モーツァルト・マチネ ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 2015年 9月 6日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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私がこのブログを書いているのは、まあひとつは最近物忘れが激しいので、備忘ということもあるのだが (苦笑)、もうひとつ、一応目標としていることがある。それは、大それたことのようだが、東京をはじめとした日本で、その時その時に触れることのできるいろんな文化を書きとめることで、私たちがどのような社会に暮らしているのかについて、ほんの断片的であっても考える材料を提供したいということだ。もちろん、自分に興味のあることしか書けないので、大変偏りがあるのは事実だが、たまたま同じ興味をお持ちの方にご覧頂ければ、少しは「ほー」とか「へー」とか、あるいは「それは違うだろう」と思ってもらえるかなと期待しつつ、日夜執筆に励んでおります。

さて、今回取り上げるのは、東京交響楽団がその本拠地である川崎のミューザで定期的に行っている、「モーツァルト・マチネ」というイヴェントだ。マチネとは、ご存じの通り、昼の公演のこと。このシリーズは、非常にユニークなことに、休日の午前 11時から、休憩なしで 1時間くらいで聴けるお手軽コンサートである。お手軽と書いたが、なんのなんの、演奏者は一流だ。今回はこのオケの音楽監督、名指揮者ジョナサン・ノットが登場した。

このブログでいろいろご紹介している通り、日本のオケは、全般に演奏水準がメキメキ上がっているだけではなく、それぞれにユニークな活動を展開して来ている。川崎という、それなりに賑やかだけど、まあ一般的なイメージでは正直クラシックが似合うとは言い難い庶民の街 (失礼ながら・・・) において、こんな素晴らしいホールでこんな素晴らしい催しがあって、来ている人たちがみなとても楽しんでいるのが、何より嬉しいではないか。在京のオケでも、本拠地といえるホールを持っているのは、この東京交響楽団と、すみだトリフォニーホールを本拠地とする新日本フィルくらいであるが、今日のような演奏会に接すると、本拠地で練習も本番もできるメリットを活かし、地元の人たちに愛好されていることの価値を思い知るのだ。

指揮者のノットについては以前にもご紹介したが、世界各地で大活躍のイギリス人中堅指揮者。
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もともと現代音楽で名を上げたので、今回のような古典はいかがかと思いきや、アンサンブルの基本をしっかり踏まえた、純度の高い Intimate な音楽を聴かせてくれて、なんとも心が豊かになった気がする。曲目はモーツァルトの以下の 2曲。

 ヴァイリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調K.364 (Vn : 水谷 晃 / Vla : 青木 篤子)
 交響曲第25番ト短調K.183

モーツァルトの協奏交響曲は、この弦のものと、管楽器をソリストにしたものがあり、どちらも素晴らしい名曲だ。もっとも、管の方は復元楽譜しかなく、モーツァルトの真作であるか否か分からないとされている。その点、この弦の方がより愛好されている。よくオーケストラの首席奏者 2人がソロを務めて演奏され、今回もそのパターンだ。ソリスト 2人は、ソロの場面以外はオケのパートも弾いており、そのあたりも、気心の知れた仲間の演奏という雰囲気で、なかなかよい。ノットの指揮は予想通り、重く引きずることのない清澄な音できびきびと進められ、パート同士の掛け合いも誠に楽しいものであった。欲を言えば、ソロの 2人がもっと目を合わせ、呼吸を合わせて演奏してくれればもっとよかったが、若い男女なので、ちょっとばかり照れがあったのかも (笑)。

モーツァルトの時代、器楽曲が短調で書かれることは非常に稀で、交響曲では、この 25番と、よく知られた 40番の 2曲。ピアノ協奏曲も、20番と 24番の 2曲のみだ。いずれも最高の名作ばかりだが (もしご存じない方がおられれば、騙されたと思って全部聴いてみて頂きたい)。25番は、29番と並んで中期の交響曲の名作であるが、改めて聴いてみると、その疾走感は、後年の 40番との共通点が多い。但し、40番はさすがに作曲者晩年の神がかり的境地を示すのに対し、この 25番は、若さゆえの夢想された哀しみと、その裏にある安らぎが交錯して、宝石のように美しい。シュトルム・ウント・ドランク (疾風怒濤) とはこの時代の文化を表す用語であり、ハイドンにも短調のシンフォニーの名曲があるが、ハイドンの人間性に比べると、モーツァルトのアポロ性というべきものが際立っているのが分かる。このミューザ川崎の 1階席はすり鉢状になっていて、本当に最高の響きが鳴るのだが、この曲でのヴァイオリンの左右対抗配置を聴いていると、第 2ヴァイオリンが、ある時は第 1ヴァイオリンとハモっていることもあれば、またある時は、第 1ヴァイオリンの奏でる旋律をチェロ・コントラバスと同じ音型で支えることもあることがよく聞き取れ、まさに室内楽のように響く。
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この 2曲の編成には共通点があって、ティンパニとトランペットが使われていないことだ。時代の制約で、もちろんクラリネットやトロンボーンもない。つまり、ホルンとオーボエ、あとは交響曲 25番にファゴットが入るくらいだ。ああなるほど、祝典的な要素の代わりに、気心の知れた者同士での気持ちの通じ合いこそが、このマチネのテーマだったのだ。川崎市は、実はザルツブルク市とは姉妹都市。ザルツブルクに生まれた天才モーツァルトも、遠く離れたこの川崎でこんなに質の高いコンサートが開かれていることを知ったら、さぞや喜ぶことであろう。本当に有意義な日曜の昼になった。

by yokohama7474 | 2015-09-06 23:35 | 音楽 (Live) | Comments(0)