ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 NHK 交響楽団 (ピアノ : ティル・フェルナー) 2015年 9月27日 NHK ホール

今年も巨匠ブロムシュテットが N 響を指揮する季節がやって来た。この大指揮者は 1927年生まれなので、今年実に実に 88歳 (!!!!) ということになる。未だに立って指揮をする。
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今回の曲目はオール・ベートーヴェンで、
 交響曲第 2番イ長調作品36
 ピアノ協奏曲第 5番変ホ長調作品73「皇帝」(ピアノ : ティル・フェルナー)
である。先週の曲目は同じくベートーヴェンの交響曲 1番・3番であった。こうなると、来年は 4・5・6番、再来年は 7・8・9番と、3年で全 9曲を踏破して欲しいものであるが、さていかがなものであろうか。

ブロムシュテットが N 響でベートーヴェンを振るのは 5年ぶりとのことであったので、5年前、2010年 4月のプログラムを見てみると、そのとき (指揮者は既に 83歳の高齢であった) は、
A プログラム : マーラー 9番
B プログラム : ブルックナー 5番
C プログラム : ベートーヴェン ピアノ協奏曲 5番「皇帝」(ピアノ : ルドルフ・ブフビンダー)、交響曲 3番「英雄」

うっへー、これはすごい。そうすると、さすが北欧の長命指揮者と言えども、この 5年で少しは軽めの曲目に移行したということか (笑)。因みに私は 5年前はすべてのプログラムを聴いたが、今回は残念ながらこの 1回だけであった。

さて、感想は「素晴らしい」の一言。もともと私はこの指揮者がドレスデンの音楽監督であったときに素晴らしい録音 (モーツァルト、ベートーヴェン、ブルックナー・・・) を耳にして以来、基本的には変わらないと思っていて、タングルウッドで聴いたボストン響を指揮した「英雄」も、名古屋で聴いたチェコ・フィルとのブルックナー 8番も、年齢を感じさせないものの、1980年代から同じ演奏を続けていると整理していた。で、今回の演奏であるが、無理やりそのように整理しようとすればできるだろう。でも、何かが違うのだ。音の緊密さとでもいったものが、より融通無碍になっている。これぞまさに澄み切った老巨匠の境地。それを見事に音にした N 響の高い能力。第 2楽章では、別に感傷的な音楽が流れているわけでもなんでもないのに、何やら胸が締め付けられる思いがして、自分でも不思議であった。人間の営みは、昨日と今日、今日と明日で、寸分違わないように思われることもあるが、実はその日その日、何か違う要素が存在していて、ふとそれに気づく瞬間こそ、あ、自分は生きているんだと実感できる瞬間であると思う。この演奏会は、昨日あったような今日や、今日あるような明日に対して、さながら「時よとまれ。そなたは美しい」というファウストの言葉を投げかけたくなるような瞬間に満ちていた。ブロムシュテットほど悪魔的なもののイメージから遠い芸術家はいない。だが、その透徹した音楽の高みはついに、通常人が遥か仰ぎ見るような次元に達してしまった。

ピアノのティル・フェルナーは、あの不世出のピアニスト、アルフレート・ブレンデル (未だ存命だが既に引退してしまった) の弟子で、どこかの記事で、ブレンデルの衣鉢を継ぐ唯一のピアニストと表現されていた。今回初めて実演に接してみて、その言葉が分かるような気がした。1972年ウィーン生まれ。既に 40を超えているものの、かなり若く見える。
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この「皇帝」というコンチェルトは、とにかく派手な始まり方をするので、腕に覚えのピアニストはかなり力任せに鍵盤を叩く傾向があり、それはそれでワクワクするものもあるのだが、今日のフェルナーの演奏は、正確に淡々と弾かれ、熱狂することはない。だがしかし、師匠ゆずりの粒立ちのよいタッチには、熱狂は必要ないのだ。このピアニストしか持ち合わせていない言語で、隅々までクリアなベートーヴェンが紡ぎ出された。このような演奏を聴くと、自らの音楽性に充分な信頼を置いて公衆の面前で演奏をするという、音楽家が生業としている作業が、本当に至難の作業であることが分かる。こちらはただ座って聴いているだけなので、まあお気楽なものだが、せめて演奏家の克己心の数分の一でも、音楽に対する純粋な気持ちを持ちたいものだと痛切に思う。

終演後 NHK ホールから出ると、秋の青空が広がっており、いい季節だなとひとりごちた。今日は中秋の名月で、夜自宅でバルコニーに出てみると、雲が多いものの、その切れ間からぽっかり満月が覗いていた。川の上に反射して輝くという風流な景色にまでは行かなかったものの、なんとも季節感があって、しみじみしたものだ。このような情緒豊かな季節に、今日のような極上の音楽は誠にふさわしいと思いながら、また来年、ブロムシュテットのかくしゃくたる指揮姿に接することができますようにと心の中でつぶやいて、アルコール分を存分に摂取した中秋の名月の夜でした。
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by yokohama7474 | 2015-09-28 00:02 | 音楽 (Live) | Comments(0)