秋山和慶指揮 新日本フィル 2015年 6月20日 すみだトリフォニーホール

今ここで明確にしておく。秋山和慶は、日本人指揮者として私が最も深く敬愛する人物だ。その状況は過去 20年ほど変わっていない。
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若い頃から白髪で、見た目穏やかな印象の指揮者であり、一般大衆向の名曲コンサートを振る機会も多く、かつ、現在では世界の一流オケよりは日本の地方オケやアマチュアオケ、吹奏楽に頻繁に登場することから、この偉大な音楽家の恐るべき実力が世の中で充分に理解されていないきらいがある。実際、「究極の仕事を選ばない指揮者」と呼ぶこともできるだろう (私の手元には、彼がムード音楽を指揮した超昭和な雰囲気のアナログレコードまである)。だが、数々の実演で彼の真骨頂 (その中には、1994年の伝説的な「モーゼとアロン」を含む) に鳥肌立ててきた私はことあるごとに、周りの人々にはその経験がいかに稀有であったかを説き、この指揮者の評価についての再考を促して来た。もしこのブログをご覧の方で、まだマエストロ秋山について間違ったイメージを持っている方がおられれば、即刻神に赦しを乞うて悔い改め、なんでもいい、次の彼のコンサートに出掛けてみて頂きたい。また、音楽活動 50年を記念して最近出版された自伝「ところで、きょう指揮したのは・・・」を、正座して読みなさい。この偉大な指揮者と同時代に生きていることの幸せを噛み締めることになるだろう。

さて、今回は新日本フィルの指揮台に登場し、ストラヴィンスキーの 3大バレエの一挙演奏という大仕事だ。秋山と新日本フィル? うーん、過去にこの顔合わせがあったという記憶が全くない。それもそのはず、楽団の説明によれば、今回が 40年ぶりとのこと。ということは、旧日フィルが分裂して、斎藤秀雄らによってこの楽団が生まれて間もない頃に指揮して以来ということか。

実はこの指揮者がストラヴィンスキーの 3大バレエを一晩で取り上げるのを聴くのは、2回目である。調べてみたところ、それは 2001年。当時の手兵、東京交響楽団を指揮した相模大野での演奏会であった。面白いので、当時のチラシをアップしてみましょう。
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ストラヴィンスキーの 3大バレエとは、言うまでもなく、「火の鳥」、「ペトルーシュカ」、「春の祭典」である。生涯を通してスタイルを変遷させたこの作曲家が、1910年代、30歳前後の若い時代にその才能を炸裂させた、未だに聴く度に驚嘆すべき傑作群。このうち「火の鳥」は全曲では長すぎるので、このコンサートでは組曲であるが、前回も今回も、最もポピュラーな 1919年版を採用している。面白いのは「ペトルーシュカ」で、結果的には前回も今回も 1947年改訂版での演奏であったが、2001年のコンサートのプログラムには、「1911年版 (注 : オリジナル版) を使用するとの告知をいたしておりましたが、指揮者の希望により1947年版 (注 : 改訂版) を使用させて頂きます」との記載がある。改訂版の方が編成が小さいことによるのであろうか。ただ、私の記憶違いでなければ、前回はエンディングのペトルーシュカの亡霊まで演奏されていたと思うが、今回はその手前で終了。聴きものの、最後の部分でのトランペットの叫びがなかった。ここで私は思い出すのである。この最後のトランペットを含め、前回の演奏は、大変残念ながら、あれこれ傷の多い演奏であったことを。帰り道でがっかりした思いを頂きながら、「この意欲的なプログラムを、東京の中心で耳の肥えた聴衆の集まるサントリーホールでなく、相模大野でだけ取り上げたのは、やはり自信がなかったからなのだろうか・・・」と邪推したことを。

それを思うと今回は、まさに雲泥の差。40年ぶりの顔合わせとなる新日本フィルは、その間に飛躍的な発展を遂げた。もともと木管楽器のうまいオケであったが、今回の演奏などを聴いていると、管のみならず弦も、それぞれの楽器が濃厚な表情をたたえつつ呼び交わしていて、オーケストラ演奏の醍醐味を存分に味わうことができた。バトンテクニックには抜群の定評を持つ指揮者だけあって、危うい場面は皆無。むしろ余裕すら感じられた。ハルサイの最後の和音が翻った瞬間、ざざっと鳥肌が立ったものだ。

秋山は今年まだ 74歳。これから本当の円熟に近づくだろう。心して彼の音楽を聴いて行きたい。

by yokohama7474 | 2015-06-21 14:13 | 音楽 (Live) | Comments(0)