セイジ・オザワ松本フェスティバル ファビオ・ルイージ指揮 サイトウ・キネン・オーケストラ 2015年 8月28日

日本人指揮者として知らぬ者とてない小澤 征爾が総監督として 1992年に始まった、サイトウ・キネン・フェスティバル松本は、今年からずばり、セイジ・オザワ松本フェスティバルとその名を変えることとなった。背景はよく分からないが、小澤が今年で 80歳を迎えるのでひとつの区切りと位置付けられているようだ。フェスティバルの内容を見ると、これまでと何か変わったようには見えないので、何か政治的、あるいは財政的事情があるのかと勘ぐる必要はなく、ただ純粋に、音楽の世界で文字通り体を張った孤独な激闘を続けてきた偉大なるマエストロの名を将来に引き継ぐとともに (あ、もちろんご本人にもまだまだ頑張って頂きたいが)、サイトウって誰だという人はいても、オザワって誰だという人はあまりいないことから、さらなる知名度アップが企図されたという事情もあるのかもしれない。街中にもこんな、Matsumoto の M の字と、山々の姿をかけたとおぼしき青い旗があちこちに見られる。
e0345320_23485718.jpg
私がこの音楽祭に足を運ぶのは、今回が 7回目か 8回目だが、2011年以降は毎年来ている。それは、小澤の指揮に接することができるのは最近ではここと水戸くらいになってきているからであるが、ここに来ても、さて本当に小澤さんは指揮できるのだろかとハラハラドキドキするのが常である。その点今年は、早々にオペラの指揮を断念したことが伝えられ、あきらめがつくと言えば言える (?) のだが、入院中に転倒して骨折と聞くと、なんとも切ない思いを禁じ得ない。一応、9月 6日のブラームス 4番と、9月 1日の80歳記念コンサートでも一部指揮をすることにはなっているようだが、残念ながら私はどちらにも行く予定はない。

さて、今年はお盆明けから天候不順となり、今日も雨が降ったりやんだり。この音楽祭に来て、このような天候であった記憶がない。せっかくのセイジ・オザワ・フェスティバルとしての初回なのに、なんとも気分が盛り上がらない。コンサート会場のキッセイ文化ホール。以前から思うのだが、この屋根の形は、バイロイト祝祭劇場そっくりだ。
e0345320_23575576.jpg
さて、ロビーに面白いもの発見。去年まではなかったような気がするが、もしその記憶が正しいなら、やはり記念すべきオザワフェスティバルの初回だからということであろうか。ひとつは、小澤家のピアノ。よく彼が自分の半生を語るときに出てくる、戦後すぐに兄弟で横浜から立川までリアカーで運んだという、アレだ。
e0345320_00054328.jpg
それから、1959年、ブザンソン指揮者コンクールで優勝したときの賞状と、その時使った指揮棒。
e0345320_00073757.jpg
それ以外にも、Seiji Ozawa Recordings という新レーベルが発足するとのことで、第 1弾、昨年演奏されたベルリオーズの幻想交響曲が、10月の一般発売に先駆けて、しかも割引価格で売っている!! しょうがない。行きがかり上、買うしかないでしょう。
e0345320_00192113.jpg
e0345320_00201571.jpg
さらに、"Seiji 50 to 80" と題する写真集。つまり、50歳から80歳までということで、過去30年間のいろんな情景をとらえている。今まで見たことのない写真がいろいろ入っていて、ちょっと高いが買ってしまいました。但し、いつどこで、場合によっては誰とという写真の説明がないので、資料として見たときには大変残念だ。
e0345320_00223547.jpg
例えばこの 2ショットは、バーンスタイン最後の来日のときか。いやいや、1985年、広島平和コンサートのときかな。この征爾浴衣は、ロストロポーヴィチとの共演のときかもしれない。いずれにせよ、小澤のコンサート後にバーンスタインが楽屋を訪れたのだろう。
e0345320_00302033.jpg
これもすごい。スピルバーグ、ジョン・ウィリアムズ、ヨーヨー・マ。場所は間違いなくタングルウッドだろう。私が行った 2002年にも 2006年にも、同じような顔ぶれが揃ったように記憶するが・・・。
e0345320_00321510.jpg
さて、前置きが長くなってしまったが、今回のコンサートについて語ろう。指揮はイタリアの名指揮者、ファビオ・ルイージだ。昨年この音楽祭でヴェルディのオペラ「ファルスタッフ」を指揮し、今年はオーケストラコンサートに登場のこととなった。外国人指揮者の 2年連続出演は、この音楽祭においては初めてのことらしい。
e0345320_00413604.jpg
この人は、ドレスデン州立歌劇場の音楽監督であったとき、同歌劇場の素晴らしいオーケストラ、ドレスデン・シュターツカペレと何度か来日しているが、若干線は細いものの、大変に流れのよい美麗な演奏を聴かせてくれた。リヒャルト・シュトラウスなど、絶品であった。ドレスデンはその後、クリスティアン・ティーレマンを迎え入れることになり、ルイージとの間は何やら険悪になったように見受けられるが、さて、一体何が起こったものか。どんなに才能のある人でも、職場の向き不向きがあるのですね。サラリーマンと、そこはそれほど変わらない (笑)。

今回の曲目は以下の通り。

ハイドン : 交響曲第 82番ハ長調「熊」
マーラー : 交響曲第 5番嬰ハ短調

このハイドンの曲は、いわゆる「パリ・セット」の 6曲の中のナンバリングではいちばん最初の曲 (書かれた順番は今では番号通りでないことが分かっている)。83番の「めんどり」と並んで、ハイドンのユーモアが随所にあふれる、大変楽しい曲だ。終楽章冒頭のテーマが、ボォーンボォーンという低音で、熊の唸り声を思わせることからあだ名がついたもの。一方のマーラーは、このフェスティバルではほとんど取り上げられたことがない (記憶にあるのは 1番のみ。もっとも、夏の音楽祭ではなく、年末年始にシリーズで演奏される計画はあったが、確か 9番と 2番だけで止まってしまったはず)。マーラーの交響曲でも屈指の人気曲だけに、ルイージの手腕に期待がかかる。ハイドンは竹澤恭子、マーラーは豊嶋泰嗣がコンサートマスターだ。

まずハイドンであるが、ルイージらしい流麗な演奏であったと思う。ただ、このホールは響きがよくないせいか、あるいは私の席 (2階席) の問題か、ちょっと管と弦のバランスが悪いようにも思った。弦の細かいニュアンスが聴き取れないと、ハイドンの無類のユーモアのセンスが活きてこないのだ。楽譜に書かれている音符の数の少なさとは裏腹に、なんと難しい音楽だろう!! あとでも書きたいと思うが、このサイトウ・キネン・オーケストラの今後の課題は、一義的にはいかに優秀なメンバーを維持できるかということにあると思っていて、特に管楽器は、もともと日本人だけでは層が薄い点は否めず、当初から外人が多かったところ、フルートの工藤、オーボエの宮本といったオリジナルの中心メンバーが抜けた今、オケのアイデンティティという点からも、チャレンジが今後も続くだろう。寄せ集め方式でなんとかするしかないのであろうが、まずは優秀な奏者が必要だ。その点、今の管楽器の水準は、最近進境著しい日本のオケよりも更に上で、まずは盤石と言えるだろう。例えばこの曲の第 3楽章でのオーボエは、大概の演奏で無残にもひっくり返り、繰り返しこそは汚名挽回と焦った奏者が、またトチって、もうハチャメチャになるということも時折起こるのだが、今日の演奏では安心して聴くことができた。但し、音量が小さかった点だけが不満。

そしてマーラーであるが、大変面白い演奏であった。というのも、かなり情熱を入れ込み、テンポを落として入念に歌いこむ箇所が随所にあるにも関わらず、いかにもルイージらしく、重々しかったり粘りすぎたりすることが全然なかったのである。冒頭のトランペットは、指揮者によっては奏者に任せきりにするケースもあるが、ルイージはきっちり棒を振り、細かい表情づけも行っていた。あるいは、第 2楽章 (最も重苦しい楽章) では、アクセルとブレーキを頻繁に使い分けて、音の線がチラチラ燃えて行くような濃密な音楽になった。それでも、それはバーンスタインらのユダヤ系指揮者のマーラーとは全く異なる、流れのよいマーラーだったのだ。第 3楽章で朗々たるホルンソロを吹いたのは、以前も N 響の演奏会でご紹介した、もとベルリン・フィルのラデク・バボラク。音の張りといい艶といい、まさに超人的。第 4楽章アダージェットでのハープは、吉野直子がいつもながら大変素晴らしく、ポロンポロンという一音一音が、感情という重みを持った雫が垂れるように、意味深く響いていた。終楽章の熱狂と最後の追い込みも、スタイリッシュでいて感動的。終演後の客席はスタンディングオベーションとなった。

ということで、演奏会自体は大成功。聴衆の中には複数の音楽評論家や、東京でのコンサートの常連の顔も見え、このコンサートにかけられた期待の高さを実感できたが (金曜日なので、一般の人は、会社から有給休暇を取ってのコンサートということだから 笑)、それだけ質の高い聴衆をあれだけ沸かせたとは、素晴らしいことだ。

この音楽祭の方向性を考えたとき、ポスト小澤体制は現実のものとして考える必要ある段階に来ており、もしルイージのような才能ある指揮者が主導的な役割を担ってくれれば、高水準の音楽が維持されるに違いない。だが、この演奏会を聴きながら私が改めて逆説的に思ったことは、この音楽祭の本当の意義は、個々の演奏会の質はさておき、やはり小澤とサイトウ・キネンが演奏することにこそあるのではないかということだ。優れた指揮者と優れたオケの顔合わせなら、世界中にいろいろある。昔のように、超名門オケだけでなく、ローカルでも面白い味を持つオケが、相性のよい指揮者とユニークな活動を展開する例も多い。そんな中、弦は多くが日本人 (必ずしも桐朋でなくてもよい?)、管は外人中心というオケが、外国から指揮者を招いて夏の間だけ集まって地方都市で演奏会をすることで、果たしてどれだけ世界に発信することができるだろうか。東京のオケがそれぞれに飛躍的に能力を伸ばしている中、寄せ集めでできることには、やはり限界があるのではないか。もともとこの音楽祭ができたときに小澤がよく言っていた、「斎藤先生はこの箇所をどう教えてくれたっけ」という話ができる、「同じ釜の飯を食った仲間」がやっているからこそ意味があったのであって、その中心が小澤という卓越した存在であることで、ほかにない求心力が生まれていたわけだ。その状況が変わってしまうとき、本当にこの音楽祭の意義を再度考える必要があるだろう。

今から 30年以上昔、TBS がカラヤンとベルリン・フィルの来日の際にシリーズで放送した番組があり、その中で「オーケストラは公園のようなもの。いろんな指揮者が通り過ぎて行ったあとも、公園は残る」という言葉が紹介されていたのを鮮明に覚えている。つまり、メンバーが変わっても、それぞれのオケには引き継がれて行く音の質や伝統というものがあり、いかに優れた指揮者と言えども、それを変えることはできないという意味だ。その点、サイトウ・キネン・オーケストラは、公園ではなくて、座長とともに移動するサーカスのようなものではないか。そのカラヤンの特集番組には、小澤もゲストとして出ていたが、そのことを覚えているであろうか。もし覚えていれば、世界でもユニークなサーカスの座長という役柄を、自らの西洋音楽への挑戦の結論とすることに、どのような思いを抱いているであろう。私自身、これまでこの音楽祭を楽しんできただけに、雨の降る中、車をホテルまで運転しながら、少し複雑な気持ちで、キュッキュッと動くワイパーを見つめていた。

長くなってしまったが、ここで気を取り直して、小澤征爾が 80歳を迎えるに当たって、各界から寄せられた言葉がプログラムに掲載されているので、いくつかピックアップしてみよう。
e0345320_02175421.jpg
e0345320_02192880.jpg
e0345320_02195057.jpg
e0345320_02201056.jpg
e0345320_02203077.jpg
こうして見ると、村上春樹はやはり作家だけに、一度書いたものを推敲するのですな。ワープロで書く際には分からない作業です。でも、一度下書きして、推敲してから清書すればよかったのに (笑)。

by yokohama7474 | 2015-08-29 01:46 | 音楽 (Live) | Comments(0)
<< シェイクスピア作 : から騒ぎ... ありがとうございます >>