バイロイト音楽祭 楽劇「トリスタンとイゾルデ」(指揮 : クリスティアン・ティーレマン / 演出 : カテリーナ・ワーグナー) 2015年 8月13日 バイロイト祝祭劇場

いきなり個人的な話で恐縮だが、まあそもそもブログなんて個人的なことをダラダラ書きつづるものだし、個人的なことを書いて何が悪いと開き直る手もあるのだが、最近、日によっては 3ケタのびっくりするような数のアクセスがあることもあり、一応世界の片隅であれこれ無責任にわめいていることがいろんな人に見られてしまうことを考えると、やはり少し断った方がよいかと思ったりもするのだが、要するに、2015年 8月13日は、私の 50回目の誕生日であったのだ。実は今回、バイロイトに行きたいと思ったのも、この人生の折り返し点 (もっと来ているって 笑) で、究極のド M 体験をしてみるのも何か新しい発見があってよいのではないか、ということもきっかけのひとつであった。何はともあれ、家族友人上司部下、先輩後輩、恩師 (ってあまりいませんが)、その他ご縁のあった皆々様に感謝して、これからも精進して参ります。

というわけで、8月13日である。今から 139年前のこの日、1876年 8月13日に、ここバイロイトで何が起こったかご存じでしょうか。実は、ルートヴィヒ 2世臨席のもと、ハンス・リヒターの指揮で「指環」の全曲初演の、まずは「ラインの黄金」が演奏された日なのだ。やはり私は、生まれながらにして指環と何らかのご縁があったのだ!! 因みに今調べてみると、この初演には、リストはもちろん、ブルックナーやチャイコフスキーも聴衆の中にいたらしい。ブルックナーがワーグナーの心酔者であることは周知だが、チャイコフスキーとワーグナー、また、チャイコフスキーとブルックナーなんて、言葉を交わしたのだろうか。

さて、今回は私の 50歳を記念して、バイロイト音楽祭が特別に新プロジェクトを用意してくれた (わけない)。現在の音楽祭総監督のひとり、カタリーナ・ワーグナー (御大ワーグナーのひ孫で、前総監督のウォルフガンク・ワーグナーの娘) が新演出した、「トリスタンとイゾルデ」だ。1978年生まれと、まだ若いカタリーナさんだ。
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そしてなんといっても、指揮が今や中堅の超カリスマとして押しも押されぬ地位を獲得した、クリスティアン・ティーレマン。
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今年のバイロイトでも抜群の人気を誇る公演で、チケットの争奪戦となった模様。そんな中、代理店が頑張って確保してくれたのは、なんとなんと、かぶりつきの席だ。正真正銘、最前列だ。最高の誕生日プレゼントになりました。ただ、バイロイトのチケットは記名式で、私のもらったものには、ザールブリュッケンに住むなんとかミューラーなんとかさんの名前が入っている。まあ、どうひいきめに見ても、私はザールブリュッケンのなんとかミューラーさんには見えないので (笑)、ちょっと緊張したものの、全く問題なかった。当然チケットの合法的な流通市場のある国なので、問題はあるわけないのだが、バイロイトはちょっとうるさいという話を聞いたことがあったので、若干の心配はあったものの、杞憂でした。

泊っているホテルの近所に映画館があって、この公演のポスターが貼ってある。どうやら、いわゆるライヴ・ビューイングで、劇場でリアルタイムで見られたようだ。確か、上映時間「360分」と書いてあったはず。さすがにこの長いオペラも、正味 6時間はなく、うち 2時間は休憩だ。でも実際、16時に始まって 22 時頃の終了だったのだが、映画館にいる人は、休憩の間どうしているのでしょうか。以下は恐らく、インターネット中継の宣伝でしょうか。
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まずは最前列ということで、オーケストラピットがどうなっているかをまじまじと観察。オケ自体は舞台下の穴倉のようなところに入っているが、客席に面して、かなり高さのある土饅頭のような形状の覆いがあって、それがゆえに、指揮者の姿も客席から全く見えないようになっている。そして、今回目撃できたことには、楽団員も (そして、モニターを見た人によると、指揮者も) T シャツ、短パンというラフな格好での演奏だ。そうでないと、暑さで参ってしまいますな。ピンボケながら、少しイメージを持ってもらえれば。
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同じツアーに参加している人たちも、「指環」の演出のあまりのひどさに、この「トリスタン」に期待する声が大きく、私も全く同感だったのである。

今回は趣向を変えて、3つの幕それぞれの舞台装置と、そこでの登場人物たちの動きからご紹介しよう。まず第 1幕は、垂直性を強調した可動式階段の組み合わせ。
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一見してエッシャーを連想したが、プログラムにはピラネージの牢獄の絵が記載されている。なるほど、それならそれで、迷宮のイメージとして、よいではありませんか。私はピラネージは大好きで、以前、マルグリット・ユルスナールの「ピラネージの黒い脳髄」など喜んで読んだことがある。まさか、「ピラネージなんて知らねーじ」とは言わせません。有名です。
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この第 1幕では、トリスタンとイソルデは青い服、それぞれのおつきであるクルヴェナルとブランゲーネは茶色か緑系の服という色合いで、4者があちこち動き回る。ただこれが、例の「指環」の演出ほどではないが、若干うるさい感じが否めない。また、この演出の特色は、主役 2人は、最初から明らかに愛し合っていて、あろうことか、薬を飲む前から抱き合ってチュッチュするのである。おいこら、まだ早いだろ、と思っていると、毒 (= 実は媚薬) を飲むはずのシーンは、これだ。
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おいおいおい、こぼしてどうするよ。もったいないなぁ。要するにこの二人、死ぬつもりが惚れ合う仲になるという本来の設定を離れ、自分たちの意志で愛を貫こうとするらしい。そのような設定変更によって、何か劇的な説得力ありますかね。ロマン性が薄れて、私はあまり好きではないですけどね。ま、「指環」に比べたらこのくらい、まだかわいいものだ。因みにこの日の演奏では、鳥だかコウモリだかがステージに紛れ込んでいて、時折舞台の上の方を横断するなど、偶然とはいえ、なかなか面白い効果があった。

第 2幕がまたユニーク。高い塀に囲まれた、どうやらこれも別種の獄のような場所で、上から監視されている中、トリスタンとクルヴェナル、イゾルデとブランゲーネがぶち込まれてくる。舞台上には、以下のような、何やら駅の近くの自転車置き場 (笑) のような金属の半円が。
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これが立ち上がったり、肋骨の部分が開いたりと、あれこれ動いて、例えばこんなふうに。
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うーん、これは何を表しているのだろう。この第 2幕、ひたすら夜の静謐で濃密な音楽が続くので、あまり小細工は必要ないように思った。因みにマルケ王はこんな人。
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そして第 3幕は、全編紗幕を下ろしたまま、非常に薄暗いシーンに終始する。そしてイゾルデを待つトリスタンの前に、このような幻想のイゾルデが三角形の中に次々現れる。
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あるイゾルデは、自分で首をもいだり、またほかのイゾルデは、全身が溶けてしまったり、あるいは顔から血を流したりと、これでもかとばかりトリスタンの抱くイゾルデのイメージが崩れて行く。ただこれも、一体どんなメッセージが込められているのか、今一つピンと来ない。そして最後、息絶えたトリスタンがストレッチャーのようなものに乗せられているのに、それを抱き起して、死体と並んで座って「愛の死」を歌うのだ。
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私には頑迷で乱暴なひとつの持論があって、オペラの演出家で紗幕を多用する人は、才能がないということなのだ。それはそうではないか。演出家には無限のパレットが与えられているのに、ただ薄暗くしたいというだけで紗幕を使うなんて、安易すぎる。ごく一部ならともかく、1幕を通してそれをやられると、観客は白けてしまう。実は日本にも紗幕を多用する演出家がいて、その人の舞台を何度か見たことで確立した持論である。今回、久しぶりにそれをやられてしまった。

そもそもオペラの演出とは、そんなに奇抜なことを考えなければならない業務だろうか。バイロイトの場合は、いろんなくびきの中での活動ということになるので、勢い奇をてらった演出になるのか。それとも、この程度では、奇をてらっているとは言えないのだろうか。

純粋に音楽面だけを見ると、やはり瞠目すべき演奏であったことは間違いない。オーケストラに至近の席であったため、足元に音による振動が伝わってきて、興奮した。ティーレマンの指揮はやはり只者ではなく、滔々と音が流れる中にもあれこれと起伏があって、大きな生き物のようなオケを自在に操る魔術師さながらの手腕であった。

主役 2人は、かなりの高水準を示したと思う。トリスタンのスティーヴン (ステファン?)・グールドは、ワーグナー歌いとして活躍の場を広げているが、そういえば新国立劇場での大野和士指揮の鬼気迫る演奏でも、トリスタンを歌っていた。今回も安定した歌唱であったと思う。一方のイゾルデ、エヴリン・ヘルリツィオスも、実は昨年の新国立劇場で飯守泰次郎新音楽監督が名刺代わりの一発で上演した「パルシファル」で、クンドリを歌っていた。クンドリはかなりよかったと思ったが、今回のトリスタンでは、ここぞというときに強い声は聴けたが、ややむらのある感じも否めなかった。それにしても東京は、バイロイトで歌う歌手が練習 (?) として歌う場なのだろうか。なんであれ、上り坂の歌手たちが東京で歌う機会が増えていることに感心する。ただ、とは言っても、同じ演奏家を聴くにも、やはりヨーロッパで聴くことには違った価値があるものだ。かぶりつきでカーテンコールを見ながら、日本とヨーロッパの実際の距離について、ぼんやりと考えていた。あ、それから、指揮者は T シャツ短パンだったはずなのに、いつ着替えたのか・・・ということ。
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ともあれ、結論は、課題は多々あれども、なかなかに凝った演出で、とてつもないオーケストラの音ともども、聴衆としてのよい経験となった。思い出に残る誕生日となった。


Commented by michelangelo at 2015-10-03 01:26 x
yokohama7474様

はじめまして。本日ハーゲン・クァルテットを検索しておりましたら、貴ブログに辿り着きました。更に何枚ものお写真を拝見しましたところ、音楽家の皆様が喜びそうな綺麗なショットばかり。美しいです。

続けて、左のカテゴリに御座います音楽 (Live)も遡って拝読しました。すると、偶然としては信じ難いお言葉が。お誕生日が、私と一緒なのです。ちなみに、オペラ歌手ではキャスリーン・バトル、そして作曲家のジュール・マスネが亡くなった日でもあります。

又、此方にご紹介されている「トリスタンとイゾルデ」のご感想と貴重なお写真を、じっくり読ませて頂きました。なかなか見つけることが出来なかったので、拝見することが出来とても嬉しく思います。

演出ですが、私も貴殿と同じようにエッシャーが最初に浮かび上がりました。クールな駐輪場もヒンヤリしており、オペラ歌手のみならず指揮者にも視覚的かつ心理的に影響を与え兼ねないのでは?と素人はついつい考えてしまいますが、プロは動じず流石です。

8月に演奏会が殆どない日本ではなく、ドイツにて御鑑賞と言うのが素敵です。お誕生日にバイロイト祝祭劇場の最前列にてご鑑賞、おめでとうございます。
Commented by yokohama7474 at 2015-10-03 22:29
michelangelo 様

コメントありがとうございます。同じお誕生日ですか。これも何かのご縁ですね。ブログも少し拝見しましたが、かなりのワーグナーファン、ティーレマンファンであられるようですね。私ごときはただ、思いのままを書き連ねているだけで、michelangelo 様のような筋の通ったブログにはなっておりませんが、また時々覗いてみて頂ければ幸いです。
Commented by 中村 at 2015-11-02 13:55 x
オペラ演出で気になるのは歌詞と演出の食い違いです。頑迷な私はちょっとしらけます。演出家が何か”演出”することが義務であるように考えているんですかね。私は映像、視覚が無くても音楽だけで充分と思っているオペラファンです。
Commented by yokohama7474 at 2015-11-02 22:10
> 中村さん
コメントありがとうございます。まさにおっしゃる通りで、オペラの演出において変えられないのは、歌詞と音楽ですよね。私も頑迷な人間ですので (笑)、その点には大賛成です。また是非、お立ち寄り下さい。
by yokohama7474 | 2015-08-15 08:29 | 音楽 (Live) | Comments(4)