オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分 (スティーヴン・ナイト監督 / 原題 : Locke)

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よく、メジャーなシネコンで上映していないような映画をどうやって見つけるのですかと訊かれるのだが、答えは簡単。メジャーなシネコンでない映画館で予告編を見ることだ。私の場合、その方法の補完として、とあるサイトで日本で公開される全映画を封切日別に定期的にチェックすることで、監督、出演俳優、そして全体的な雰囲気で見たい作品を絞り、上映が早く打ち切られそうなものに優先順位を置く。あとは時間を作るのみ。そう、この映画を見たときのように、新幹線で移動後、タクシーに飛び乗って劇場に直行、ちょっと走って、なんとか膀胱を緩ませてから席に着くと同時にブザーが鳴り上映開始という、いささかタイトなスケジュールでもこなす必要がある。でも、そんな積み重なりが人生を彩って行くと思えば、タイトスケジュールもまた楽しだ。

この映画、予告編を見て、「これは」と思ったのである。邦題にある通り、86分の上映時間、主人公はひたすら夜のハイウェイを走っている。登場人物はたったの一人、このドライバーのみだ。彼が延々運転中に電話で話を続けるだけという、前代未聞の構成である。このような制約が多いシチュエーションほど制作者のイマジネーションの余地が多くなるわけで、これはきっと面白いだろうと思ったのだった。

私のごく限られた経験だが、英国人は車内で電話をするのを好む。完璧にハンズフリーで電話できる設備を車内に完備し、通勤途中に電話で仕事の話をする。その習慣を持っている英国人を、私は複数人知っている、のみならずそのうちの一人などは、実際に車内で、ニッという満面の笑顔で運転席から後部座席を振り返り、その設備を私に自慢したものだ。な、なぜなのだ、これは。よく分からないが、ともあれこの映画、冒頭、夜のシーンで主人公が右ハンドルの車に乗り込んだと思うと、左側の車線を走り出し、あ、英国の映画かと思う間もなく、そのままいろんな人に電話をかけ始めるのだ!! 恐らく英国人にとっては日常の風景という認識になるものと思う。ところがである。その電話の内容たるや、嗚呼主人公の大ピンチ!! 私生活で、仕事上で、彼の人生は、まさに土俵際徳俵だ。おいおいおい、そんな人生の一大事を電話で話してもよいのか。でも仕方ない。彼はそれらのことを話さないわけにはいかないし、理由があって移動しているわけであり、おまけに、嗚呼なんと不幸なことか、車に電話の設備が完備していると来ている。そうして主人公の人生の危機的瞬間が、夜のハイウェイの中でギリギリときしり始め、観客はそれにつきあわされる羽目になる。なんという迷惑な映画であろう。

でも、これは面白い映画だ。どの人も、それぞれの人生において、あられもないパンツ一丁崖っぷちという瞬間がある。この映画のような極端なシチュエーションでなくとも、そのような危機的瞬間はきっとある。そんな時、この映画の主人公を思い出そうではないか。彼の決意や責任感、いや実はそこには、やぶれかぶれの要素は大いにあるのだが、それでもいいのだ。4文字言葉の連射を浴びせられようと、会社の冷酷な原理に落胆しようと、あるいはわがままな女の態度にムカつこうと、時間はひたすら車とともに前に進み、決して後ろには戻らない。そして、最後はどこかでなんとかなるものなのだ。そういうものなのだ。この映画の 86分間、観客は主人公の遭遇する不幸不運のオンパレードに、「自分じゃなくてよかった」というずるい安堵を覚え、その次の瞬間には自己嫌悪にとらわれる。その繰り返しの末、ラストシーンに、「え、これだけ?」と思いながらも、無事に地面に足が着いている自分に、また新しい安堵を覚えるのだ。なかなかよくできた映画である。

原題の Locke は、主人公のファミリー・ネームである。Ivan Locke (アイヴァン・ロック) というのが主人公の名前。演じるのはトム・ハーディという役者である。あ、今確認すると、なんと、これから見る予定の「マッドマックス 怒りのデスロード」や「チャイルド44」の主演だ。おーそうだったのか。それはそれは。この作品が躍進のきっかけとなったものか。実際ここでの演技は素晴らしく、彼の躍進も頷ける。そうすると、この作品に何かの匂いを感じた自分の直感に、少しは信頼を置きたくなるというもの。

実に手の込んだことには、電話で声だけ登場する人物のうち、アイルランド人という設定の人物 (Donal) だけが本当にアイルランド人で、ほかはみな実際に英国人だ。この電話の会話、多分日本語では映画にならないだろう。あの鼻につく独特のアクセントと、アメリカ英語にはないもったぶった言い回し。人生の崖っぷちを表現する言語としては、British English は適性を持っていると、勝手に納得してしまった私であった。あの満面の笑みで車の電話装備を自慢した英国人よ、願わくば無事に人生の危機を乗り切らんことを。

by yokohama7474 | 2015-07-08 00:03 | 映画 | Comments(0)
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