バイロイトについて (旅の総括)

バイロイトでの一週間の滞在を終え、無事日本に帰ってきました。羽田で飛行機を降りた瞬間、サウナに入ったような、熱い空気が全身を包み込む感覚を受け、改めて日本の湿気に驚いた次第。川沿いの自宅でユニクロの派手なステテコなど着てくつろぎながらビールを飲んでいると、日本に帰ってきたという実感が湧きますな。

さて、せっかく初めてバイロイト経験をしたので、少し振り返って総括しておきたい。

現地で購入した英語の薄手のガイドブックによると、この街には 800年の歴史があるが、そのうちの 3回に亘る機会が街を形成したとされている。すなわち、
1. 辺境伯妃ウィルヘルミーネ (1709 - 1758) によるロココ文化の繁栄
2. ジャン・パウル (1763 - 1825) の詩作によるロマン主義の台頭
3. ワーグナー (1813 - 1873) による祝祭音楽祭の開始
である。これらの人物に共通するのは、いずれもほかの街からやって来たということだ。すなわちこの街は、偉大なる世界の中心ではなかったが、外部から来た人たちが独自の文化を発信する起点にはなったということだ。但し、18世紀から 19世紀の頃の交通網はよく分からないが、少なくとも現在、この街が交通至便であるかというと、全くそうではない。私の場合は、ニュルンベルクの空港から代理店手配の車で 1時間以上をかけてバイロイト入りした。音楽祭に参加する人々は、いずれにせよ陸路でかなりの距離を移動しないと、空港に辿り着かない、不便なところだ。だが、かといって、全く何もないところに劇場を作ったのかといえばさにあらず。上記の 1. と 2. があったからこそ、3. が実現したのであろう。実際、バイロイトから鉄道で移動すると、なだらかな丘陵地帯がずっと続いていて、そこに存在している駅の周りには、文字通り何もないのだ。従ってワーグナーは少なくとも、本当に何もない場所には祝祭劇場を建てるという選択はしなかったことになる。

さて、上記 1.については、エルミタージュや新宮殿について触れたので省略するとして、2. について少し書いておきたい。ジャン・パウルである。
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今回バイロイトとその周辺を訪れて、この詩人が現地では未だ深い尊敬を集めていることを知った。エルミタージュに向かうタクシーの中からも、彼にゆかりの場所らしいところを幾つか通ったのである。日本でも主要著作は翻訳されているようだが、創土社なる出版社が全集を発行する予定があったが、全 26巻の予定が、4巻で途絶えてしまった模様。この出版社、幻想文学を中心に、意欲的な出版をしている。ネットとは便利なもので、以下のような情報を見つけた。うーん、いろいろ読んでみたい!!
http://www.green.dti.ne.jp/ed-fuji/column-booksmetamorphas.html

ところでこのジャン・パウルの全集が、ワーグナー旧居、ヴァーンフリートの書棚にもあったのを、もちろん私は見逃しませんでしたよ。先にご紹介したベートーヴェンもそうだが、必ずしもワーグナー自身が読んだとも限らない。だが、ここにあること自体、なんとも興味深い。
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尚、以前もご紹介した、ジャン・パウルが書いた言葉、つまり、「右手に詩の才能を、左手に音楽の才能を」携えた人物の到来を待っているという言葉 (ちなみにこれは、E・T・A・ホフマンの「幻想小品集」に寄せた序文が原典らしい) は、私にとっては実は大変長いつきあいのある言葉であるのだ。クラシック音楽を聴き始めてまもない頃、今から 37-38年くらい前になろうか、神保 璟一郎という人の書いた、「名曲をたずねて」という上下 2巻の文庫本 (大変に懐かしい!) を繰り返し読んで、膨大なレパートリーについてお勉強していたわけであるが、その本のワーグナーの欄に、この言葉が書いてあったのだ。当時の私は、ワーグナーのオペラ全曲は聴いたこともなく、ただ序曲・前奏曲の数々に感動していただけであったが、詩と音楽を対比させるこの言葉のロマン性に、心打たれたものだ。今日、久しぶりにその本を引っ張り出してきて見てみると、この言葉を記した人物が、ジャン・パウルではなく、「詩人リヒテル」と書いてある。これは一体何だろうと思って調べてみて、分かったのだ。ジャン・パウルの本名が、ヨハン・パウル・フリードリヒ・リヒターなのだ!! そして、彼が序文を寄せた E・T・A・ホフマン (1776 - 1822) についてはバンベルクの欄でご紹介したが、この序文を持つ作品は、どうやら「カロ風の幻想小品集」というのが正式名称だ。えっ、これってあの、シューマンの「幻想小曲集」のヒントになった、あれか? そうなのだ。それだけではない。この作品集に含まれている「クライスレリアーナ」も、シューマンがそのままの題名で有名なピアノ曲を書いているではないか。さらにさらに、この題名にあるカロは、有名なフランスの版画家、ジャック・カロ (1592 - 1635) のことだろう。ここで連想されるのは、マーラーがジャン・パウルの小説に影響されて書いた交響曲第 1番「巨人」の第 3楽章は、「カロ風の葬送行進曲」だ。ヒントになったのは、以下のようなカロの版画だ。
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こうして見てくると、ロマン主義の潮流の中で、絵画、文学、音楽がお互いに密接に関連していることが分かる。本当に面白いし、知るほどに自分の無知に思い至る。

さて、ワーグナーである。辺鄙であっても文化的な伝統のあるバイロイトを、自らの祝祭を執り行う場所として選んだわけであるが、もしかすると、上記のジャン・パウルの言葉を知っていて、あえてこの場所を選んだのではないか。ちょっと調べた範囲ではそのような説は見当たらなかったが、したたかな彼であれば、可能性はあるような気がする。いずれにせよ、歴史の荒波に耐えて、この音楽祭は継続している。ただ、例のド M 論に戻ると、あの環境であの音楽を聴きたいと思う人は、やはり少しその性向があるのかもしれない。例えばストラヴィンスキーはその自伝で、バイロイトのことを散々にけなしていた記憶があるし、小林 秀雄も、バイロイト体験を苦々しく書いている。合わない人には決定的に合わないのだろう。実は今般、現地に行って気づいたことには、国際的な観客が集まっているとはいえ、ドイツ語を耳にする機会が予想以上に多かった。メルケル首相もバイロイトが大好きだという。ということは、ワーグナーを好きな人の多くは、ドイツ人自身であるということだ。ド M 性とそのことに、少し関係があるような気もするが、いかがであろうか。ドイツ人は勤勉ではあるものの、少し極端に走る傾向がある。もちろん、端的な例はナチということになろうが、この超右翼政党、よく知られている通り、正式名称は「国家社会主義ドイツ労働者党」である。極左が極右になってしまうこの矛盾。もちろん、あまりに紋切型の決めつけをする意図はないが、ナチとの関連云々の前に、もともとワーグナーの作品の中に、いわゆるドイツ的なものの根源が含まれていることは事実であって、それをいかに受け止めるかという態度が問われているのであろう。なかなかに難しい問題である。

話題が堅くなったので、がらっと変えてみよう。バイロイト音楽祭の幕間の食事についてだ。先にレストランを予約して高価なチキンを食べたことは記事に書いたが、実は、隣のカフェテリアでは、もっとカジュアルなものも食べられるのだ。例えばこれ。
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フェスティヴァル・ソーセージという名前で、お値段は 5.5ユーロ。レストランのチキンは 35ユーロだから、これが 6つは食べられる計算だ !! これはお得です。また、この女性が作っているものはなんでしょう。
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答えは焼きそば。野菜入り 7ユーロ。そこにエビを入れても 8ユーロだ。まあお味はそこそこですが。
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ちなみに、街中には日本料理屋もあって、メニューはドイツ語だが、ちゃんと日本語のできる女将さんがいて、長期滞在には重宝する。鮭とトンカツ弁当に、キリンビールを飲んで、確か 20 ユーロくらいだったか。
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それから、街中の小さなショッピングモールのようなところで、ギャラリーを見つけた。女流アーティストがワーグナーを素材に制作した風刺的な作品を販売している。店の番をしていたオジサンは、最近ワーグナーについての本も書いたとのことで、少し立ち話してみた。
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なんでも、友人のお嬢さんが合唱団のメンバーで、一般には公開されない通し稽古 (ゲネラル・プローベ、略してゲネプロ) を何度も見ているという。「指環を見に来たのか」と訊かれたので、「そうなんだけど、音楽は素晴らしいのに、演出が最低で」と答えると、「全くその通り。ジークフリートがカラシニコフ銃でファフナーを殺すなんてありえない」と、大声で笑う。今回の演出は概して、信じられないくらい歌手に動き (舞台の最上部まで、ほぼ垂直のハシゴを何本か使って登っていく等) を強要するもので、それぞれの歌手の苦労が思いやられたが、以前の記事にも書いた通り、「ヨハン・ボータ (ジークムント) だけは体が重すぎて、だから『ワルキューレ』だけ動きが少ない舞台だったんだよ」と言っていた。

このように街中でワーグナーの話をするのは楽しいものだが、実はこのバイロイト、市街地のいろんなところでワーグナーの彫像に出会うことになる。生誕 200年の 2013年に設置されたものである模様。
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そして、台座の部分に、かつてバイロイトで活躍した歌手の紹介が。これは日本でも人気のあったハンス・ホッターだ。
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ところがである。よく見るとこれらのワーグナー像、全然掃除されていないらしく、蜘蛛の巣張り放題だ!!
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ほかの場所の像では、蜘蛛まで見ることができた。
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これはちょっと複雑な気分である。この像、私が泊まっていたホテルにも飾ってあって、これなら屋内だから蜘蛛の心配はないはず (笑)。実はこれ、500ユーロで販売もしているらしく、ちょっと考えたが、狭い自宅には置く場所がないので、泣く泣く購入を断念した。外に置くと、蜘蛛の巣張りますしね。
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ホテルのすぐ近くを、気持ちのよい小川が流れていた。どうやら赤マイン川というらしく、白マイン川と並んで、大河マイン川の源流であるそうだ。郊外の宮殿、エルミタージュは、この川の流れをうまく利用しているらしい。
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ということで、不愉快な演出は、それはそれとしていろいろ考えるヒントを与えてくれたし、この街の歴史や佇まいからも、多くのことを知ったり感じたりすることができた。今度行くとしたら、そうですなぁ、ザルツブルク音楽祭で一週間過ごし、バイロイトには 1演目見るために立ち寄る程度がいいかもしれない (笑)。飽くまで個人の感想なので、ご参考まで。

by yokohama7474 | 2015-08-17 00:04 | 旅行 | Comments(0)