ハーゲン・クァルテット 2015年 9月26日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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このブログをご覧の方には核使用、いや、隠しようもないが、いやいや、もとより隠す気など毛頭ないが、いわゆるクラシック音楽を愛好する私ではあるものの、興味の中心はまずオーケストラ、次いでオペラ、そして現代曲なのである。リートなどの声楽曲、室内楽、器楽曲は、常識レヴェルでは聴いてはいるものの、身も世も忘れて没頭するところまで行っていない。・・・まあなんであれ、別に身も世も忘れる必要などないのだが、趣味というものは時として一般の人たちの常識を超えてしまうもの。そういう意味では、例えばこの室内楽への関わりなど、趣味という領域にも至っていない、恥ずかしい素人レヴェルなのである。

能書きはともかく、今回足を運んだのは、現代を代表する弦楽四重奏団 (クァルテット)、ハーゲン・クァルテットだ。ザルツブルク出身の兄弟姉妹が始めた若手クァルテットだ・・・と書いてみてから調べてびっくり。このクァルテット、1981年にロッケンハウス音楽祭で賞を取って本格活動を開始したというから、もう 35年くらいの歴史があって、とても「若手」とは呼べないのだ。そういえば私が初めて彼らを聴いたのは、クレーメルが中心となったロッケンハウスのライヴ録音だった。一聴して、その鮮やかで勢いのある音に魅了されたものである。ただ、今まで、個別メンバーがオーケストラをバックに協奏曲を弾いたのを聴いたことはあるが、クァルテットとしては今回が初めて生で聴く機会である。本当に室内楽素人は困ったものだ。

今回の曲目は以下の通り。
 ハイドン : 弦楽四重奏曲第 58番ハ長調作品54-2
 モーツァルト : 弦楽四重奏曲第 21番「プロシア王第 1番」ニ長調 K.575
 ベートーヴェン : 弦楽四重奏曲第 14番嬰ハ短調作品131

見事、ウィーン古典派で統一されている。室内楽素人の私としては、ベートーヴェンはともかく、ハイドンとモーツァルトについては予習をする必要があった。ハイドンに関しては、もう随分前に交響曲全集、ピアノソナタ全集と並んで弦楽四重奏曲全集も購入しており、それぞれ CD 33枚組、12枚組、22枚組であるが、一応全部聴いてはいる。だが、ハイドンの 74曲ある弦楽四重奏曲 (番号は 83番まであるが欠番がある) を全部記憶するわけにもいかず (笑)、今回の演奏に備えて CD 棚をガサガサあさり、第 58番を探し出して聴いた。全く、こんなに沢山の曲を書きやがって、ハイドンは本当に迷惑な人である。

ともあれ、このハーゲン・クァルテット、各自の音色の均一感が際立っている。オリジナルメンバーから第 2ヴァイオリンが変わっているとはいえ、ほかの 3人は血を分けたきょうだいであり、後から入った第 2ヴァイオリンのライナー・シュミットも、ほかのメンバーと同じザルツブルク・モーツァルテウム・アカデミーの出身であって、その意味では共通する音楽的バックグラウンドを持っているがゆえに、弦楽四重奏団としての均一性が実現されているのであろう。実際、ソリストたちが集まって室内楽を演奏することもあるが、例えば旋律を弾く第 1ヴァイオリンの技量はその方が高いことがあっても、必ずしも統制の取れた演奏になるとは限らないのが音楽の面白いところ。

今回の 3曲、意識的か否かは分からないが、少しユニークな共通点があって、それは、曲の起承転結がありきたりではない面があること。いずれも「おっとこれで終わりかい」という終結部を持っている。ハーゲンの演奏だと、ある意味で曲の曲折を経ながらも常に均一な音が流れて行くため、どこで終わってもおかしくないと言うと語弊はあるものの、なるほど弦楽四重奏の極意とはこれかと、室内楽素人としては痛く感心したものだ。

それにしても、3曲続けて聴くと、ベートーヴェンの後期のクァルテットがいかに独特で深い内容を持つか、改めて感じる。これまで東京クァルテットや、カーネギーホールでの連続演奏会で聴いたエマーソンクァルテットでもベートーヴェンの弦楽四重奏体験をして、唸ったことがあるが、これはまさに深い森に分け入って行くような音楽だ。特にこの 14番 (以前もご紹介した通り、バーンスタインがウィーン・フィルと弦楽合奏版の録音を残している) は、切れ目なしに演奏される 7楽章によって成り立っており、しかも、弦楽器の特殊奏法であるスル・ポンティチェロ (楽器の駒に非常に近い部分を擦って軋んだ音を出す奏法) が音楽史上初めて使われている。ベートーヴェンという永遠の前衛の闘士の顔には、険しさ、優しさ、諧謔等々、いろんな表情が混ざり合っているのだ。

今回のハーゲンの来日では、室内楽ホールでの演奏会がメインで、今回のような大ホールでの公演はほかにない (特にトッパンホールでは 4日連続でモーツァルトを採り上げる)。このコンサートが実現した背景は、このクァルテットの出身地であるザルツブルク市と川崎市が姉妹都市であることである。ホールにはこのような展示コーナーもあって、川崎とザルツブルクがこれまでに様々な交流を果たしてきたことが分かる。
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ザルツブルクは、アルプスに近い風光明媚な避暑地で、モーツァルトの生地でもあり、欧州の富裕層がきらびやかに集まる世界有数の音楽祭が開かれる街。それに対して川崎市は・・・となるとちょっと難しいが、まあ、近年は音楽都市を標榜している川崎市としては、ザルツブルクとの姉妹都市とは、なんともゴージャスだ。実際、以前ジョナサン・ノットと東京交響楽団についての記事で触れた通り、このミューザという素晴らしいホールで生まれる音楽が、地元の人々に支持されており、市として音楽教育も盛んにしているということなので、姉妹都市である意味は大いにあるだろう。東日本大震災でこのホールが大きな損傷を受けたとき、ザルツブルクからも温かい援助があったと聞く。いわば今回のハーゲンクァルテットは 2つの都市を結ぶ親善大使。私のような室内楽素人 (そろそろしつこくなってきましたね) でも恩恵にあずかることができて、本当に有難いことであった。今後も実りある関係が続きますように。

by yokohama7474 | 2015-09-27 00:35 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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