オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男 東京都現代美術館

ブラジル。昔日本からも多くの人々が移民したとはいえ、物理的に地球の反対側である。どういうところなのかイメージのない人も多いに違いない。サンバの国。サッカーの国。新興国で、貧富の差が激しくて治安も悪く、三度のメシより大事かと思えるサッカーのワールドカップの開催への反対運動もあった国。そんなところに文化があるものだろうか。と思われる方。この国の得体の知れない底力を感じることのできる展覧会がこれだ。オスカー・ニーマイヤー、1907年に生まれ、2012年に実に 105歳の誕生日の直前に亡くなった世界的建築家の日本初の回顧展だ。
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私はブラジルには一度だけ出張で行ったことがある。サンパウロに 3泊ほどしたのだが、ビジネス面でのこの国の勢いや、個々人の能力の高さを肌で実感し、心底驚いた。若いビジネスマンでも、堂々たる英語で自分の理念を自分の言葉で語ることができ、のみならず、自らの属する組織の弱点までも客観的に説明できる。これは日本人的な「恥ずかしいことを避け」「会社の方針を全面に打ち立て」「英語を使うときにはあらかじめ書かれた原稿を読む」というビジネス習慣とは完全に別物だ。もちろん、ブラジルにも問題は多々あろう。だが、今後 10年 20年を見たとき、短期的な浮き沈みは当然あるにせよ、この国が発展して行くことは間違いなく、振り返って日本の現状を考えると暗い気分になるのであった。

ともあれ、この展覧会の副題にある、「ブラジルの世界遺産をつくった男」とはいかなる意味か。その前に質問。ブラジルの首都はどこか。そんなのサンパウロに決まっているでしょ。あ、リオかな? いやいや、リオはカーニバルなんてやっている能天気な街だから、やっぱりサンパウロ。・・・と答える人が多いのではないかと思うが、答えはブラジリア。実は、もともとの首都はリオ・デ・ジャネイロ。しかし、それは入植者であるポルトガル人の決めた首都だ。ブラジルが 1889年に独立した際、独自の首都を持とうという運動が起こり、2年後の 1891年に制定された憲法に、新首都を「ブラジリア」とすると謳われたのであった。ところがその後測量の見直しや資金難のため、首都移転は難航。ようやく 1955年に至って、ブラジル中央部に広がる標高 1,200m の乾燥した大草原地帯に首都を建設すると発表され、当のブラジル国民たちが驚愕したという。1956年に就任したクビチェック大統領が剛腕を振るい、公約通り 1960年に新首都ブラジリアへの遷都がなされた。この全く新たな人工の首都の建設に当たっては、ルシオ・コスタの総合プランに基づいて、弟子のオスカー・ニーマイヤーが個々の建物を設計した。そして、遷都後わずか 27年の 1987年に、世界遺産に登録されたのだ。これは世界広しと言えども、ちょっとほかに例のないことだろう。
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ブラジリアの街のかたちを上から見ると、こんなふうだ。何かに似ていないか。そう、航空機だ。そういえば、ブラジルにはエンブラエルという航空機メーカーがあるらしい。業界をよく知る知人によると、なかなかに立派な会社だそうだ。この国は、空を飛ぶことに何か執念を燃やす理由でもあるのだろうか。
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これが国会議事堂。お椀を上向きにしたり下向きにしたり、その大胆な曲線と、真ん中の直線とのコントラストが誠に鮮やかだ。
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そしてこれが大聖堂。ここでもその曲線の個性が際立っている。
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今回の展覧会では、図録が制作されていない代わりに、会場でほとんどの展示物の写真撮影が許されている。そこで、このブラジリアの数々の建物の設計がどのような過程でなされたかの一端を、展示物の写真から感じて頂きたい。
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見てきた通り、この建築家を特徴づけるのはなんといっても曲線なのだが、会場の入り口には、ニーマイヤーが愛用した曲線のチェアと写真の数々、また、いかにも彼らしい言葉を見ることができる。
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そして、自ら設計した自宅の模型も展示されている。プールサイドに突き出ている大きな岩は、もともとそこにあったものらしい。
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それから、冒頭のポスターに使われている強烈な印象の建物であるが、これはリオ郊外のニテロイ現代美術館。上から見るとオタマジャクシのようだが、実は切り立った崖の上に、海に面して建っている。会場に展示されていた模型と、横から見た写真は以下の通り。なんなのだこれは。まるでサンダーバードの基地のようではないか (笑)。
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この一度見たら絶対忘れない建築、ニーマイヤーという天才建築家の中で、どのように醸成されたアイデアなのであろうか。会場には素案が展示されている。
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な、なんじゃこりゃ。極めて単純だ。私でも描けるとは言わないが、本当に概略の素案だ。頭の中の閃きが、このように実際に公共性のある建築物になるとは、なんという素晴らしいことであろう。実はこの建築、1996年竣工。ということは、建築家 89歳のときの作ということだ!! 恐れ入りました。

さて今回の展覧会、実は特筆事項がもうひとつ。ニーマイヤーを尊敬する日本を代表する世界的建築家が、会場構成を行っているのだ。その名は SANAA (Sejima and Nishizawa and Associates)。妹島 和世 (せじま かずよ) と西沢 立衛 (にしざわ りゅうえ) のユニットだ。もともとこの東京都現代美術館は、現代美術を展示できるような広いスペースがあって気持ちのよい場所なのだが、今回はこの曲線の数々を観覧者が思い思いに楽しめるように工夫されている。極め付けは、会場出口近くに設置された、イビラブエラ公園 (サンパウロ。ニーマイヤーが 1954年に設計) という公園の巨大なジオラマを作り、観覧者は靴を脱いでその上を歩くことができるという趣向だ。
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建築は、芸術の一分野ではあっても、公共性があり、人によって実際に使われる存在だ。従って、建築家の独りよがりでは、いかなる建築も長年に亘って愛されたり評価されることはないであろう。その意味で、ニーマイヤーの足跡から、ブラジルという国のありようが伝わってくる気がする。わずか 5年で何もない場所にこのような壮大な近代都市を作り出したブラジル。彼らを突き動かすメンタリティはどこから来ているのか。ブラジル人が、半分裸の派手な格好で尻を振って踊っているだけと思っている方がおられたら、即刻その先入観を捨て、このようなシンプルな発想で世界に衝撃を与えた建築家がいたということを、よく考えてみて頂きたい。航空産業の発展も、この国ならではの要因がどこかにあるに違いない。

Commented at 2015-09-27 18:18
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by yokohama7474 at 2015-09-27 18:20
了解しました。
by yokohama7474 | 2015-09-26 23:16 | 美術・旅行 | Comments(2)