マッドマックス 怒りのデスロード (ジョージ・ミラー監督 / 原題 : Mad Max : Fury Road)

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初めてマッドマックスが日本で公開されたときの衝撃は、今でも鮮烈だ。私は中学生だったと思うが、封切から少し時間を経て、いわゆる名画座 (もう死語ですな) で、何かと二本立てで見たのだったと思う。無法者がはびこる近未来の荒廃ぶりの描き方がなんとも絶望的で、そこで活躍するはずの主人公も、善玉なのか悪玉なのか判然としない無法者ぶり。オーストラリア映画という珍しさもあって、自分たちのよく知っているヒーロー像というものが通用しない得体の知れなさに恐怖を感じたものだった。その後日本で「北斗の拳」がブームになったときも (私はマンガは読まない方なのだが)、その舞台設定や悪役のコスチュームなどを見て、「なんだ、北斗の拳ってマッドマックスのパクリじゃん」というのが第一印象であった。しかし、マッドマックスシリーズの第 3作からはや 30年。恐らくは、「マッドマックスって北斗の拳のパクリじゃん」という世代が増えてきているものと思う。そこでこの新作である。目にも見よ、若者連中!! 北斗の拳がマッドマックスのパクリであって、その逆ではないのだ。あ、すみません、北斗の拳って何? という世代も多くなってきていることでしょうね。歴史の語り部はそのあたり、冷静に対応しなければいけません。

何より評価すべきなのは、この作品の監督が、以前の 3作と同じ、ジョージ・ミラーだということだ。おぉ、まだ生きていたのか。フィルモグラフィーを調べると、「イーストウィックの魔女たち」「ロレンツォのオイル / 命の詩」「ベイブ / 都会へ行く」、それからアニメの「ハッピーフィート」などがあって、それなりに知名度の高い作品を監督してはいるが、如何せん、マッドマックスシリーズとは毛色が違い過ぎる。メル・ギブソンがこのシリーズで一躍スターダムに躍り出た (最近では酒癖や人種差別発言等の問題も起こしているようだが、彼の監督作のうち、「ブレイブハード」と「パッション」は間違いなく映画史に残るだろう) のとは対照的だ。

ともあれこの新作、新たな三部作の一作目になるとのことだが、いやなんとも凄まじい。監督自身が、過去 30年間の鬱憤を晴らすかのように、狂気じみたのめり込みようだったのだろう。ストーリーはないに等しい。映画開始前にこれこれの事件があったという設定がいくつか、イメージ映像や言葉で少し説明されはするものの、そんなものはどうでもいい。冒頭、遥かな砂漠を望む風景で、奇形のトカゲが出てくるが、それに対してマックスが取る行動に仰天させられた後、それがこの映画の設定した荒涼とした世界観であることに気づく。そして、ある意味で奇形性をテーマとした人間たちののっぴきならない生き様が絶望的かつ過酷に描かれたあとは、もうほぼ全編、大型トラック (?) がただひたすら爆走。悪漢どもが追走。激闘。爆走。追走。激闘・・・。その連続だ。ただ、広大な砂漠をどこまでも進んでしまうと、お話は終わらないので (笑)、うまく途中で U ターンされるようにできているのだ。その間、まあそれはそれは見ていて血圧の上がること。

悪役の親玉、イモータン・ジョーは、こんな外見だ。既にコミックで登場しているキャラクターのようだが、これは誰がどう見ても、手が付けられない極め付けのワルだ。近くに寄っただけで理由もなく八つ裂きにされそうで、絶対友達にしたくないタイプの人だ。核戦争後の地球が舞台であり、人々はいろんな疾患を持っていて、この人は、マスクをつけないと生きていけないという設定である由。水や食料を牛耳っており、狂信的な若者集団を手下として、英雄的な行為によって死ねば、勇者の殿堂ヴァルハラ (おお! 北欧神話だ! ワーグナーだ!) に行けると言ってはそそのかす。その若者集団、ウォーボーイズは、日本の暗黒舞踏にヒントを得たのだろう、全員スキンヘッドに白塗りだ。なんとも禍々しい。
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役者では、何よりシャリーズ・セロンが素晴らしい。壮絶と言ってもよい。こんなハードな役をここまでこなせる女優は、そうそういるとは思えない。なにせ、こんな人が
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こうですからね。こりゃすごい。
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主役のトム・ハーディ。マッドマックスとしては、ちょっと優しい表情が気になるかなぁ。いい役者とは思うものの。
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さて、たぶんこれは私の勝手な思い込みかもしれないが、この映画には、「七人の侍」へのオマージュではないかと思われるシーンが、少なくとも 2つはあると思う。ひとつは、絶体絶命の危機をかいくぐった登場人物が、あっけなく命を落とす場面。もうひとつは、複数の敵を倒すために単身乗り込んで行き、舞い上がる砂埃の中、平然と生還する場面。そう、どちらも宮口精二の演じたシーンだ。「七人の侍」が世界映画史上に打ち立てている地位に鑑みれば、このようなことも特に騒ぐには当たらないのですがネ。冷静に対応しなければ。

この映画、決して救いのない内容とは言えないが、なにより悪役連中の禍々しさがあまりにも強烈だったので、鑑賞後に帰宅しても、なんともささくれだった気分であった。そこで、バロック音楽の中から、カンプラ (1660 - 1744 フランス) のレクイエムの CD を取り出して、心を浄化した。まあ人それぞれ、癒しの音楽を持っていると思うので、もしこの映画をご覧になる場合は、カンフル剤としてそのような音楽のご用意をお奨めしておこう。とにかく、侮るべからざる凄まじい映画である。

by yokohama7474 | 2015-07-10 01:02 | 映画 | Comments(0)
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