映画やテレビの音楽の再構成等、並々ならぬ関係者の労苦によって実現したものである。曲目は以下の通り。

Do Re Mi Fa Sol La Si Do!
祝典組曲No.3 marcia in do
NHK 大河ドラマ「赤穂浪士」組曲
映画「鬼畜」組曲
バレエ「KAPPA」組曲
NHK 幻のテーマ音楽集
映画「八つ墓村」組曲
映画「八甲田山」組曲
アンコール : みつばちマーチ

演奏は、1984年生まれの若い指揮者、松井慶太と、日本の作曲家を専門に演奏するオケとして 2012年に結成された、オーケストラ・トリプティーク。

演奏に先立ち、芥川がテーマ音楽を書いた映画「鬼畜」についての思い出を、同作品の監督である野村芳太郎の息子でプロデューサーの野村芳樹が語るプレトークがあった。実際の創作過程における当事者たちの苦労と熱意が伝わってきたわけであるが、古今東西、あらゆる芸術作品で、このような当事者たちの営為が繰り返されてきたことを思うと、実に興味深い話であった。
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驚いたのは、演奏の活きのよさである。このオケは、昨年の伊福部昭百年紀なるコンサートでも演奏を聴いていて、指揮者は異なれど、その鮮烈さは変わらない。35歳以下の奏者によって成っているとのことなので、芥川の没年が 1989年であることを思うと、作曲者の生前を知らない奏者がほとんどであろう。音楽の不思議さは、楽譜自体は音楽そのものを冷凍保存することを可能にする一方で、まさにこの世に生きて創作を行っていた作曲者の思いが、なんらかのかたちで奏者に影響することではないだろうか。通常クラシック音楽のコンサートでは、100年も 200年も前に書かれた曲を聴くことが多いのであるが、今回のようなコンサートは、作曲者の、未だ生きている思いが、ヴィヴィッドに音に現れる点、貴重であると思う。

私自身は、芥川の音楽のさほど熱心な聴き手ではないとはいえ、代表作のエローラ交響曲や、交響管絃楽のための音楽をはじめ、映画音楽もそれなりに聴いてきた。個人的な記憶では、小学生のときに見た「八甲田山」の音楽に強い Emotion を感じて、子供心に、ある種の恐怖心を覚えたことを鮮明に思い出す。伊福部の弟子であることを刻印したオスティナートと土俗的なメロディ、ロシア近代音楽を思わせる鉄琴、木琴の多用という明瞭な個性。時折ふと口ずさんでしまうような親しみやすさが、彼の音楽にはある。

ホールはほぼ満員で、一部マニアと思しき人たちもいたものの、普通のオジサンオバサンもいて、皆さん楽しんでおられるようだった。映画「鬼畜」のメインテーマは、ストリートオルガンで奏されるが、終演後のロビーで聴衆が自由にハンドルを回して音を出してよいということになり、たくさんの人々が集まって順々に楽しんでいた。このような風景もなかなかに珍しい。
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種々の困難を乗り越えて、この意義深いコンサートを成功に導いた関係者の方々の熱意と努力に、拍手!

by yokohama7474 | 2015-06-04 23:39 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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