英国ロイヤル・オペラ特別演奏会 アントニオ・パッパーノ指揮 コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団 2015年 9月19日 東京文化会館

昨日の記事で少し触れた通り、今日はパッパーノとロイヤル・オペラ管弦楽団は、モーツァルトのレクイエム ニ短調K.626 をメインとする特別演奏会に臨んだ。これは、会員制で一連のコンサートをセットで企画する都民劇場音楽サークル (会場は常に上野の東京文化会館) の公演のひとつで、こんなモノクロのチラシしか制作されなかった模様。チケットの売れ行きやいかにと思って行ってみると、土曜ということもあってか、完売。コンサートだから、オペラほど高くはないとはいえ、チケットは依然安くはなく、日本の音楽ファンには懐に打撃の日々だ (涙)。
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これはなかなかに興味深い企画で、後半にレクイエム、前半には同じモーツァルトのアリアが並ぶというもの。モーツァルトはオペラから独立したオーケストラ伴奏のアリアを 60曲ほど作曲していて、その一部は演奏会用であり、また一部は自作または他人のオペラへの挿入曲だ。それぞれにモーツァルト作品番号 (分類した研究者の名前を取って「ケッヘル」番号と言われ、K のあとの数字で示される) がつけられている。今回はその中から 6曲が選ばれ、来日公演の「ドン・ジョヴァンニ」に出演した歌手たちによって歌われるというもの。詳細曲目と、「ドン・ジョヴァンニ」におけるや役柄は以下の通り。

・アリア「あなたは今は忠実ね」K.217 (ソプラノ : ユリア・レージネヴァ = ツェルリーナ役)
・演奏会用アリア「このうるわしい御手と瞳のために K.612 (バス・バリトン : イルデブランド・ダルカンジェロ = ドン・ジョヴァンニ役)
・レチタティーヴォとアリア「わが美しき恋人よ、さようなら」~「とどまって下さい、いとしい人よ」K.528 (ソプラノ : アルビナ・シャギムラトヴァ = ドンナ・アンナ役)
・レチタティーヴォとアリア「憐れな男よ! 夢なのか、それともうつつなのか?」~「あたり吹くそよ風よ」K.431 (425b) (テノール : ロランド・ビリャゾン = ドン・オッターヴィオ役)
・レチタティーヴォとアリア「このようにあなたは裏切るのか」~「苦く酷い後悔よ」K.432 (421a) (バス・バリトン : イルデブランド・ダルカンジェロ = ドン・ジョヴァンニ役)
・レチタティーヴォとアリア「どうしてあなたが忘れられるだろうか」~「心配しなくともよいのです。愛する人よ」K.505 (メゾ・ソプラノ : ジョイス・ディドナート = ドンナ・エルヴィーラ役)

歌詞の大意を見てみると、「ドン・ジョヴァンニ」でのそれぞれの歌手の役柄と共通点のある雰囲気で、その意味ではこのコンサート、「ドン・ジョヴァンニ」の補完という位置づけで聴くことができ、それが演奏者側の意図であると思われる。そして興味深いことに、それぞれの歌手の歌唱が、私が「ドン・ジョヴァンニ」に接して持った感想とぴったり一致するのだ!! やはり世界の檜舞台に立つ歌手たちともなると、よくも悪しくも歌い方にスタイルがあって、たまたま遠い日本の公演であっても、一度聴くと持ち味が大体分かるものだな、と勝手に合点した次第。でも、やはり生で聴くといろいろなことが分かるものだ。

ところで、ここで最大の落胆は、ビリャゾンだ。
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前にも書いた通り、もともとあの 3大テノールの後釜として世界から注目を集めていた人。本来ならこんなところで One of them であってはいけないと思うのだ。今日の演奏では、最初の方は「あぁ、モーツァルトなのにイタリア・オペラみたいな歌い方しているなぁ」とは思ったものの、危なげない歌いぶりだったのである。それが、途中からテンポが少し怪しくなったと思うと、高音が出なくなってしまったのだ。その後は、なんというか、音響器具のヴォリュームを絞ったような感じになってしまい、最後まで歌い終えたものの、見るからに本人も不甲斐ない様子で、カーテンコールでも舞台の端っこに出てきたところで引っ込んでしまった。・・・すると、後半、レクイエムが始まる前にスタッフが出てきて言うことには、「ロランド・ビリャゾンはここ数日、喉の感染と戦ってきましたが、充分回復せず、後半のレクイエム出演はキャンセルせざるを得ません」とのこと。そして急遽代役として出たのが、前日の「マクベス」でマルカムを歌った、サミュエル・サッカーだ。そう、私が、「あなた、ところで誰ですか」と質問できない雰囲気と軽口を叩いた、あの役を歌った歌手だ。オペラハウスでは歌手の急な降板はままあることだが、ツアー中のしかもオーケストラコンサートとなると、なかなかないのではないか。素晴らしい代役に敬意を表して、彼の経歴をここに掲げておこう。それはそれとして、ビリャゾン、少し心配である。
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このレクイエム、パッパーノの鮮烈な音楽作りがよく表れた名演奏であった。概して早めのキビキビしたテンポで、「ディエス・イレエ」とか「レックス・トレメンデ」などの大きな音響の箇所では特に、音を引きずることなく切れ味のある迫力を追求していた。オーケストラも、以前の記事で、「それほど水準が高くない」というようなまたまた失礼なことを書いてしまっているが、今日は前半のアリアの伴奏も含めて、弦楽器を中心に、ニュアンスに富んだ美しい演奏を聴かせてくれた。ただ、冒頭のファゴットは、小さな音を出そうとして弱い音になってしまっていたし、「トゥーバ・ミルム」のトロンボーンも、(まあここは無傷の演奏の方が少ないくらいかもしれないが) ちょっと音を外しており、惜しまれた。とはいえ、独唱陣も含め、熱すべきところは熱し、抑えるべきところは抑えた、よい演奏ではあったと思う。願わくば、連日のオペラ演奏の中で命を失っている舞台上の登場人物たちの魂の安らかならんことを。実はこの演奏、「マクベス」の舞台装置を置いたままで行われたのであるが、通常のコンサートと異なり、舞台の後ろがセットで完全に塞がれたため、それが反響板の役割を果たし、普段のこのホールのデッドな響きよりも格段によく鳴っていた。以前の記事で NHK ホールの音響をなんとかしないといけないと書いたが、このやり方、参考になるのではないか。おーい、NHK の関係者の方、読んでいますかー。

ところで、会場のロビーで面白いものを発見。1979年に英国ロイヤル・オペラが初めて来日公演を行ったときの寄せ書きだ。
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さすがに私もその頃はまだオペラを全然知らなかったのであるが、これを見て一目瞭然なのは、私が大いに尊敬する名指揮者、故コリン・デイヴィスが音楽監督であった時代だということ。最上部中央、"The Royal Opera" のロゴのすぐ下にあるのが彼のサインだ。その頃の彼はこんな年恰好か。
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彼のサイン、まあ、見ればもちろんそれと確認できるが、私には確認以上に懐かしさがある。というのは、昔実際にサインをもらったことがあるからだ。では、その秘蔵のサインをお見せしよう。1984年、バイエルン放送交響楽団との来日時のもの。プログラムを差し出すと、デカデカとサインしてくれるかと思いきや、まるで契約書にサインするように丁寧に小さくペンを動かし、私の目を見てニッコリ笑ってくれたのだ。素晴らしい人格者だった。
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さて、この1979年のサインであるが、ほかに分かるのはヘザー・ハーパーとトーマス・アレン、レオーナ・ミッチェルくらいか。当時のプログラムがその場に展示されているので開いてみると、そのときの演目は、「トスカ」、「魔笛」と、ブリテンの「ピーター・グライムズ」というラインナップ。あ、「トスカ」はなんと、ホセ・カレーラスとモンセラ・カバリエの共演だ (この 2人、体格も年齢もかなり違うようにも思うが 笑)。この 2つのビッグネームは、ここのサインボードには見当たらないように思うが、ふと思い出すと、そうだそうだ、このメンバーの「トスカ」には録音が存在し、私も持っている。帰宅して CD を引っ張り出して調べると、それは 1976年の録音。来日 3年前である。

改めて考えると、この 35年以上前の来日と比べて、今回のロイヤル・オペラの来日公演は、残念ながら規模も華やかさも負けているというしかないだろう。演出への金のかけ方、企業の協賛金、そして歌手の存在感・・・。いずれも昔日のレヴェルから落ちてしまっているのではないだろうか。これはひとりロイヤル・オペラに限ったことではなく、ほかの一流歌劇場も同様だろう。そもそもオペラなんぞという金食い虫が芸術の一分野として残っていること自体に、かなりの無理がある。世界経済の様相が変貌しつつあるとすると、これから 10年後、20年後は、オペラはどのようになって行くのか。不安はいろいろあるが、せめて私は、まず自分にできることとして、懐の続く限りチケットを買って、文化と経済に貢献し続ける (?) 所存である。

by yokohama7474 | 2015-09-20 00:41 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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