魔女の秘密展 名古屋市博物館

夏休みということもあり、家族連れで楽しめ、かつ少し納涼も期待できる展覧会ということだろうか、魔女についての展覧会が名古屋で開かれている。既に大阪、新潟を回り、このあとは浜松と広島を巡回する予定である。名古屋での会場は、名古屋市博物館。いささか古めかしいと言ってもよい建物だが、この展覧会の入り口はお化け屋敷風に設営され、さて一体何が見られるのかと、訪問者をワクワクさせる。
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魔女というと日本では、昔からアニメにもキャラクターがあり、最近は美魔女などという言葉もあって、人を魅了する魔法の使い手として、なにか可愛らしく不思議な存在というイメージであるが、この展覧会は一味違う。2009年にドイツ・プファルツ歴史博物館が企画開催した展覧会がベースになっているという。それを聞いて私は、この展覧会の性質になんとなく思い至った。主催者の方々を邪魔する意図は毛頭ないが、これは家族用の企画ではない。人類の歴史の暗黒面について考えさせられる、大変に重い内容の展覧会だ。

プファルツ地方は南ドイツ、ライン川沿い。シュパイヤーという街が中心。そう言えば随分以前に、このシュパイヤーの大聖堂でゲオルク・ショルティが珍しくシュトゥットガルト放送響を指揮したブルックナー 2番を NHK が放送していた。また、セルジュ・チェリビダッケがライン・プファルツ管弦楽団なるオケを指揮したバルトークの映像も手元にある。ドイツの中でも、この地域には一般に知られた観光地があるようには思えず、重苦しい音楽の似合う地域という勝手なイメージがある。ただ、どんな地域であるかは全く知識がなかったので、あれこれ思って調べてみると、なんと、魔女という言葉は南ドイツで生まれていて、なおかつ驚くべきことには、欧州では 15世紀半ばからの 300年間で実に 6万人 (!) が魔女として処刑されており、その半分以上がドイツ (当時の神聖ローマ帝国) の領域内で起こったということを知るに至った。宗教裁判といえば、反宗教改革としてカトリック圏、特にスペインで行われた火あぶり等を思い浮かべるが、なんのことはない、プロテスタントのお膝元であるドイツが最大の悲劇の舞台だったとは。自国で発生した残虐事件については、ナチスでもう手一杯かと思われたドイツが、独を、いや毒を食らわば皿までと企画したのがこの展覧会であろうか。ことほどさように、とてもとても家族で楽しく見られるような内容ではない。

展示品には様々な神秘的なものがある。最初は魔除けの処方箋やお守り、人形やメダルなどだ。これは、ランツフートという場所で発行された「飲むお守り」。この聖母像を一体ずつちぎって水で飲んだという。邪悪なるものを追い払いたいという人間の切なる願いを知ることができる。
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それから、錬金術についての展示がある。大規模なペストの流行や相次ぐ戦争で人心が動揺し、形容しがたい不安が欧州中を覆った時代についての展示がある。ここで鑑賞者は気づくのだ。生きることが困難であったからこそ生じた、人知を超えた不可思議な力への憧れと畏れ、またそれゆえにこそ生じた社会の中でのスケープゴートの必要性を。これこそが欧州が魔女を生み出した原動力とするならば、それは人間が万能ではなく弱い存在である以上、歴史の中でいついかなる時代にも生まれる狂気の産物こそが魔女なのだ。

そこに追い打ちをかける発見があった。ルネサンス 3大発明のひとつと言われる、印刷術だ。そういえば、この時代に生まれたグーテンベルクの印刷術。その発明はどこで生まれたか。ドイツではないか。ルターの宗教改革を支えた印刷術はまた、人々が求めるスケープゴートのイメージの流布に大きく貢献したわけだ。デューラーのような叡智に満ちた人物さえ、このような魔女のイメージ (1500 - 1503年) で、人々の恐怖心を煽ったのであろう。
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展覧会はまさにクライマックスで、拷問道具や魔女が着せられたシャツの複製、また死刑執行人のマスクなどが登場する。なんとも身震いする展示品だ。罪もない多くの人々が自白を強要され、無実を訴えながら処刑されていった。
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最後に執行された魔女の処刑は、1795年ポーランドでのことらしい。近代文明の発展とともに魔女狩りは姿を消したと言ってもよいわけだが、我々はその後の人類の歴史において、ナチスによるホロコーストはもとより、戦後ハリウッドでは赤狩りが、スターリン時代には粛清が、毛沢東時代の中国では文化大革命が起こったことを知っている。魔女狩りこそは人間の本性にひそむ、本当の魔であることに思い至るのである。

それにしても、さすがドイツの歴史博物館、自分たちの歴史のダークサイドを直視する勇気はすごい。現代の我々は、このような展覧会を見る機会によって、そのことを肝に銘じる必要がある。なので、名古屋のお父さんお母さん方、そこんとこ、よろしくお願いします。

by yokohama7474 | 2015-07-27 22:50 | 美術・旅行 | Comments(0)
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