戦後日本住宅伝説 - 挑発する家・内省する家 八王子市夢美術館

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題名を見て惹かれたのは、戦後の日本における一般的な住居の変遷 (日本家屋から昔懐かしい団地に移行するなど) を連想したからであるが、実際に足を運んでみると、16人の建築家が設計した住居を紹介するという、純粋に現代建築に関する内容であった。よく見ると、この 16人の建築家の名前は上のポスターにも出ているし、写真も掲載されている。いつもながら早とちり、ああ勘違いという奴だ。

まあよい。建築ももちろん私の興味の対象。この小規模な美術館にふさわしい内容を充分楽しんだ。ここで紹介されている丹下健三から安藤忠雄まで、様々なタイプの建築家が設計した住居は、多くが自身または家族のためのものである。まあ実際、建築家たるもの、前衛的な作品を世に問うていながら、住んでいるのがライオンズマンションですとなると、ちぃとばかり具合が悪い。もちろん、コンクリート打ちっぱなしで格好いいけど寒かろうが、バリアフリーを一切無視した細かな階段が多い作りであろうが、外から土足で入り込めようが、建築家たるもの、涼しい顔で、「究極の個人空間において、外部社会におけるパラダイムシフトとの接点を維持しつつも、同時に移り行く四季おりおりの季節感を充分に感じることができるような、いわば癒しの温度を持った住むための機械としての住居」を追求せねばならない。

上記の引用は、誰の言葉でもない。今私が書きながら、適当にでっち上げたものだ (もっとも、「住むための機械」という言葉は、皆さんご存知の通りのコルビジェの有名な言葉だ)。でも、なんだかちょっと、もっともらしいでしょう? いつも不思議に思うのだが、建築家が建築を語る際に使う言葉は、なぜか大変に観念的なものが多い。これはなかなか難しいところがあって、例えば夢窓疎石とか小堀遠州とか、昔の作庭家であれば、何も言辞を弄さずとも、鑑賞する武士や貴族などが、「結構な庭じゃのう」と言えばそれで済んでしまい、一般庶民には無縁な世界であったところ、今日では多くの建築の公共性の観点からも、建築家が何か言わされてしまうという事情があるのだろう。特にコンペで作品を説明するときに、「えー、何も考えずに設計してみました。皆さん楽しんで下さい」というわけにはいきませんからね。理系に分類される極めて実務的分野でありながら、本来は充分に文系的感覚を必要とされる建築家という職業、なかなかに大変だ。あの安藤忠雄ですら、今回の新国立競技場騒ぎを巡っては、世論は厳しいものになってしまっているわけで、本当に因果な商売である。

ともあれ、今回の展覧会、大変にユニークな住居が 16点紹介されていて、興味深いものではあった。建築家自身の語る設計コンセプトや当時の逸話についての映像、設計図、関連資料や写真などが展示されていた。展示物は撮影禁止であったが、それぞれの家の内部を大きな布に印刷した写真が展示されていて、それなら撮影 OK とのことであったので、尊敬する磯崎新の「新宿ホワイトハウス」(1957年) をパチリ。
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しかしそれにしても、上記の繰り返しになるが、芸術の一分野としての建築には、絵画や音楽にない公共性という問題が宿命的について回る。今回の展覧会でも紹介されている黒川紀章の「中銀カプセルタワービル」など、以前銀座から新橋に向かって歩いているときに偶然発見して、そこにある説明書きにワクワクした経験があるが、実際にはワクワク感は通りすがりの人たちの勝手な思いであって、保存や活用を巡っては大きな問題になっているようだ。以前 NHK の番組で、ここに住んでいる若い建築家がインタビューに答えて、「不便だがいろいろヒントがある」というようなことを語っていたが、でも一般の人は違うだろう。こんな一等地にこんな不便なものがあってもどうしようもないという事情はよく分かる。かといってどこかにそのまま移転というわけにはいかない。いかに建築史上に残る名作と言えども、実用との兼ね合いを果たさなければ、いずれは消えて行く運命にあるということだろうか。ウィキペディアご参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E9%8A%80%E3%82%AB%E3%83%97%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%AB

ただ今回の展覧会、図録は既に売り切れということで、なかなかの集客力であるようだ。熱心に見学する若い人の姿も多く見られた。「お、建築学科の若者ですか。芸術性と実用性の両立、がんばって下さいね。修辞を弄するのも必要だろうけど、一般の人たちにも分かってもらわないとね」と肩を叩きたくなるのをぐっと我慢して、梅雨明け初日の陽光がそろそろ収まりつつある夕刻の八王子の街に出たものである。ビールを飲むのに公共性は関係ないから、なんともお気楽な立場ではあったものだ。

by yokohama7474 | 2015-07-21 09:20 | 美術・旅行 | Comments(0)