広上 淳一指揮 NHK 交響楽団 (ピアノ : ニコライ・ルガンスキー) 2015年 9月12日 NHK ホール

N 響のシーズン構成は欧米と同じく 9月からのようなので、2015/16 年度のシーズンが今月始まったことになる。このオケの 3種類の定期演奏会のうち 2つ (A、B プログラム) は巨匠ヘルベルト・ブロムシュテットが指揮し、C プログラムは広上 淳一の指揮である。
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今回の C シリーズ定期演奏会が、今シーズンの N 響の最初の演奏会となる。今シーズンからは新音楽監督として、あの世界中で大人気のパーヴォ・ヤルヴィを迎え、新たな意気込みが感じられる。例えばロゴもこのようなモダンなものに一新した。なかなかすっきりとしたデザイン。今日び、凝ったデザインを入れて、たとえそれがオリジナルであっても、たまたま運悪く世界のどこかに似たようなものがあれば、パクりだと糾弾されかねない時代。むしろこのようなシンプルなものがよいと思う。
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さて、今回のプログラムは以下の通り。
 ラフマニノフ : ピアノ協奏曲第 3番ニ短調作品30
 ドヴォルザーク : 交響曲第 8番ト長調作品88
ピアノは、ロシアの中堅、ニコライ・ルガンスキーだ。大変長身のピアニスト。
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今回の演奏会、まずは元気印の広上の指揮が、大いに楽員の士気を盛り上げ、成功したと言ってよいであろう。いつもながら、あの小柄な体を一杯に使い、飛び上がってはニコニコとオケに「いいね」サインを出し、山あり谷あり、楽あれば苦あり、ピンチのあとにチャンスあり、人生いろいろ、男もいろいろ、女だっていろいろの、どんな楽曲も、最後まで導いて行くその献身度には感銘を受ける。N 響は在京オケの中でも、国際的な指揮者陣の顔ぶれからすれば常に No. 1。日本人指揮者としては、定期演奏会に登場の機会に聴衆に印象づけることが大事である。

さて、ラフマニノフのピアノ協奏曲第 3番である。よく、歴史上のピアノ協奏曲の中で最も演奏が難しいと言われる。昔、「シャイン」という映画があったが、ジェフリー・ラッシュ演じる実在のピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴットがその演奏に脅迫観念を抱いているのがこの曲だった。話はそれるが私はこのヘルフゴットのリサイタルをロンドンで聴いたことがある。イメージ通りの繊細な人でしたよ。もう 17-18年前かなぁ。
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それはともかく、この曲、そのような余分な神経症的印象を持たされているせいだけではないと思うが、どうも私にはなじめないのだ。同じ作曲家のピアノ協奏曲第 2番は大変抒情的な曲で、そちらはすっきりよく分かるのだが・・・。今回、ルガンスキーは大変見事な演奏をしたが、私の中では、演奏どうこうよりも、この曲についての思いが巡っていた。歴史上のピアニストを思い返してみると、面白いことが分かる。例えば、ホロヴィッツはこの 3番を頻繁に演奏したが、どういうわけか 2番には手をつけていない。一方、ルービンシュタインはその真逆で、2番は演奏したが 3番は演奏していない。あるいは、リヒテルには 2番の録音はあるが、3番を演奏したとは聞いたことがない。ギレリスは奇妙なことにその逆で、3番しか録音していないはずだ。ロシア系以外に目を転じると、コルトーとかシュナーベル、あるいはE・フィッシャーやバックハウスがラフマニノフを演奏したとは思えないし、もっと後の世代のゼルキンとかアラウとか、あるいは現存のブレンデルやポリーニ、内田光子などを考えても然り。ツィメルマンは比較的最近 2番を録音したが、アルゲリチは 3番のみだ。・・・ということは、2番と 3番を両方レパートリーとしている一流ピアニストは、実は大変少ないのだと思う。これは興味深い現象だ。実は最初、ラフマニノフを録音していないであろう歴史的ピアニストとして、シュナーベルの代わりにギーゼキングと書いていたのだが、ある方からのご指摘により、彼はなんと、1940年代に 2番と 3番の両方を録音していたことを知りました!! これは例外中の例外であると実感するとともに、自らの無知を恥じた次第。

今回の演奏を聴いていて思ったのは、ピアニストが見事に弾き切っても、オーケストラの鳴り方がまとまりがないと、作品の曲折がつかみにくいのではないだろうか。その意味で、ピアノの向こうで、指揮台から広上の靴だけがピョンピョン飛び上がるのが見えることによって音楽的感興を味わうという、なかなか得難い経験をしたと言ってもよいだろう (笑)。確かに、終楽章の盛り上がりは異様な感じで、協奏曲 2番や、前日聴いたパガニーニの主題による狂詩曲の抒情性とは全く異なる悪魔的な音の渦を感じることができた。そのような瞬間は、ラフマニノフの作品でもそうそうあるものではないと思う。そういえば、ルガンスキーはアンコールに、同じラフマニノフの前奏曲嬰ト短調作品 32-12 を弾いたが、これは晩年のホロヴィッツが愛奏した曲だ。異形のものが漂うような、そんな曲だ。

後半のドヴォルザークは、演奏が始まる前に、広上ならどんな感じで指揮するか想像してみたのだが、実際に聴いてみると予想通りの演奏であり、隅々まで音が鳴りきった、素晴らしい演奏であった。このような演奏は、できそうでなかなかできないもの。N 響のレヴェルの高さも改めて実感することができた。

今シーズンの N 響、大いに期待しています。ただ、最大の課題はホールであろう。あの巨大な NHK ホールでの演奏がメインとなると、最高の音質で演奏を楽しむことができないので、本当にもったいないし、ほかのオケとの競争上、不利だと思う。一方で、あれだけのホールを満員にする動員力を維持するとなると、2,000人級のホールでは賄いきれないというジレンマがあることは自明。現実的には、例えば NHK ホールのステージをもう少し前にせり出して反響板をつけるとか、そんなようなことでもできないものだろうか。・・・と、心を悩ませるファンがここに 1名。

by yokohama7474 | 2015-09-13 11:31 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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