さよなら、人類 (ロイ・アンダーソン監督 / 英題 : A Pigeon Sat on a Branch Reflecting on Existence)

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今年、これまでで最も強く、見たい!! と思った映画。スウェーデン映画 (より正確には、ノルウェイ、フランス、ドイツとの合作) で、原題は、"En duva satt på en gren och funderade på tillvaron"...うーん、さっぱり分からんが、duva はきっと dove (= pigeon) と同じではないかと思うと、どうやら英語の題、"A Pigeon Sat on a Branch Reflecting on Existence" と同じだと推測できるような気がする (が、保証はしません)。日本語では、「存在について考察する枝の上の鳩」ということになるが、スウェーデン語と同じく、日本語でもなんのことやらさっぱり分からない (笑)。邦題の「さよなら、人類」は、昔たまというグループが歌っていた (某友人の唯一のカラオケレパートリーでもあった) 同じ題名の歌を思い出すが、あれは「さよなら人類」であって、読点はなかった。まあそれはこの際、どうでもよい話であるが、この邦題、ポスターで見るようなとぼけた味わいとは対照的な、終末感漂う原題やこの映画の中身の雰囲気を出そうという腐心の結果であろうか。

さて、スウェーデンには仕事でも遊びでも行ったことがあり、ストックホルム郊外、世界遺産のドロットニングホルム劇場でバロックオペラなど楽しんだことまであるが、すべての人が完璧な英語を喋る国である。よって、旅行者がスウェーデン語なるものを耳にする機会はあまり多くない。従って、この映画で聞く言語に、ほとんどの人が馴染みのなさを感じるのではないか。この映画から感じることのできる終末感は、ひとつにはこの言語の響きがあると思う。もちろん、映画界にはイングマル・ベルイマンという同国の巨匠もいるわけであるが、誰でも知っているポピュラーな存在とは言い難い。「イニェー」だか「ウニェー」だか、それも Yes だか No だが分からぬが (笑)、何やら応答している登場人物たちの曖昧な言葉が、見る人になんとも不思議な孤独感を覚えさせるのである。

ポスターに出ている 2人の男は、向かって右がサム、左がヨナタン。おもしろグッズを売り歩いているセールスマンだ。何がおもしろグッズかというと、まず、吸血鬼の牙。
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それから、笑い袋 (映画で使われたものではなく、あくまでイメージ)。
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そして極め付けが、イチ押しの新製品、「歯抜けオヤジ」のマスク。
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もちろん、どこに行ってもバカ売れ・・・、なわけがなく、人々から白眼視される 2人の周りには常に徒労感と哀愁がつきまとう。そしてこの映画、これら 2人と関係あるのかないのかよく分からない登場人物たちが、何やら同じような場所に出没して、全く関連性のない仕草や会話を続けるというもの。ストーリーは、あるような、ないような。例えて言えば、吉田戦車の不条理マンガか、あるいはだいぶ古いが、ゲバゲバ 90分、またはモンティパイソンのコントのようなもの。もちろん、映画におけるシュールレアリスムの最高の例である、ルイス・ブニュエルを思わせるところも幾分ある。全部で 39シーンあるそうだが、ワンシーンワンカットで成り立っている。見ていて即興性が感じられるが、スタッフのインタビューによると、監督には撮影前にイメージができているものの、セリフを含めた完全な形での脚本はないそうだ。それでいて、適当に早撮りしてしまうわけではなく、この映画は実に撮影に 4年も要しているとのこと!!

シュールな笑いの合間に、時として強烈なシーンが出て来て目を奪う。例えば、サムとヨナタンが、歯抜けオヤジマスクを売り込んでいると、古風ないでたちの軍隊がカフェに突然現れ、馬に乗ったスウェーデン国王カール 12世 (1682 - 1718) が号令をかける。
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この少しあとのシーンでは、戦争に敗れたスウェーデン軍がトボトボ帰還し、戦争のおかげで未亡人になった若い女性が泣き崩れる。

あるいはこんなシーンもある。大きなドラム缶状の容器を横たえた中に黒人奴隷を押し込み (ここだけなぜか軍隊が英語を喋っている)、ドラム缶の回りに火を放って回転させるというもの。なんとも空恐ろしいシーンだ。
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多くの登場人物が (上の写真のヨナタンのように) 顔を白く塗っていて、ゾンビ風にも見えるし、演劇の舞台のようにも見える。いずれにせよ、この映画ではリアリティは追求されておらず、まさに空虚でシュールな、生命感のない世界。何度か登場する将校が、レストラン (冒頭のポスターと同じ場所だ) の前で携帯電話を手にするシーンでは、窓の奥で食事をしている人々が、何度も何度も馬鹿笑いしているが、それは遠い別世界から届いてくるような感覚で、現実のものではないように聴こえる。
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ここに出て来る人たちは、もしかすると、既に死んでしまっているのだろか。そういえば、何人か電話口で、「元気でなにより」という言葉を発するが、いやいや、馴染みのない言葉ということもあり、そのいずれもが、「ご愁傷様」と言っているように聴こえ、一体どこがどう、元気でなによりなのか、という感じで響くのだ!! この感覚、バルチュスの作品に似ている。この街角。この人々の生命感のなさ。でもどこかに漂う哲学的な雰囲気。
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とまぁ、とぼけた味わいの中に不気味さを満々と抱えた映画なのであって、類例を探すのはちょっと難しいし、制作の困難さも想像できる (映画監督とは、集団を動かす仕事であり、共感しない大勢のスタッフを従えて作品を作ることはできない)。私にとっては、かなり好みの映画と言える。この作品の監督、ロイ・アンダーソンは 1943年生まれで、短編も含めてこれまで何度か国際的な映画祭で賞を取っており、本作ではなんと、昨年のヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞しているのだ。なんでも、過去の作品、「散歩する惑星」、「愛おしき隣人」に続く、15年がかりで制作されたリビング・トリロジー (人間についての三部作) の締めくくりとのこと。因みにこの過去の 2作、新宿シネマートで公開とあったので調べてみると、8月初旬の 1週間にレイトショーで上映されただけであった。うーむ、残念。そのうちディスクで発売されるのを待とう。

この映画、まだ劇場にかかってはいるが、全国的に見ても上映館は非常に限られている。もし、このような不思議映画がお好きな方は、すぐに劇場に走った方がよい。Good Luck!

by yokohama7474 | 2015-09-07 21:50 | 映画 | Comments(0)