ダニエル・ハーディング指揮 新日本フィル 2015年 7月11日 すみだトリフォニーホール

とてつもない名演に出会うこととなった。新日本フィルの「ミュージック・パートナー」を務めるダニエル・ハーディングの手になるものだ。曲目は、マーラー作曲 交響曲第 2番ハ短調「復活」だ。ソプラノのドロテア・レシュマン、メゾソプラノのクリスティアーナ・ストーティン、栗友会合唱団の協演。
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この「復活」という曲は壮大な音の絵巻であるので、演奏されるだけで聴衆を圧倒する要素を持ってはいる。ただそれでも、私が過去に聴いたこの曲の演奏には、ただ煽り立てるだけのものも時折あって、そのときにはなんとも虚しい思いで会場を後にすることになったものだ。生演奏におけるこれまでで最高の感動は、アバドとベルリン・フィルの来日公演、わざわざスウェーデン放送合唱団 (世界一の合唱団との誉れ高い) を連れてきての演奏であったが、終楽章の盛り上がり、既にこちらは全身総毛だっているところ、大音響になるとアバドの身振りは逆に小さくなり、音楽の奔流は、もう言葉の形容を許さない高みにまでたどり着いたのであった。今回のハーディングの演奏は、その次元に限りなく近づいたと言える。新日本フィルの優れたコンサートマスター、崔文洙は、常に大きくからだを使って演奏するのであるが、今回も、きっと大団円での盛り上がりではこんな感じで演奏するのではないかと事前に想像していたその通りの大きな身振りでの演奏を目の当たりにして、ぐぐっと心が熱くなったところで、ハーディングの指揮棒は、発散するのではなく集中して、演奏者全員が大いなる高みに到達したのであった。

この演奏は、始まった瞬間から聴衆の耳を強く惹きつけた。音楽ファンなら誰でも、この曲の冒頭、音の一閃があった後にすぐチェロが激しく切り込む部分に、なんらかの理想のイメージを持っているはず。特に東京の聴衆は、マーラーにかけては世界でもトップクラスの経験がある。全員が耳をそばだてるその冒頭、この上なく迫力と表現力に富むチェロに、これは行けるぞとの期待感が高まることとなった。全体を通して聴かれた荒々しいオーケストラの咆哮も素晴らしいものだったが、大きく印象づけられたのは、第 2楽章だ。これは 3拍子のオーストリアの民族的な舞踊、レントラーであるが、素朴に見えて、内声部が非常に丁寧に書かれているのがよく聞き取れた。ヴァイオリンは左右の対抗配置、中央右にヴィオラ、中央左にチェロ、その奥がコントラバスという配置が見事に功を奏し、なんともニュアンス豊かで、ほれぼれするような音楽であった。私は常々、いつか自分が死んだときには葬式でベートーヴェンの「田園」の終楽章を流すというアイデアに憑りつかれているのであるが、この「復活」のレントラー楽章というのも悪くないな、と思った次第。もっともこの曲、第 1楽章が (少々騒々しいものの) 葬送行進曲だ。その楽章が終わったあと、人々がリラックスして聴いている音楽に葬送をイメージするとは、我ながら変わり者だなと思う (苦笑)。

ところで新日本フィルは、過去 2年ほどであろうか、このハーディングとインゴ・メッツマッハーの 2人が実質的な中心指揮者として活動して来た。その間の充実ぶりはいかがであろう。このオケ、以前は小澤征爾と朝比奈隆の両方を聴くことのできるメリットがあって、私も随分聴いてきたものであるが、正直申し上げて、その当時はまだまだ課題が多く、今はその頃とは比べものにならない水準に達していると思う。前音楽監督のクリスティアン・アルミンクにオーケルトラ・ビルダーとしての才能があったということであろうが、またまた正直申し上げて、アルミンク自身の指揮で感銘を受けたことはほとんどなかった。その意味で、今の状態でハーディングのような優れた指揮者を聴けることには本当に大きな意義がある。そもそもこの指揮者、10代の天才として、ラトルやアバドのアシスタントとして世に出てから時は経ち、今年 40歳になる。本来なら当然、先般のベルリン・フィルの音楽監督選任に際して、候補として名前が挙がるべき人であるが、どうもそうはならなかったようで、一時期の勢いがなくなったようにも思われる。そのように考えると、もしかすると今の新日本フィルとの組み合わせは、指揮者自身にとっても新たなキャリア形成に資するものであるかもしれない。東日本大震災の際に、彼はこのオケとマーラー 5番を練習中で、結局中止になったその演奏会は、後日再度開催されたという特別な事件もあった。日本のオケが、今後の音楽界をしょって立つ逸材を育てるということになると、これは大変なことだ。今回の「復活」を聴いて、その大変なことが起ころうとしているのではないかとの予感を抱くに至った。オケ自体は上岡敏之という、これまた逸材を音楽監督に迎えることになるが、是非ハーディングとの関係も維持してほしいものだと切望する次第である。昔のようにエラい外人指揮者がやって来て、日本のオケをありがたくご指導頂くのではなく、指揮者もオケもともに成長するような関係こそが、本当に意味のある音楽活動であると思う。

by yokohama7474 | 2015-07-12 11:46 | 音楽 (Live) | Comments(0)