尾高 忠明指揮 読売日本交響楽団 (ヴァイオリン : 諏訪内 晶子) 2015年 9月21日 横浜みなとみらいホール

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尾高忠明の指揮するチャイコフスキーの交響曲は、約 2ヶ月前に東京フィルとの「悲愴」を聴いて、このブログでもご紹介したが、今回は読響との 4番である。私はこの指揮者が英国の BBC ウェールズ響の音楽監督であった時代に、生演奏に接するのではなく録音を通してその音楽性に打たれたことがきっかけで、英国で音楽雑誌に付録としてついている特典 CD を集めてみたりして、いろいろと聴いてきた。大変に真摯な姿勢で音楽に取り組んでいる点に感銘を受けるし、過度に暴力的になることのない、ある意味での中庸の美徳を備えながら、ここぞというときにオーケストラを全開に鳴らせてみせるその手腕に、いつも敬意を抱いているものである。日本人指揮者として今、最も脂の乗った存在であり、生演奏を聴く機会があれば、なるべく聴きに行きたいと思っている。今回の曲目は以下の通り。

 リャードフ : 魔法にかけられた湖作品62
 モーツァルト : ヴァイオリン協奏曲第 5番イ長調K.219「トルコ風」(ヴァイオリン : 諏訪内晶子)
 チャイコフスキー : 交響曲第 4番ヘ短調作品36

ロシア物の間にモーツァルトのコンチェルトが入っているというのは若干異色だが、ここで今さらチャイコフスキーのコンチェルトが入ると変わり映えしないし、かといってグラズノフのコンチェルトだと全体が渋すぎる。なので、陰鬱なロシア音楽の間に清澄なモーツァルトを挟むというのは一案だ。諏訪内のモーツァルトをこれまでに聴いた記憶もないし。

順番に書いて行こう。最初のリャードフ (1855 - 1914) 作曲の「魔法にかけられた湖」は、名前はそれなりに有名な作品だが、どういうわけか、録音でも実演でも、あまり接する機会がない。演奏時間 6分ほどの短い曲で、神秘的な湖の情景を描いた作品だ。なんでも、シンデレラの説話をめぐるオペラの一場面として書かれたものであるらしい。結局そのオペラは完成せず、この断片的な曲のみがかろうじて歴史に残ったというわけだ。指揮棒を使わずに指揮する尾高は、微妙なニュアンスを表現して素晴らしいものがあった。彼の英国での活躍を知っているせいか、英国の音楽、例えばディーリアスとか、一部はブリテンの「ピーター・グライムズ」の海の間奏曲を思わせるような音が鳴っていた。ドイツ音楽からの距離という点で、あながち無意味な連想ではないと思う。

モーツァルトのコンチェルトは、上記の通りロシア物の間の一服の清涼剤という位置づけだが、これもまた充実感溢れる演奏となった。諏訪内は、まあこれまでに散々聴いてきているが、素晴らしいときとそうでないときの落差が激しく、その日その場所で実際に聴いてみるまでは分からないのだ。どちらかというとロマン派から現代音楽に適性があるかと思っていたのだが、今回のモーツァルトは、その美音が純粋に鳴り響いて、艶のある音楽となっていた。これなら、モーツァルトのほかのコンチェルトも是非採り上げて欲しい。音楽のことばかりでなく、諏訪内さんの写真を見たいという人のために、しょうがないなぁ、上記ポスターに使われている写真の全体を載せておきます。サービスサービス (笑)。あ、でも、音楽は別に容姿云々で決まるものではありません。念のため。
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そして、メインのチャイコフスキー 4番。尾高は譜面台にスコアの最初のページを開いて置いていたが、結局一度もページをめくることはなかった。このようなポピュラー名曲は、暗譜で指揮して当たり前という気もするが、最近の原典流行りの中で、暗譜は指揮者の自己顕示とみなされる傾向があるのを苦々しく思う私は、指揮者がレパートリーによって譜面を見たり暗譜で振ったりということはあってもよいと考えるので、今回の尾高の姿勢を好ましく感じたものである。指揮棒は使っていなかったが、ビートを強く刻むときもあれば情念たっぷりの旋律を引き出すときもあり、弦のピチカートを流して行くときもあるかと思うと爆発的大音響を沸き立たせることもある。聴きどころ満載のこの交響曲の魅力を存分に表現しきった名演であった。読響も素晴らしい鳴りっぷりで、金管の咆哮、木管の掛け合い、弦のうねりまで、表現力抜群だ。いわゆるロシア的な音とは少し違うかもしれないが、これだけの名曲になると、なにも特別にロシア的である必要もない。書いてある音が表現力豊かになれば、人の心に響く音楽になるのだ。楽員も指揮者も全員日本人のこの演奏を、ロシアの人たちに聴かせてみたいと思った。

そして、意外なことにアンコールが演奏された。同じチャイコフスキーの、「弦楽のためのエレジー イワン・サマーリンの思い出に」という曲だ。これまで聴いたことのない珍しい曲だが、これも尾高は暗譜で表情豊かに演奏した。帰宅して調べると、演劇俳優であったイワン・サマーリンの 50歳の誕生日に演奏すべく 1884年に書かれたとのこと。サマーリンは 1887年になくなり、作曲家はこれをサマーリンの思い出に捧げる曲として、1891年に作曲した劇付随音楽「ハムレット」の第 4幕間奏曲にも転用した由。誕生祝いに書かれた割には暗い曲なのはどうしたことか分からぬが、チャイコフスキーらしい情緒あふれる佳品である。こんなメジャーな作曲家の作品でも、まだまだ知らないものがあるのだなぁと、いつもの通り自らの無知を恥じた次第。

尾高忠明、今年 68歳。これからますます期待である。マエストロの写真を見たい方に、サービスサービス。
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by yokohama7474 | 2015-09-22 11:59 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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