ウィーン美術史美術館蔵 風景画の誕生 Bunkamura ザ・ミュージアム

ウィーン美術史美術館。美術ファンなら誰しも一度は行ったことがあるだろう。栄光の大帝国、ハプスブルク家のコレクションだ。私も、1987年に最初に訪れて以来、5 - 6回ほどだろうか、足を運んでいる。全く同じ外見の自然史博物館と向い合せに建っていて、その中間に女帝マリア・テレジアの堂々たる銅像がある。ウィーンの数多い観光名所の中でも、特に有名な場所のひとつである。
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今般、渋谷の Bunkamura ザ・ミュージアムで開催されているのは、この美術館の持つ膨大なコレクションから、風景画をテーマとした展覧会だ。風景画と言っても、印象派のような近代の作品ではもちろんなく、16-17世紀のイタリア、オランダ、フランドル絵画を中心としたもので、宗教画の背景として風景を描いたものや、月々の暦とともに人の生活を描いたものが大半を占める。また、ロイスダールやカナレットら、いわゆる風景画家として知られている人たちの作品もある。

ヨアヒム・パティニール (1480 頃 - 1524) という画家をご存じだろうか。初期フランドル派の画家で、彼が風景画を最初に描いた画家だと言われているらしい。私は、まさにこの美術史美術館や、マドリッドのプラド美術館でも、大好きなボスの絵のそばにこの画家の作品が展示されていることから、その名前のみは知っていたのだが、最初の風景画家とは知らなかった。興味深いのは、あのドイツの巨匠アルブレヒト・デューラー (1471 - 1528) が、1520 - 1521年のネーデルランド旅行の途上でこのパティニールに会ったことを日記に記していて、「良き風景画家」と呼んでいること。デューラーはその際にパティニールの結婚式に列席し、のみならずこの画家の肖像画まで描いているほどの友情関係にあったようだ。そのパティニールの、「聖カタリナの車輪の奇跡」という作品が今回出展されているが、これはパティニールの初期の作品で、制作は 1515年以前、歴史上でもごく初期の風景画と認定されている。
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一見して明らかなように、この絵は、近代以降の作品に慣れた我々が「風景画」と聞いて想像するようなものとは全く異なり、その本質は宗教画である。聖カタリナはローマ時代の殉教者で、車輪のついた拷問器具によって処刑されようとした際に、神が天使を放ってその拷問器具を破壊したという。この絵の右真ん中あたり、燃えているのが拷問器具で、その左で手を合わせているのがカテリーナだ。それ以外にも殉教説話に関係するいくつのシーンが描かれているものの、この絵の大部分は、確かに風景を描いている。これをもって、本来の題材と風景の地位が逆転しているということになる。

考えてみれば、宗教画の場合、受胎告知であれ東方三博士の礼拝であれエジプトへの逃避であれ、あるいはヨハネとかヒエロニムスとかいう聖人を描くにしても、風景を描くことは必須である。「モナリザ」のような肖像画でも、後ろに風景が描かれている。しかしながら、ここで「風景画」と定義されている絵画は、恐らくはその後オランダを中心とするプロテスタント地域で宗教画を離れて世俗の風景が描かれるようになり、発展していったことをもって、その源流とみなしうるという点が特色なのではなかろうか。もちろん、本展にはイタリアやドイツの作品も出展されていて、一口に「風景画」とは言っても、結構な多様性を見ることができる。

これはイタリアのフランチェスコ・アルバーニ工房による「悔悛するマグダラのマリア」(1640年頃)。ここで見られるマグダラのマリアの心象風景のような険しい岩山は、画家の故郷ボローニャの風景がモデルであるらしい。この風景の荒々しさと対照的な天使たちの愛らしさが印象的で、この画家は17世紀当時、ヨーロッパ中で名声を博したという。
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これはドイツのヨハン・ハインリヒ・シェーンフェルトの「大洪水」(1634 - 1635年頃)。もちろんノアの箱舟が題材だが、その箱舟は画面の右端中央の奥に小さく描かれる、波間に漂う白い舟がそれだ。ここではその舟に向かう筏の周りに集う人々の絶望感が感じられる (前景左の方には、仰向けの死者も見える)。それから、中央奥に見える灰色のマントで自らを覆った人物が妙に気にかかる。同じドイツでも遥か後年、ロマン主義のカスパル・ダヴィッド・フリードリヒすら先取りするような神秘性のある作品だ。
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その他興味深いのは、毎月の情景を描いて、そこに各月の星座を入れる、月暦画と呼ばれるシリーズ。以下に掲げるのはレアンドロ・バッサーノというイタリアの画家の作品 (1580 - 1585年頃)。なんともヘタウマっちゅうかストレートにヘタクソっちゅうか (?)、独特の強いタッチだが、16世紀の人々の暮らしぶりが手に取るように分かるのが面白い。これは 1月。雪が舞い、焚火で足を温めている人たちがいる。星座はみずがめ座。
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これは 5月。バターやチーズを作っているところ。星座はふたご座。
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それから、上にも書いたように私はヒエロニムス・ボス (1450 頃 - 1516) が大好きで、その好みは中学生の頃にまで遡るのだが、その理由はひとえに、その異常なまでの幻想性だ。今回も、いわゆる普通の風景ではない異様な風景を描いた作品がいくつか出展されているのが嬉しい。ボス自身の作品はないものの、模倣者の作品が幾つかある。これは、「楽園図」。パーツパーツは見事にボス流。全体の構図から狂気じみたものが立ち昇って来ない点が、模倣者の限界か。でも、何やらだまし絵風に顔が浮かび上がるのではないかと、目を細めて見てしまったりするのが楽しい。
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さて、ボスとくれば、若干時代は下がるものの、並び称される大画家はブリューゲル (1525年頃? - 1569年) だ。ウィーン美術史美術館は世界最大のブリューゲルコレクションで知られるが、残念ながら今回、その子や孫の作品はいくつか来ているものの、大ピーター・ブリューゲルその人の作品はゼロ。これはなんとしても惜しい。なぜなら、最初に挙げたパティニールの作品のように、風景の中に本来のメインの情景が小さく描きこまれているタイプの作品として、恐らく最高のものが彼の手によって制作されているからだ。この絵である。あ、念のため、今回の展覧会には来ていないが、あまりに素晴らしいのでここでご紹介するものだ。
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ご存じの方も多いと思う。これは「イカロスの墜落のある風景」。例の、翼をつけて空を飛んだイカロスが、慢心のあまり太陽に近づきすぎて翼が溶け、海に墜落したという有名な逸話である。でも、イカロスは一体どこに? 右側、帆船の手前にごくごく小さく、水面でばたつく足が 1本半くらい見えているが、これがそうなのだ。手前に大きく描かれている牛車を押している男は、イカロス個人の悲劇とは全く関係しないところで、黙々と自分の仕事を続けている。いや、実は彼こそが、この悲劇を陰で目論んだ何者かであるのだろうか。そうであっても構わない。普通の昼下がり。のどかな海とゆったり流れる時間。イカロスを襲った悲劇を敢えて小さく描くことで、その悲劇性が強調されている。

さて、出展されていない絵について長々と書いたのは、正直なところ、この種の展覧会にはやはりこのような目玉作品が欲しいところであった。実際にウィーンに出掛けて行けば、今回の出展作に足を停めて見るなどということはほとんどないであろう。なので、風景画という独特の観点は評価できても、並んでいる作品の質という点では、大変残念な展覧会であったと言わざるを得ない。

まあ、それはそれでよいとしよう。やはりブリューゲルに出会うには、こちらがウィーンに出掛けて行くしかない。しゃーないなー。

by yokohama7474 | 2015-09-26 11:06 | 美術・旅行 | Comments(0)