蔡 國強 (ツァイ・グオチャン / さい こっきょう) 展 : 帰去来 横浜美術館

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上の写真を見て、おっと思わない人はあまりいないに違いない。展覧会のチラシを撮影したものなので、折り返し部分が少し光って見えにくいかもしれないが、狼が群れをなして空中を飛び、見えない何かにぶつかってすごすごと引き上げている。見えない何かとは、透明のガラスの壁。反対側からの様子はこんな感じだ。
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この言い知れない異様な迫力は一体なんだろう。1957年中国福建省に生まれ、現在ニューヨーク在住のアーティスト、蔡 國強の作品で、英語で "Head On"、日本語で「壁撞き」と題された作品だ。
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この人、火薬を使った作品を作る人だと言えば、お分かりになる方もおられるのではないだろうか。世界的な名声を博しているアーティストで、北京オリンピックの開会式と閉会式のヴィジュアルディレクターも務め、花火を使用してセレモニーを盛り上げた人だ。私も、この人の名前を見て 3秒後に、「ああ、あの花火の」と思い当たった次第で、別に熱狂的なファンではないが、会場の横浜美術館の雰囲気には結構合うのではないかと期待して出かけた。

美術館の建物に入ると、そのロビーに巨大な作品が展示されている。これだけなら入場料金を払う必要もなく見ることができ、お得だ (笑)。おまけに写真撮影も OK。
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これは「夜桜」と題された、今回の展覧会用に新たに制作された作品。実に縦 8m、横 24m という超大作だ。かがり火に浮かび上がる大輪の桜と、その枝の間から覗くミミズク。大変抒情的なテーマだが、同時に見る者に迫ってくる迫力も持ち合わせている。この独特の巨大なモノクロの押し花のような独特の模様は、いかに作成されたものであるか。展覧会の図録から関連個所を拾ってみよう。まず、スタッフ (横浜学生や市民たちらしい) とともに下絵を描く。
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そしてその上に火薬を撒き、火をつける!!
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つまり、この作品に相対する人々が目にするものは、炎を上げパチパチと音を立ててから静まった火薬の活動の痕跡であるのだ。力強い生命力と同時に、そこはかとない寂寥感を感じるのはどうしたことか。日本人にとっては、例えば線香花火を楽しんだあとのような感覚と言ってもよいだろう。まあ、線香花火は上の写真のようには派手に煙を出すことはないので、たとえを変えると、夏の華やかな花火大会を終えて暗い土手を帰路につくような感覚か。

火薬を使った蔡のパレットは意外に多彩で、上記作品以外にも、なんと春画をモチーフにしたカラフルな新作「人生四季」や、天井からぶら下がった長い朝顔の化石のような「朝顔」が会場に展示されているほか、制作風景や過去のパフォーマンスの記録映像、作者のインタビュー (日本に 9年間暮らして創作活動を行ったことがあるので日本語を喋る)、等々に触れることができる。私がことのほか美しいと思ったのは、磁器タイルを素材とする「春夏秋冬」という作品。このモノクロームの色彩 (とあえて呼ぼう) も火薬が作りだしたもので、そこには「燃える」という時間の経過が確実にあるゆえ、その時間の経過自体が結晶化したようなイメージがある。うーん、しばしその前で佇んでしまうほど美しい。
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さて、このような流れにおいては、冒頭の狼群は、彼にしては異色の作品であるようにも思われる。2006年にベルリンでの展覧会用に制作されたものであるそうで、狼の数は 99匹、ドイツ銀行が所蔵している。狼たちが突き当たる見えないガラス壁は、ベルリンの壁を表しているらしく、その実際の高さ 3mと同じ高さで作られた由。壁の消失は冷戦時代の終結を印象付ける記念碑的イメージとなったものの、その後のドイツ統一の過程で、旧東西両国民の間の見えない壁の存在が様々に意識されるようになったという皮肉。この作品にはそのような政治的なメッセージがあったようではあるが、その後世界各地で展覧される度にガラス壁は毎度新調され、高さもまちまち。狼たちの配置も変わるらしい。ベルリンでの展示の写真があったので掲載させて頂こう。これはまた、火ではなくて水が勢いよく一直線に流れるような群れの様子ではないか。
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ところが、これも図録の解説によると、作者本人に確認したわけではないが、もしかするとこの作品の想像力の源泉となったかもしれない絵が日本にあるという。それは、あの奇想の画家、曽我 蕭白 (1730 - 1781) の「石橋 (しゃっきょうず)」だ。こちらは唐獅子だが、確かにワンサと群れて石橋をよじ登っている。蕭白らしい、破天荒な構図である。もし蔡がこの絵に発想を得たとすると、特にベルリンの壁と関連づけた社会的なメッセージと取らずとも、人間を含む生き物の習性と生命力を表現したということではないか。
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さてこの展覧会、「帰去来」という副題がついている。これは言うまでもなく、陶淵明の詩から採られたものであるが、中国から日本を経てニューヨークに渡り、国際的な地位を築いた画家が、今また日本を舞台に自然との調和という観点から制作するという姿勢の表れと解説されている。特に、日本では福島に滞在したこともあり、災害からの復興という思いも強くあるようだ。自然の力との共存という意味で、このアーティストのメッセージは力強く響く。

さて、この美術館は平常展示もなかなかに見応えがあるのだが、ちょうど蔡の展覧会と合せて 10月18日まで、「戦争と美術」、「岡倉天心と日本美術院の作家たち」、そして「ポール・ジャクレーと新版画」という 3つの館蔵コレクション展が開催されている。
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戦争画展示も、これまでこのブログで何度か触れてきたような内外の画家たちの作品がいろいろあって興味は尽きないが、それよりも、上の写真の右下をご覧頂こう。これがポール・ジャクレーだ。一般にはあまり知られていない名前かもしれないが、1896年生まれのフランス人で、4歳のときに来日して以来日本で育ち、版画家となった。私は 2003年でここ横浜美術館で開かれた彼の展覧会で、大変な衝撃を受けた。日本的要素はあるが、なんとも異様な版画の数々で、怪しい魅力満載だ。詳細は省くので、ご興味おありの方は、是非 10月18日までに横浜美術館で実物をご覧下さい。上のポスターに出ている作品はこれだ。怪しいでしょう???
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ジャクレーが出たところで、じゃ、くれで、いや、これで、失礼します。

by yokohama7474 | 2015-09-22 01:07 | 美術・旅行 | Comments(0)