パリにて ヘンリー・ダーガー展 (パリ市立近代美術館) / クリュニー美術館 / パンテオン / サン・シュルピス教会

パリに出張する機会があり、少し時間が余ったので、打ち合わせをすることにした。打ち合わせ相手は、「西洋文明」。いつもながらに手ごわい相手ではあるが、相手の手の内もそれなりに理解しており、いわば宿敵というところか。1990年に初めて訪れて以来、出張で観光で幾度となく訪れてきたこの街で、また新たな体験が増えることとなった。

最初に言ってしまうと、パリは文句なしに世界でいちばん美しい街。よく設計され、よく保存されている。もちろん、この街の歴史に思いを馳せるとき、そのような単純な賛辞は、文字通り浮ついたものになってしまうのであって、表通りの美しさと並んで、裏通りの汚さに、この街の真の生きる力を見る思いである。今回訪れたのは、もちろんルーヴルでもオルセーでもオランジュリーでもロダン美術館でもない。以下の 4ヶ所だ。

ヘンリー・ダーガー展 (パリ市立近代美術館 / Musée d'Art Moderne de la Ville de Paris )
クリュニー美術館
パンテオン
サン・シュルピス教会

さて、パリの美術館など、とっくに見尽くしてしまったと思っていた私であるが、実は、パリ市立近代美術館には未だ行ったことがなかった。今回は、街中で見かけたヘンリー・e0345320_23494300.jpgダーガー展のポスターが、行ってみたいと思った直接のきっかけであったが、行ってみるとこれが、1937年のパリ万博 (同地での 7回目の万博) の際に建てられた一連の建物のひとつ (エッフェル塔に対面する丘の上に立つシャイヨ宮もそうだ)。ギリシャ神話をイメージしたアールデコの建物で、時代の雰囲気をよく持っている。ただ、訪れる人もあまりいないのか、痛みや落書きなどの汚れが目立っている。惜しいことだ。

ヘンリー・ダーガーである。日本でも既に何度か展覧会も開かれており、本も出ているが、米国シカゴに住んでいた自閉症のオジサン (1892 - 1973)で、死後に発見された夥しい絵画 (長大なストーリーの挿絵) が、「非現実の王国にて」と名付けられ、アウトサイダーアートの代表例として知られている。私はもともとアウトサイダーアートには興味があり、日本でのヘンリー・ダーガー展にも足を運んでいるし、ローザンヌにあるアール・ブリュット美術館や、フランスのシュヴァルの理想宮にも行ったことがある。筋金入りのアウトサイダーアート好きだ。もちろん、そのようなレッテルとは関係なく、ヘンリー・ダーガーの閉ざされた精神の作り出した迷宮世界を楽しめばよい。本能的な恐怖とともに、どこか甘美で穏やかな気持ちを覚えるのは、どうしたわけだろうか。
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尚、この美術館に到着して気づいたことには、ラウル・デュフィの大作壁画が存在するのだ。やはり 1937年の万博のときに描かれた、「電気の精」があるのだ。昨年日本で開かれたデュフィ展には、その下絵がいくつか含まれていて、本物を見たいと思っていたので、ここで対面できて、狂気乱舞。高さ 10m、幅 60m という超大作で、人類の歴史の中で電気がいかに発見され、利用されるようになったかを示すべく、古今の科学者・思想家の肖像画が並び、最後にはオーケストラと合唱による壮大なオラトリオが電波に乗って世界に発信されるのであるが、面白いのは、中央に見えるのが、ジュピターらのギリシャ神話の神々が見守る近代の発電所なのだ。ここでは、デュフィ独特の鮮やかな筆致と色彩によって神話と科学が混然となり、見る者を圧倒する、というよりも、なんとも言い難い高揚感を与えるのだ。ここでしか見ることのできない、素晴らしい作品だ。ただそれにしても、ひとつ気になるのは、1937年時点でこれだけの高揚感が表現されている一方、当時既にドイツではヒットラーが政権の座につき、再軍備宣言もなされていたわけで、2年後には第二次世界大戦勃発、その翌年には早々にパリは陥落してしまうのだ。当時この壁画を見た人たちの本当の思いは、いかなるものであったのだろうか。
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この美術館にはほかにも、マチスの「ダンス」の大壁画もあり、また、ピカソやブラックやドローネーやレジェ、また、エコール・ド・パリの画家たちからダダ、シュール、フルクサスまで、バラエティに富んだ作品が目白押しで、見ごたえ充分だ。

その後、中世美術で知られるクリュニー美術館へ。3回目の訪問となるが、近年改修がなされていて、清潔でありながら、元修道院という神秘的雰囲気が満点である。写真は、トートルダム寺院のファサードに飾られていた彫刻群。また今回、ドイツの木彫りの宗教彫刻の特別展示があり、なんとも美しかった。
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この美術館の目玉はいわずとしれた、フランスの至宝と呼ばれる「美女と一角獣」の連作タペストリーだ。一昨年日本にも来て、よく鑑賞できる素晴らしい展示がなされたので、じっくり堪能したが、ここではさらに狭い空間で、ガラスの覆いもなく、まさに中世にタイムスリップだ。パリの美術館でよく見かけるように、小さな子供たちのグループが作品の前に車座になって先生の話を聴き、また質問に積極的に答えているのを見て、フランス人の文化度に改めて感嘆した次第。
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次に向かったのは、パンテオン。もともと教会だが、19世紀になって、フランスに貢献した人々の墓所となった。現在丸屋根の修理中で、なにやら戦時中の対独レジスタンスの活動家 4名の特集展示をやっていた。この 4名、墓所に棺が安置されているのを見たが、帰国して調べると、なんと、つい 1ヶ月ほど前、2015年 5月27日にパンテオンに移葬されたe0345320_01133980.jpgとのこと。しかも一人はシャルル・ドゴールの姪である由。戦後 70年を記念してのことだろうか。オランド大統領は式典で、「歴史は振り返るためにではなく前に進めるためにある」と演説したとか。戦争の整理がつかず混迷を深めるわがアジアの状況とは、なんという違いだろう。

また、このパンテオンでは、美術面では、ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの壁画が見逃せない。この画家の展覧会も、去年だったか日本で開かれていて、その象徴派風の繊細な筆致が、世紀末美術をこよなく愛する私には涙ものだったのであるが、ここパンテオンでは、明らかに当時のアカデミズムを反映したほかの壁画とは全く異なり、詩情漂う素晴らしいものであった。


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さらに、私が初めてここに来た 25年前に驚愕したものに再会できた。それは地下の墓所にある、思想家ジャン・ジャック・ルソーの墓である。ご覧の通り、木の棺の側面に、彫刻で扉が作られており、そこから松明を持った手がにゅっと飛び出しているのである。これは、死後も世界の啓蒙 (Enlightenment) を続けるという意味であろうが、死後の穏やかな眠りを是とする日本人には、なんとも理解しがたい発想だ。











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ところで、このパンテオン、思想家や学者や軍人や作家は葬られているものの、画家も音楽家も見当たらないようだ。何か理由があるのだろうか。

さて、西洋文明との打ち合わせも、ここまで来るとかなり煮詰まってきて、もう足がガクガクだ。最後に、サン・シュルピス教会に詣でて、私のお気に入りである、ドラクロワの壁画「天使とヤコブの戦い」を見て終わりとした。絵は相変わらず迫力あるものであったが、少し痛みが出ているらしく、一部に布のようなものが貼ってある。また、保存のために寄付を募る看板が出ていて、教会の環境で美術品を保存する難しさを考えることとなった。

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また、この教会は一時、「ダ・ヴィンチ・コード」で有名になった。18世紀に堂内に建てられたというオベリスクの真ん中の線は、実際に子午線を刻んだ日時計だが、確かここに謎の鍵を握るものが埋められているという設定だった (今、手元にある本を開いて確認すると、キー・ストーンと呼ばれる板を、シラスという怪しげな修道僧がここの床から掘り出すという設定でした)。この小説が流行っている頃にこの教会に来たことがあるが、その頃には、「ここは異教徒の聖地であったことはなく、この日時計には何も埋まっていません」というような趣旨を記載したチラシが、日本語を含む数か国語で書かれて置いてあったのを覚えている。さすがに今回はそれはなく、ただひっそりと佇んでいるオベリスクでありました。
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ということで、パリでの業務は無事完了しました!!


by yokohama7474 | 2015-06-21 01:41 | 美術・旅行 | Comments(2)
Commented by 杜胃臓 at 2015-09-14 16:31 x
パンテオン、あのほの暗い地下まで、家族を連れて行きましたよ、5年前。
ルソーとヴォルテールが向かい合うように葬られているのを、微笑ましく見てきた覚えがあります。
子どもをつくっては育てないということを繰り返したルソーのことを、自分の子どもが公民の教科書で学ぶ歳に、ようやくなりました。
Commented by yokohama7474 at 2015-09-15 20:22
ということは、人生いよいよこれからが楽しみということですね!!
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