画家モリゾ マネの描いた美女 名画に隠された秘密 (カロリーヌ・シャンプティエ監督 / 原題 : Berthe Morisot)

e0345320_23493165.jpg
まずは監督の話から始めよう。カロリーヌ・シャンプティエ。聞いたことのない名前だ。カロリーヌ? 女性か? そうなのである。こんな人だ。
e0345320_23581316.jpg
1954年生まれというから、既に60過ぎ。この写真は多少若い頃のものかと思うが、まあそれにしても、フランス人女性芸術家らしく、小粋な雰囲気だ。本作品が長編監督第一作とのこと。ところがこの人、ただのオシャレおばちゃんではないのである。もともとカメラマンで、なんとなんと、ゴダールの「右側に気をつけろ」「ゴダールの決別」や、レオス・カラックスの「ホーリー・モーターズ」や、その他ジャック・ドワイヨン、諏訪敦彦、河瀬直美等々の監督のもとで撮影監督を務めてきたという経歴を持つ。なんということ。私は昨年、「ホーリー・モーターズ」を見て、かつて神童と呼ばれたカラックスの今を知ることができ、大変に興味深いマニアックな映画であると思ったが、あの映画で撮影監督を務めたとは恐れ入る。そんな人が、並の映画を撮るわけがない。これがこの映画に対するまず第一の大きな期待。

さて、ベルト・モリゾである。最近の美術の本には、印象派唯一の女性画家などと紹介されるようになって来ているが、一般的にはまだ、マネが数々の肖像を描いたことによって、より知られていると言ってよいだろう。この有名な「バルコニー」という作品の左手前に描かれているのがその女性だ。
e0345320_00081987.jpg
あるいは、この絵をご存じだろうか。
e0345320_00100638.jpg
「すみれの花をつけたベルト・モリゾ」。5年前に三菱一号館美術館が開館した際の特別展、「マネとモダン・パリ」に出展されたのをご覧になった方も多いと思う。実際の本人の写真は以下の通り。
e0345320_00130734.jpg
なるほど、黒目黒髪の美人である。マネは彼女の肖像を 11点描いたらしいが、この二人の関係は謎 (画家とモデル? 師弟? 愛人? 友人?) で、ベルト自身はマネの弟と結婚しているため、余計にややこしいことになっている。

と、ここまでが映画を取り巻く歴史的事実。肝心の映画の出来はどうだろうか。一言で言えば、多くの発見に満ちた佳作であると、私は思う。ただ、恐らくは故意にであろう、流れの悪い編集がストーリーを時にぶつ切りにしてしまう点に難があり、また台詞が多くを語らない割りにはカメラワークは必要以上に凝っており、それが若干鬱陶しいということも否めないため、万人受けするような映画にはなっていない。それから、もしかすると、テレビのワイドショーを見慣れている方は、「それで、結局ベルト・モリゾとマネの関係はどうだったのよ!!はっきりしなさいよ!!」とイライラされる向きもおありかと思う。おっしゃる通り。この映画ではその結論は出ていない。ただ、見る人に想像力さえあれば、個々人で結論を出すことはできるはず。私の解釈では、この二人は、芸術を通してのみコミュニケーションのできる恋人たちだったのだ。描かれているのは、未だ画家という仕事が男性だけのものだった時代における女性の自立という単純なテーマではなく、天才画家からの刺激によって自らも才能を開花させて行く一人の女性の成長の姿であると思う。だからここには普通の意味の色恋沙汰はない。ワイドショーを見たい方は、この映画を見ない方がよい。

主演のマリーヌ・デルテリムの過去の出演作の中に、「ココ・シャネル」(2009年) というものがあるようだが、調べたところ、主演はシャーリー・マクレーン (ええっ、年取りすぎじゃないの???) で、この女優はココ・シャネル役ではないらしい。ということは、これまで主役級を務めたことはあまりないのかもしれないが、この映画では、抑えた演技ながらリアリティのあるベルト・モリゾを演じていて、好感が持てる。いい女優を見つけてきたものだ。
e0345320_00445473.jpg
映画の舞台になっている時代について書いておきたい。1865年、マネが傑作「オランピア」を発表、モリゾはその作品に刺激を受ける。これは、普仏戦争の 5年前。荒れるヨーロッパは不穏な空気に満ち満ちていたはず。一方、パリやロンドンやウィーンや、新興のベルリンなどは、それぞれに本格的な近代都市の形成が始まっていたわけだ。このブログで度々関連事項の出てくる、エッフェル塔が建てられたパリ万博は 1867年。実際にマネとモリゾが出会ったのは、その翌年、1868年だ。そして、第 1回印象派展は 1874年。つまりその間に普仏戦争と、フランスの敗北 (及び新興国プロイセン・ドイツの台頭) があったわけだ。ということは、多くの人々が美術の最高峰のように思っている印象派 (ちなみに私は違います) は、戦争の敗北による挫折感と、同時に戦争終結による解放感とがないまぜになった複雑な時代に誕生したことになる。普仏戦争終結の 1871年から第一次対戦勃発の 1914年までがベル・エポック (= 良き時代) と呼ばれるのは、そのような、戦争と戦争の間の時代という背景があるからなのだ。この映画には、時代背景を克明に描いたシーンはないが、戦死することになる兵士とのふれあいや、ともに絵を学んだ仲であった姉との死別など、モリゾの体験した戦争の悲惨さの断片が、ごく淡々と描かれている。

さて、最後に書いておきたいのは、この邦題だ。「画家モリゾ マネの描いた美女 名画に隠された謎」・・・長すぎません? 原題は、ただの「ベルト・モリゾ」だ。それで充分ではないか。しかも、やたら印象派だなんだと、宣伝文句がチラシやポスターにズラズラ書いてある。日本人は充分に知的なのだから、もっと大人の文化を作りたいものだ。

Commented by 杜の都から at 2015-07-23 13:00 x
ごぶさたしております。名古屋の方から噂を聴いて拝見しました。仙台より愛をこめて。
杜ゾ,いやモリゾ,いいですよね。仙台でも8月末にかかる予定なので楽しみです。その前に,「ターナー」も見たいなー。
それにしても,密度の濃い,しかし軽快な文章と,多くの写真から,yokohama7474さんの人柄がジワジワ伝わってきますね。発信してくれるからこそ楽しませていただける,ありがたいブログだと思います。
パーカーとかエヴァンスのCDの上にタルボのボトルを置いた写真を見て,ご一緒できる日が来ないかと想いを馳せる今日この頃です。
Commented by yokohama7474 at 2015-07-24 00:49
> 杜の都からさん
いやー、ごぶさたですな。今日はちょっと飲んでいて、先刻帰ってきたもので、返事が遅れてすみません。さすが杜の都からさんですね。鋭いところをチェックしておられる。もちろん、近々タルボでもマルゴーでも、ご一緒しましょう。あと、次に書くのは「ターナー」なので、ちょっとびっくり。ま、今後も是非よろしくお願いします。
Commented by yokohama7474 at 2015-07-26 00:03
ひとつ思いつきました。貴兄の場合、「モリゾ」よりも「森伊蔵」ではないですかね。是非近々、一献行きましょう。
Commented by 杜のデュオニソス at 2015-08-01 01:36 x
芋焼酎は,ほとんど呑まんでごわす。
ワインライターの城丸悟(シャトー・マルゴ)という人を思い出したでごわす。
名古屋を飛び越して,8月1日,2日は岡山県のとあるNPO法人まで視察・取材に行ってきます。
猛暑日の夜,貴君のブログを拝見すると気分が晴れますな。
Commented by yokohama7474 at 2015-08-02 22:20
いえいえ、とんでもない。余計暑くなるでしょ。
by yokohama7474 | 2015-07-11 01:07 | 映画 | Comments(5)