ブリギッテ・ハーマン著 ヒトラーとバイロイト音楽祭 ヴィニフレート・ワーグナーの生涯 上 戦前編

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私は学生時代から、第 2次世界大戦中のドイツの音楽界の動向には大変興味を持っていて、生涯勉強して行きたいと考えているのであるが、今般、とある人に薦められ、この大部な書物を読むこととした。上下 2巻で 750ページ近いのだが、面白すぎてページを繰るのももどかしく、あっという間に上巻を読み終えてしまった。

まず、基本中の基本を押さえておこう。リヒャルト・ワーグナー (1813 - 1883) は、ドイツロマン主義の大作曲家。一部、器楽曲も残しているものの、その生涯をほとんどオペラに費やした。こういう顔だ。
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一般にも、「ワルキューレの騎行」という曲が、その暴力性と、金管が炸裂するド迫力でよく知られている。それは実は、楽劇「ワルキューレ」の第 3幕への前奏曲なのだ。ほう、ではどんな曲か、ちょっと全曲でも聴いてみようかな、と思った方。覚悟はよろしいか。この「ワルキューレ」を含む 4部作、「ニーベルングの指環」は、上演に 4日間を要し、演奏時間は実に 15~16時間に及ぶのですぞ。それぞれの作品 1本が、平均的なイタリアオペラの倍くらいの長さだ。泣けども喚けども、4日間劇場に缶詰になり、鬱陶しく仰々しいドイツ語で、いつ果てるともない音響の渦に呑み込まれる。それって拷問に近いと思いませんか。

ところがその拷問に、身悶えして喜ぶ変人が、世界に何万人、何十万人、もしかしたら何百万人といるのだ。上記 4部作を含むワーグナーの主要 10作品 (ちなみに列挙すると、「さまよえるオランダ人」、「タンホイザー」、「ローエングリン」、「トリスタンとイゾルデ」、「ニュルンベルクのマイスタジンガー」、「ニーベルングの指環」 (= 「ラインの黄金」、「ワルキューレ」、「ジークフリート」、「神々の黄昏」の 4作)、そして「パルシファル」だ) は、世界のオペラハウスにおいて、なくてはならない重要レパートリーだ。しかもこの広い世界には、あろうことか、この重くて長くて暗いワーグナーのオペラだけを、よりによってワーグナーだけを、しかも真夏に演奏するという特殊な音楽祭があるらしい。信じられますか。その劇場は、19世紀に建てられ、冷房もなければ椅子のクッションもない、また、客席に通路もないところらしい。そんなところに出かけて行く人たちは、筋金入りのド M に違いない。そのド M の集まる音楽祭を、バイロイト音楽祭という。

そもそもワーグナーが他の作曲家と異なるのは、すべての作品に自分で歌詞を書いたこと。つまり、詩人であり音楽家であるということであって、自らの世界観を妥協なく作品に投影できたわけである。そして題材は、北欧・ゲルマンの神話や伝説。英雄、贖罪、浄化、神聖性、自己犠牲というキーワードが散りばめられた作品群だ。まあドイツの人たちがそのような作品に入れ込むのは、なんとなく分かる。でも、その人の作品だけを演奏する音楽祭があるとはどういうことか。

ここで登場するのが、有名なバイエルン国王、ルートヴィヒ 2世だ。ヴィスコンティの有名な作品を含め、その生涯が何度も映画化されており、また、日本人にも大人気のノイシュヴァンシュタイン城を建てた王様だ。

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この王様は、中世の英雄譚などの夢物語に溺れるのが好きな人で、ワーグナーの作品群にぞっこんほれ込み、ついにはそのパトロンを買って出る。それによって完成したのが、バイロイト祝祭劇場で、1876年のこけら落としが、この「指環」4部作の連続上演であったわけだ。

さてさて、本の中身になかなか辿り着かないが、この本は、その作曲者ワーグナー自身が創設したバイロイト音楽祭が継承されて行く中で、いかなる歴史があったのかということを、圧倒的な量の史料を駆使して克明に描いている。題名になっているヴィニフレート・ワーグナーとは、大作曲家ワーグナーの長男、その名もジークフリートという人がいたのだが、その奥さんだ。英国から年の離れた旦那のところに嫁入りして来て、最初はおしとやかなお嬢さんであったものが、ドイツの第 1次大戦における敗戦から、第 2次大戦に突き進む激動の時代に、どのように変貌し、どのようにこの音楽祭を維持して行ったかがよく分かる。例えて言えば、「ゴッドファーザー」の 1作目、ただの真面目な学生であった三男のアル・パチーノが、マフィア同士の争いの中で、血の気の多い長男、優柔不断な次男を差し置いて、家族を守ろうとしているうちに頭角を現して次のボスになるという、あのストーリーを彷彿とさせるものがある。歴史とは、様々な巡り合わせやある種の必然の積み重ねによって、少しずつ起こる変化が、いつのまにやら激流になる、そのような流れであると言えると思うが、ここに描かれたのは、天才、凡才、策略家、お人よし、ドイツ人、イタリア人、ユダヤ人、様々入り乱れて歴史の歯車がミシミシと回る様子である。そのまま映画にもできるような、凄まじい内容だ。

とまあ、書物の内容はともかく、一度そのバイロイト音楽祭に行ってみたい。おー、行ってみたいぞぉ・・・と心の中で叫んでいるのでありました。

次回に続く。


by yokohama7474 | 2015-08-09 07:14 | 書物 | Comments(0)
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