オレグ・カエターニ指揮 東京都交響楽団 2015年6月29日 東京文化会館

仕事の都合で、平日のコンサートにはなかなか行くことができないのだが、今回は数日前になってこの演奏会に気づき、たまたま大丈夫な日程だったので、慌ててチケットを購入、なんとか行くことができた。指揮者はカエターニ。もっと早く気づいていれば、余裕を持ってチケット買えたのに。カエターニのチケット買えたーのに。・・・面白くないので、先へ進もう。
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このコンサート、一言で言えば、超マニアックだと言ってよいだろう。この指揮者、そして曲目は、

ブリテン : ロシアの葬送
タンスマン : フレスコバルディの主題による変奏曲
ショスタコーヴィチ : 交響曲第11番ト短調作品103「1905年」

というもの。ブリテンはもちろんあの有名な英国の作曲家だが、こんな曲聴いたことがない。また、タンスマンって一体? 箪笥男?? 種明かしは以下の通り。
・ブリテンの曲は、作曲家の若き日の作品で、今日のメインのショスタコーヴィチ11番の第3楽章に出てくる「同志は倒れぬ」というロシアの歌を使った金管と打楽器のための曲。
・タンスマンはポーランド出身の作曲家で、これはバロック音楽に基づく弦楽合奏のための曲。
つまり、1曲目は 3曲目の予告編 (但し、書かれたのは 1曲目が 1936年、3曲目は 1957年と、1曲目の方が早い) で、1曲目と 2曲目は編成において対照をなしているが、作曲年代が近い (2曲目は 1937年作) というもの。そして私は突如思い出すのだ。数年前このタンスマンのことを知って興味を持ち、たまたま今日の指揮者、オレグ・カエターニが録音した交響曲全 9曲の CD を購入しながら、未だ聴く機会のなかったことを。帰宅後に撮った写真が以下である。
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この最初の 2曲、大変興味深かった。いずれも前衛的要素の全くないもので、曲を知らなくても抵抗なく聴けるものであった。ただ逆に言うと、この指揮者の持ち味が発揮される場面があまりなかったともいえよう。

そして、メインのショスタコーヴィチである。ここでは指揮者もその能力をフルに発揮。周到に用意された恐るべき音響が度々聴かれ、都響のあのマッシヴな音が、繰り返す狂乱を演出。まさに壮絶な演奏となった。

そうして私は今ようやく、これまであえて触れずにきた、この指揮者について語るのだ。オレグ・カエターニ。往年の名指揮者、イーゴリ・マルケヴィチの息子。一部マニアの間で熱狂的支持を持つものの、コマーシャリズムにあまり乗らず、派手な経歴やメジャーレーベルでの録音もない指揮者。いや、他人の評価はどうでもよい。私にとっては強烈な思い出があるのだ。FM でクラシックのライヴをせっせと録音していた学生の頃、知らない指揮者がバイエルン放送交響楽団を指揮したチャイコフスキー 5番が放送された。知らない指揮者の演奏だったので、当然録音しなかった。ところが、なぜだかラジオをつけっぱなしにしていたのだ。そして、45分後、その異形の演奏に完全に打ちのめされてしまった私がいた。それ以来、この名前がしっかりと胸に刻まれた。そして、やがて、経緯は忘れたが、あのマルケヴィチの息子であることを知るに至り、いつかは生で聴いてみたい指揮者になったのだ (その願いは、数年前、同じ都響で既に実現している)。マルケヴィチについては詳細は避けるが、これまた私の崇拝する指揮者。正規版、非正規版を含め、数多くの CD / LP を所有している。先日も彼の指揮したグノーの聖チェリーチア荘厳ミサ曲の CD に大感動したばかりだ。そのように敬愛しながらも、残念ながら私は彼を生で聴くことができなかった。実は因縁めくのだが、彼が最晩年に N 響を振った伝説の「悲愴」を生放送で FM で聴き、あまりの凄さに唖然として、録音中のカセットテープを裏返すのを忘れたくらいなのだ (時代が分かる 笑)!! 本当に親子でチャイコスフキーを使って私をトコトン翻弄してくれるのである。

この指揮者、極めて地味な指揮ぶりで、右手はほとんど体の範囲内で循環運動を繰り返し、時々左手で指示を出す。音楽が高揚しても、ただ腕の振りが早くなるだけで、身振りはほとんど大きくならない。そのせいか、今日のショスタコーヴィチの第 2楽章では、音楽が急速化する部分で指揮棒がすっ飛んでしまい、チェロ奏者が拾って指揮台に返すという一幕もあった。こんな身振りでこんな音を出してしまうとは、やはり恐るべき才能。満場の聴衆は、大いに沸いていた (でも、なんでこんなにマニアックなコンサートが東京ではほぼ満員になってしまうのか、誰か教えて下さい)。

ところで、ショスタコーヴィチのシンフォニーについて、改めて思うことがひとつ。この人、最終楽章の盛り上がりで、もしかすると一度も、ベートーヴェン以来のお決まりとなった勝利の凱歌を書いていないのではないか。この 11番の終楽章は、巨大な音響や強い推進力が聞かれるものの、これはどう聞いても勝利の凱歌ではない。交響曲の終楽章で勝利の凱歌ではないものは、「悲愴」やマーラー 9番などがあるが、それらの曲の作曲家にとっても、そのような事態は例外的だ。ところがショスタコーヴィチはどうだろう。今頭の中で各シンフォニーのクライマックスを鳴らしてみても、勝利の凱歌は見当たらないように思う。6番とか 10番は、一見明るい曲調だが、いかにもシニカルだ。7番も凄まじいものだが、悲劇的だ。5番は・・・最も有名な 5番は、まさに「証言」問題で死後その評価を変えた曲。ほかのシンフォニーで全く勝利の凱歌を書かなかった作曲家が、この曲だけそのようなことをするだろうか。やはり 5番は、勝利の凱歌などではなく、「証言」にある通り、「強制された歓喜」という解釈が当たっているように思う。

いずれにせよ、ショスタコーヴィチのシンフォニーは、本当に一筋縄ではいかない、恐ろしい曲の数々だ。地獄の蓋がポッカリと開いた音楽だ。ところがそんな音楽が、今日は CD 10枚組なんと 3,000円の特別価格で会場で売っているではないか!! カエターニがミラノのジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団を指揮した、全 15曲の全集。私も既に単発で何枚か持っているが、迷わず買ってしまった。
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終演後のロビーでもまだこのセットは売られていたのだが、ふと見ると、足元すらおぼつかないメガネのお婆さんが、この CD を手に取ってまじまじと眺めているではないか。お婆さん、いけない!! それはショスタコーヴィチの交響曲全集だぞ!! 分かっているのか、それは劇薬だ!! 聴いたら命の保証はないぞ!! 悪いことは言わない。今すぐ置きなさい!! という私の親切な心の叫びも届かず、お婆さんは 1,000円札 3枚で地獄の蓋を手に入れ、ヨタヨタと歩いて会場を後にしてしまったのだった・・・。帰宅後、家族の方々が、「お婆ちゃん、何横文字の変な CD 買ってきたのよ。明日ブックオフで売ってくるからそこに置いといて」と取り上げてしまったことを祈るばかりだ。

Commented by dd907 at 2017-04-07 00:41
再び失礼致します。「カエターニ買えたのに」のお話とショスタコーヴィチの地獄の蓋CDを買ったお婆さんの「劇薬だぞ」のお話がつぼに入り大ウケし、他界した母の兄がショスタコーヴィチが好きで(クラシックマニア)、母が若い頃5番をよく聴かされたと言っていたので、この話をしたら笑っていました。ダジャレ好きの母に育てられたので、こういう話はたまりません。真面目なコメントの方が多い中、失礼しました。
Commented by yokohama7474 at 2017-04-07 02:22
> dd907さん
あぁ、かなり前の記事についてのツッコミ、ありがとうございます。はい、人生においてダジャレがいかに大切なものであるかを日々実感している身としては、お母さまにまで笑って頂き、大変光栄であります。今日までブログを続けてきた甲斐がありました (笑)。是非今後もこのような楽しいコメントをお願い申し上げます。
Commented by dd907 at 2017-04-07 12:13
私はCD数匹枚、母は本を数百冊所有しているので、整理に時間を割いている事が意外と多く「ブックオフで売ってきたけどほとんどお金にならなかったー」なんて会話が飛び交い、日常茶飯事なのです。情景が浮かび本当に大笑いでした。トリスタンとイゾルデでは媚薬が使われますが、劇薬とは・・・(笑)楽しいお話ありがとうございました。
Commented by yokohama7474 at 2017-04-08 01:56
> dd907さん
恐れ入ります・・・。
by yokohama7474 | 2015-06-30 01:32 | 音楽 (Live) | Comments(4)