バイロイト音楽祭 ワーグナー : 楽劇「ワルキューレ」(指揮 : キリル・ペトレンコ / 演出 : フランク・カストルフ) 2015年 8月10日 バイロイト祝祭劇場

バイロイト音楽祭の 2日目、楽劇「ワルキューレ」を聴きに行った。この「指環」4部作においては、最初の「ラインの黄金」は序夜と題されていて、いわばプロローグだ。この「ワルキューレ」が第 1夜と名付けられている。「ラインの黄金」は休憩なしで一挙に演奏されるので、幕間の時間がなかったが、今日はたっぷりあったので、劇場の周りをほっつき歩いてみた。まずはそれをご紹介する。

劇場正面に向かって左手から見たところ。平土間席の左側に座る観客は、こちらの入口から入る。
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そして、中に入ると以下のような劇場内へのドアがずらりと並んでいるのが見える。数列でひとつのドアを使うようになっているので、通常のホールのように、全員が正面から入ってそこから自分の席に近いドアを探すのと違って、大変分かりやすく、実は横一列の席配置で通路がなくとも、機能的に出入りできるようになっているのだ。
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劇場内には、1876年にこの「指環」4部作の初演によってこの劇場のこけら落としがなされたことを記念する石碑がある。重厚な歴史を感じることができる。
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バルコニーに上ってみると、ここが丘の上であることが分かる。また、劇場の左右には、ワーグナー、そして妻コジマの胸像が飾られており、すぐ裏手にも、気持ちのよい芝生の丘陵地が続く。
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ただ、劇場の建物自体は、決して豪華堅牢ではない。どういうことか、一部にはぐるりに足場が組んであり、外壁を模したビニールでそれが覆われている。改修作業の一環であろうか。
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長いオペラなので、1時間近い休憩が 2度入る。MET やコヴェントガーデン、また日本でも歌舞伎などがそうだが、開演前に予約しておくと、幕間に食事を採ることができる。Steigenberger とあるが、有名ホテルの経営ということか。
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因みに私も今日はこれを試してみた。水にチキン料理 1品 (以下写真ご参照) にエスプレッソをつけて、チップも含めると実に 55ユーロ。7,500円くらいか。はっはっは。もう行きません。あんまりうまくなかったし・・・。
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さて、そろそろ本題のオペラに入ろう。結論から申し上げれば、「ラインの黄金」ほどひどい演出ではなかったものの、相変わらず映像の多用によって音楽の邪魔をしている場面がある。一方で、ペトレンコの指揮は大変に冴えていて、オケは雄弁に鳴っていた。その意味では、ペトレンコの本領発揮と言ってよい演奏だったと思う。

この曲、凄まじい嵐の音楽で始まり、傷つき疲れ果ててよろめきながら登場するジークムントが、「このかまどが誰のものであろうと、私はここで休まねばならない」と歌って倒れ込むのであるが、この大げさな表現が面白くて、好きなのである。「かまど」を「テーブル」とか「風呂」とか「トイレ」に換えると、家族内で場所争いをするご家庭においては、使い勝手がよく諍いを避けられる、応用の効くフレーズではなかろうか。昨今のこのオペラの上演においては、ト書きに忠実で、本当にかまどがしつらえてある (笑) 昔ながらの演出は MET くらいしかないだろうが、この「かまど」に代わるものが何かによって、その演出の前衛度を測ることができる。今日の演奏では、「農家の麦わら」。うーむ、決して遠すぎず、悪くないではないですか。幕が開いたときに目に入るのは、農家のサイロのような、また物見の塔のような木造建造物で、その薄暗い感じがこの作品に相応しく、「ラインの黄金」に辟易していた観客を、まずは安心 (?) させる。
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ここでジークムントを演じているのは、今回の一連の上演で初めて接する有名歌手、現代屈指のヘルデン・テノール、ヨハン・ボータである。特に MET でこの人をよく聴いたものだが、まあその、一部有識者の間で、「ハイ、ボータのボの字をブに換えて」という歌が流行ったとか流行らないとか (ウソウソ)。要するに恰幅がよすぎて一般的な人気はイマイチなのである。しかしながら、今回久しぶりにその姿に接して、ちょっと痩せたようにも思い、何よりもあの美声が健在であるのを確認できたのは嬉しいことであった。
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というわけで、始まりはまずまずなのだが、すぐに演出家のいたずら心が騒ぎ出す。よく見ると、舞台上の大きな鳥かごの中には、ダチョウの仲間のような鳥の本物が入っていて、大丈夫かと見ていると、案の定、バタバタと羽ばたいて、金網に頭をぶつけてあきらめるというハプニングがあった。また、帰宅したフンディングの槍の先には生首がついているし、舞台前景の手押し車のようなものの中に入っているのは、血まみれの死体ではないのか。このように、悪趣味に動揺していると、また始まった。映像の投影である。今回は布をスクリーンに、モノクロの映像だ。せっかくブータ、いやボータが地響きのような声でヴェルズンクの悩みを歌っているのに、あるいは、兄妹の愛を高らかに歌い上げているのに、関係ない映像を出されると、興ざめなこと甚だしい。

また、第 2幕のヴォータンは、もじゃもじゃ髭がマルクスを思わせる。
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プログラムには、19世紀ロシアのアナーキスト、バクーニンの言葉が引用されているが、ではマルクスでなくバクーニンなのか??? バクーニンは、1848年ドレスデンの蜂起でワーグナーと一時行動をともにしたことで知られている。いずれにせよ、このオペラの演出の趣旨は、どうやら革命にあるらしい。1幕で農家であった舞台は、3幕では工場になっており、革命後のロシアを思わせる。それをより明確に表すのは、例によって邪魔であること著しい舞台上の映像であって、何やら富国強兵を是とする初期のロシア映画が映写される。ジガ・ヴェルトフだろうか。また、これは今回用の撮影であろうが、何やらエイゼンシュテインの「戦艦ポチョムキン」のパロディらしい映像もある。さて、この演出家は一体観客に何を求めているのか。革命の顛末について考えろということか。でもそれは、何もワーグナーのドラマの中で考えずとも、別個に考えればよい。せっかくの音楽の邪魔をしてまで、今ここでどうしても考える必要のあることなのか。

というわけで、またもや映像にイライラしながらも、最後にはこのように実際の炎が出て、部分的には意外と堅実 (?) な面も見られた演出となった。
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歌手は、ヨハン・ボータのほかには、ジークリンデを歌ったアニヤ・カンペがよかった。昨日と同じくヴォータンを歌ったウォルフガンク・コッホは、例えばファルク・シュトゥルックマンのような圧倒的な存在感はないが手堅く歌っていて、この 2演目で要求される歌と演技の内容に鑑みれば立派な出来であった。終演後にブーが出てしまったのは気の毒だ。

そして、最大の聴きどころは、ペトレンコの指揮。考えてみればこの「ワルキューレ」は、4作の中で最も Emotional なシーンが多い。つまり、登場人物同士が細やかな情を通わせるシーンが多いのだ (ジークムントとジークリンデ、ヴォータンとブリュンヒルデがもちろん中心だが、ブリュンヒルデのジークムント、ジークリンデ兄妹への同情も重要な要素だし、また実はフリッカもフンディングの願いを無下にできないという思いがあり、9人のワルキューレたちの間にも仲間意識が強い)。ペトレンコの指揮は、ときにテンポを落としてえぐるような表情づけをするなど、渦巻く Emotion を濃厚な密度で描いていた。演出にあれだけ足を引っ張られながらも (笑)、強い牽引力を発揮していた点、大変なものだと思った。
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明日は休演で、あさって12日に「ジークフリート」、その後「トリスタン」上演を挟んで「神々の黄昏」と、重量級の音の攻撃に耐えなくてはならない。ド M 道、いよいよクライマックスへ!! これが誰の演出であっても、私はここで聴かねばならない。

by yokohama7474 | 2015-08-11 08:20 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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