東京 大田区 池上本門寺 松濤園特別公開ほか

東京都大田区。羽田空港もあれば職人さんが働く蒲田の工場もあるかと思うと田園調布もあり、幾多の文士たちが暮らした馬込もある、まだら模様の不思議な場所だ。そんな大田区の中にはあれこれパワースポットがあるが、中でも指折りの場所が、池上本門寺だ。この寺は、鎌倉時代の超カリスマ、日蓮上人が、暮らしていた身延山から下山し、常盤国に湯治に向かう途中に立ち寄り、その地で死を迎えた場所なのである。都内有数の霊験あらたかな寺院として知られる。この本門寺には、通常は公開していない素晴らしい庭園があるのだ。その名は松濤園。毎年 9月に数日だけ公開される。今年は 9/10 (木) から 9/14 (月) の 5日間。そのうち激しい台風に見舞われた日が 2日あるので、実質的には貴重な 3日間の一般公開だ。
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この庭園は、本門寺の旧本坊の庭園として、あの名高い武士であり作庭家でもあった小堀 遠州 (1579 - 1647) が設計した四千坪の敷地を持つ回遊式庭園である。起伏のある地形を活用し、あたかも深山幽谷のような雰囲気を作り出している。実は我が家は、2009年に海外から帰国した際、池上地区に居を構え、この松濤園の存在を知ったのである。しかしながら、それ以来、転居を経て、今日までこの庭園の一般公開を見ることが叶わなかった。いや、何か特別な事情があるわけではなく、ただ単に毎年ぼぅっとしているうちにいつの間にか公開期間が終わってしまっていただけだ (笑)。そんなわけで、今年は気合を入れてでかけて行ったのである。

朝10時から公開ということであったが、「長蛇の列になるらしい」という家人の情報により、9時半には現地に到着、あたかも大量破壊兵器を求めてイラクに入るアメリカ軍のように、ズンズンと足を踏み鳴らして受付に向かった。あ、あれ? 誰もいないじゃないの。ちょっと早すぎたか、係の人と坊さんが談笑している。油断すまじと、あたりを睥睨する鷹のように競合相手を確認すると、おっと、シニア世代の方々が三々五々集まってくるではないか。先を越されてなるものかと警戒していると、なぜだかサティ作曲のジムノペディ第 1番のオーケストラ版 (当然ドビュッシーの編曲だ) が BGM として流れ始める。この緊張した雰囲気には不似合いだ。と、気が付くと椅子に座ったままついウトウトしてしまっている。おっといかんいかん、ちゃんと目を開いていなければ。と自分を鼓舞するうちに10時きっかりになり、坊さんが挨拶している。これから受付を開始するが、各グループの代表一名が住所氏名を記入せよとのこと。よし、いざ出陣。・・・と、私が腰を上げたその瞬間、一陣の風のように隣を何者かが通り過ぎる。すわ、何やつ、と思うと、これはしたり、わが家人ではないか。私が立ち上がった瞬間には既に受付の机に到達しており、驚いてしまった。もしかして周りのシニアの方々を蹴飛ばしての狼藉ではないかと心配したが、どうやらそういうことではなかったらしい。早っ。

さて、念願叶って松濤園に入ると、なんと素晴らしい。天気がよく、深い緑が目に眩しい。池の真ん中には、作り物と紛うばかりのトキが 1羽留まっていて、「早く写真を撮りなさいよ」と言っているかのようだ。
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もみじが多く、秋の景色もさぞやと思われる。また、小高い丘を登って行くと、そこには豪快な石組が。
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この庭園の中には、松月亭なるあずまやと、浄庵、鈍庵、根庵といった茶室が点在している。そのうち松月亭では、精進アイスなるものが食べられるという。通常の抹茶やいちごや小倉以外に、豆腐やほうじ茶やしょうが等々の種類がある。とりあえず、抹茶と豆腐を選択。ししおどしが風流な音を立てる中、なかなか美味な味わいでしたよ。
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なぜこれが精進アイスと名付けられているかというと、牛乳ではなく豆乳を使っているからだという。なるほど、動物性タンパク質ではなく、植物性だ。・・・だが、帰宅して気づいたことには、そもそも通常のアイスで牛乳を使っていても、それは絞った乳であって、殺生はしていない。なので、「精進」と名乗るのは少々大げさではないか。ま、うまかったからどうでもよいのだが (笑)。

実はこの松濤園、ひとつの歴史的事件の舞台となっている。時は慶応 4年 (1868年) 3月12日、新政府軍が江戸の街に総攻撃をかける一歩手前で、幕府方の代表であった勝 海舟が、当時政府軍の本陣が置かれていたこの池上本門寺に、総大将である西郷 隆盛を訪問した。世に言う江戸無血開城に向けた勝・西郷会談である。勝と西郷は、翌 3月13日には高輪の薩摩下屋敷で、14日には田町蔵屋敷で会談を重ね、遂に江戸の街を焦土と化すことなく、時代の転換を成し遂げたわけである。その一連の会話の最初のものが、ここ松濤園のあずまやにて行われたわけで、大変重要な場所だ。残念ながら当時の建物はすべて戦災で焼失しており、今となってはこのような碑が立つのみ。だが、歴史の重みは充分に感じることができる。
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また、そのそばに、明治初期の日本画家、橋本 雅邦 (1835 - 1908) の筆塚がある。橋本は日蓮宗の宗徒であったらしい。
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このように松濤園は、歴史の息吹溢れる名園であるのだ。年に数日しか公開しないのがもったいない。数年越しの念願叶って大満足。

さて、せっかく久しぶりに本門寺に来たので、境内を散策してみよう。重要文化財の五重塔。1608年の造営で、戦争を生き残った貴重な建物だ。きっとそうだと思って調べてみると、やはり東京で現存する最古の建物だ!! 朱色も眩しく、しゅっと立った姿が美しい。
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そしてこの五重塔の周りは墓地になっているのだが、明らかに江戸時代のものと分かる墓が沢山ある。前田 利家の側室とか、加藤 清正の正室とか、あとは、区切られた一区画に並ぶ松平家の立派な墓の数々が目に付く。この墓地で一般に有名な墓は 3つある。まず、幸田 露伴夫妻。
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それから、力道山。この石碑の揮毫は、あの児玉 誉士夫であり、彫像の発起人は、梶原 一騎、初代タイガーマスク、それから北野 武ほか。
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そして、江戸時代初期の画家、幕府の御用絵師の狩野 探幽。瓢箪形にはどういう意味があるのだろうか。
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とこのように見てくると、およそ共通点のないお 3方だが (笑)、時代とジャンルを超えて、きっとあの世で酒を酌み交わしているのではないか。

さて、もうひとつ、本門寺の重要文化財をご紹介しよう。多宝塔。日蓮の遺体を荼毘に付した場所を記念するため、1828年に建てられたもの。数年前に解体修理され、鮮やかな色彩が甦るとともに、重要文化財の指定を受けた。実はそのとき、修理の現場に入れてもらって、間近で補修作業を見たことがある。なんとも鮮やかで立派な建物だ。建物自体が蓮弁の上に乗っているのも珍しい。
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さて、結構高低差のある境内を歩き回り、少し空腹を覚えた。そこで、駐車場の隣にある食堂で昼食を取ることに。写真は、本門寺そば 1,200円。いろいろ盛りだくさんの具が入ってこのお値段は嬉しい。
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さらに、屋外で焼いている、ぬれ煎餅。うーん、なんとも香ばしい。ただ、気を付けないとタレがポタポタ垂れてしまう。あ、垂れるからタレっていうのか (笑)。
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実は大田区には、ほかにも見どころが沢山ある。また機会あればいろいろとご紹介することとしたい。都内在住の方には、安・近・短の旅としてお奨めです。因みに東急池上線は、たったの 3両編成の、まるで田舎のローカル線で、沿線の商店街も、見事に昭和な雰囲気。これが都内に存在するとは、おそるべし、大田区。
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by yokohama7474 | 2015-09-13 01:14 | 美術・旅行 | Comments(0)