サントリー芸術財団 サマーフェスティバル B・A・ツィンマーマン : ある若き詩人のためのレクイエム 大野 和士指揮 東京都交響楽団 2015年 8月23日 サントリーホール

この日、渋谷で女性率 98% の演劇を見たあとサントリーホールに向かい、実にハードな現代音楽に接することとなった人間は、果たして何名いたことだろうか (絶対 1名だと思う 笑)。
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前日のハインツ・ホリガーの作品に続く、サントリー芸術財団のサマーフェスティバルの演奏会、大野 和士指揮の東京都交響楽団が日本初演したのは、ドイツの作曲家ベロント・アロイス・ツィンマーマン (1918 - 1970) の、「ある若き詩人のためのレクイエム」だ。B・A・ツィンマーマンと言えば、代表作 "Soldaten" (「兵士たち」) が有名 (???) だが、その作品が若杉 弘によって日本初演された 2008年には私は海外駐在中で、見ることが叶わなかった。この作曲家の作品を生で聴く機会は日本では非常に限られるため、今回の演奏は大変に楽しみであった。音楽評論家 長木 誠司の企画で、「拓かれた声 - 禁じられた 声 ケルン 1968 - 1969」と題されている。
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さて、この大野 和士は、今や世界を股に活躍を続ける指揮者で、私も、東京のみならずニューヨークで、ロンドンで、ブリュッセルで、またリヨンで、追っかけのようにして様々な演奏会やオペラを聴いてきた。一言で表現するならば、日本の指揮者の中で、最も知性と冒険心に富んだ人であり、この種の音楽を彼が指揮するとなると、いかに亀梨芝居のあとと言っても、何はさておき馳せ参じなければならない。しかも、現在絶好調の東京都交響楽団の音楽監督に今年就任したばかりだ。おっと客席には、前日の主役、オーボエ奏者のハインツ・ホリガーもいるではないか。亀梨芝居に負けじと、このコンサートもほぼ満席だ (いや、せってない、せってない)。

B・A・ツィマーマンが 50そこそこで自殺してしまった作曲家であるということは知っており、これまで、録音ではその陰鬱な作品のいくつかを聴いたことがあるので、この作品も聴く前から予想していたが、いやはや普通の作品ではない。現在手に入る数少ないこの曲の CD である、ベルンハルト・コンタルスキー指揮のオランダシンフォニアの録音を事前に入手、数回聴いてみたのであるが、やはりこれ、普通の曲ではない。
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前半はほとんどテープ音楽で、なにやら演説 (明らかにヒトラーのものを含む) や朗読が続き、遠くで「トリスタンとイゾルデ」の愛の死が流れるかと思うと、ジャズバンドがズンドコ生演奏し、第 9が一瞬顔を出したかと思うと、突然ビートルズの「ヘイ、ジュード」が鳴り響く。うむ、これは予習をしようとしまいと関係ないな (笑)、と思って当日は開き直って会場に向かったのだが、いや実に大変な演奏会であった。

演奏者のプレトークというものは、時々、実際の開演時間前にステージで行われることはあるが、今回は、演奏会の一部として、開演後に長木と大野の対談が行われ、その後休憩を挟んでこの曲の演奏という構成であった。さすがにこの 2人の会話は質の高いもので、この曲の概要を誰にでも分かるように説明してくれたのであるが、大野によると、「この曲は 1時間くらいなんですけど、オーケストラが本格的に入るのは最後の 20分だけで、僕はそれまでの 40分、進行役なんですよ」とのこと (実際には、これはまたなんとも大変な進行役だ)。また今回は、非常に意義ある試みとして、曲に登場する様々な言葉 (多国語に亘る上、同時並行で進み、実際に聞き取られることは想定されていない) を日本語字幕として、ステージ正面の巨大なスクリーンに投影したのだ。長木は冗談めかして、「中には、読めるもんなら読んでみろという字幕もありまして」と言っていたが、まさにその通り。言葉の迷宮と言ってもよい。それぞれの意味を考える必要はなく、音響として「体感」するしかない。もともとスピーカーを 8台使用する想定らしいが、この日はそれ以上の数が使われていた。

そもそも、ステージ内外に配置された演奏者を見てびっくりだ。オーケストラにはヴァイオリンとヴィオラがない。ピアノは、正面の 2台にジャズバンドのものを加えて、合計 3台がステージに乗っている (それでいて、それぞれの出番は非常に少ないのだ!!)。マンドリンもある。それから、オルガンも一部に参加する。また合唱団は、ホール正面 (P ブロック)、2階客席入り口側の最も手前 (C ブロック後列)、ステージ左右の席 (RB 及び LB ブロック) という 4ヶ所、要するに十字架型に配置されていて、それぞれに副指揮者がつく。テープに加えてこれだけの音響要素が揃うと、なんとも形容できない濃密な時間、ノスタルジーもあるが、また同時に目くるめくような、あるいは痛いような生々しい感覚が、そこに渦を巻いて発生するのだ。これは本当に、「体験する」音楽であって、「聴く音楽」ではない。CD で聴いても全く意味がない。一種のシアターピースと言ってもよいだろう。作曲者はこの曲を 1969年に書きあげ、翌年自殺した。つまり、このレクイエムは、作曲者自身のレクイエムになったわけだ。その意味を考えるとなんとも重い気分に沈んでしまうのだが、実際に音が鳴っているときには、圧倒される瞬間もあったものの、ミサに参加しているような敬虔な瞬間も存在した。凄まじい表現力を秘めた恐ろしい曲だ。
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そのような曲なので、演奏について云々するのは難しいが、大野はこの壮大な作品を、いつもにも増して強い集中力で率いて、実に素晴らしかった。新国立劇場合唱団も、実に豊かな表現力を聴かせた。この作品の実演には、今後もそうおいそれとは接することがあるとは思えない。いや、かなりの確率で、今回が生涯唯一の経験と言ってもよいだろう。そう思うと、この会場に集まった人々の間には、忘れられない絆ができたとも言えるわけである。ちょっと見にくいかもしれないが、プログラムに掲載されている、過去のこの曲の演奏一覧は以下の通り。あの鬼才指揮者、ミヒャエル・ギーレンが初演者で、彼はその後も各地で繰り返しこの曲を取り上げている。歴史上、今回が 38回目の演奏であるが、欧州以外で取り上げられたのは、ニューヨークのカーネギーホールで 1回あるだけで、アジアではもちろん東京が初めてだ。やはりここでも繰り返そう。恐るべし、東京。
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ふと想像してみた。この演奏会の前に行った芝居の脚本家、寺山 修司がこの曲を聴いたらどう思っただろう。好奇心が強かった彼は、きっとこの作品を気に入ったに違いない。寺山の芝居は 1963年の作。この曲は 1969年の作。全く異なる場所で活躍した 2人の芸術家の、ともに 1960年代 (世界に不安が満ちていた時代だ) の作品に連続して触れたことで、私の中に奇妙な化学反応が起こったのかもしれない。私の残りの生涯の中で、その化学反応がどのように影響して来るか、自分でも楽しみだ。寺山の有名な短歌を引いてみよう。

 マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

この曲の朗読に出てきてもおかしくない歌ではないか。

by yokohama7474 | 2015-08-25 00:51 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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