ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン交響楽団 (ピアノ : マレイ・ペライア、ソプラノ : アンナ・ルチア・リヒター) 2015年 9月28日 サントリーホール

昨日 N 響との協演を聴いたブロムシュテットは今年 88歳、そして今日ロンドン交響楽団との来日公演の初日を聴きに行ったベルナルト・ハイティンクは、今年 86歳。そのキャリアから言えば、現役指揮者でも最高の存在。もちろん、その音楽は世界中のファンから慕われている。
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つい先日まで、英国ロイヤル・オペラが来日中だったが、入れ替わりに英国を代表するロンドン交響楽団が来日しているわけである。今年は日本と英国の間に何か記念すべきことでもあったのだろうか。まさか、映画「キングスマン」公開記念ではあるまいな (笑)。

さて、このハイティンクはオランダ人の指揮者で、同国を代表する世界最高のオーケストラのひとつ、アムステルダム・(現在は王立) コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者を、60年代から80年代まで 25年間務め、その間もロンドン・フィルの首席を兼任しながらベルリン・フィル、ウィーン・フィルを定期的に指揮し続け、英国ロイヤル・オペラの音楽監督も務めるかと思うと、これまた世界最強オーケストラコレクション (?)、ドレスデン・シュターツカペレ、シカゴ交響楽団の首席も務めた。加えて、ボストン交響楽団からは名誉指揮者の称号を得ている。改めて見てみると、すごいキャリアだ。現存指揮者ならずとも、もしかしたら歴史上最高かもしれない (ベームはどのくらい米国で活躍しましたか? カラヤンはどのくらいの数のオケを定期的に指揮しましたか? マゼールはひとつのポストに長期的に留まったことがありますか? ムーティは欧州一流オケのシェフを務めたことがありますか? ヤンソンスはオペラハウスの音楽監督を務めたことがありますか? )。また、一時期、全集魔という言葉もあった通り、膨大なレパートリーの交響曲を録音しているのだ。ただ、この華麗なキャリアに比して、カリスマ性という意味では、実はそれほどでもないのが不思議と言えば不思議。ある意味、あまりにとんがった個性の持ち主なら、これだけの一流どころに受け入れられることはないのかもしれない。

実は私にとってはこの指揮者、尊敬はするものの、もうひとつ熱狂的に支持しようというところまで行かない存在であるのだ。ひとつには、日本にある時期なかなか来なかったという理由が挙げられる。今回のプログラムに、このハイティンクの過去の来日公演の一覧が掲載されており、大変興味深いので、ご紹介する。まず、コンセルトヘボウとの初来日 (1962年) から第 2回来日 (1968年)。
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そして、1969年にもうひとつの手兵、ロンドン・フィルと来日。それから 5年後の 1974年に、コンセルトヘボウとの 3回目の来日。
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そして、1977年にコンセルトヘボウと 4回目の来日。この頃まではかなり頻繁に来日していると言ってよい。
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ところが、次の来日は 15年後の 1992年、しかもオーケストラではなく、オペラハウスの引っ越し公演だ。もちろん、英国ロイヤル・オペラだ。私が本格的にコンサートに通うようになったのは 1980年代だから、その頃、ハイティンクは充実した録音が続けて発売されるのに、実演を聴くことができない指揮者だった。音楽雑誌などを見ると、「若い頃に来日しても低い評価しか得られなかったので、日本が嫌いになったのだ」という論調が支配的であった。ところが、1997年以降はこんな感じで、急速に来日機会が増えた。今回を含めて18年間に 6回の来日は、有名指揮者としても多い方だろう。
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さて、このような歴史を経てきたハイティンクと日本であるが、私個人としては、ニューヨークやロンドンで彼の指揮に触れても、それほど大感動する機会がなく、80年代で「円熟」と言われ始めた頃の音楽そのままだな、という思いを抱いて来た。ところが今回、かなり違う世界を体験させてもらったのだ。昨日のブロムシュテットと共通するが、本当の円熟とは、これほど力が抜けた融通無碍なものなのか!! という素晴らしい感動である。

曲目の紹介を忘れていた。
 モーツァルト : ピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491 (ピアノ : マレイ・ペライア)
 マーラー : 交響曲第4番ト長調 (ソプラノ : アンナ・ルチア・リヒター)

マレイ・ペライアは、1947年生まれなので、今年 68歳。ニューヨーク生まれのユダヤ系ピアニストだ。
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彼は英名高き名ピアニストで、録音も数々あるにもかかわらず、なぜかこれまで実演に接する機会がなかったが、知識として知っていた通り、大変リリカルな素晴らしいピアニストであることが確認できた。以前の記事でも触れたことがあるが、モーツァルトの時代の器楽曲で短調は非常に例外的。ピアノ協奏曲では、この 24番と 20番の 2曲のみだ。20番の方が少し劇的色合いが強いと思うが、それはつまり、24番の方がうまく聴かせるのが難しいとも言えると思う。今日の演奏では、ピアノもオケもピンと張りつめた緊張感の中、ある意味で大変静かな演奏がなされた。つまり、劇的な音楽を聴かせようという野心のない音楽。自然のまま淡々と流れ、そこに充分な感情も込められた音楽。これはなかなかできるものではない。ハイティンクの指揮のもと、ロンドン交響楽団は、特有の分厚い層の音を出していて、決して爽やかとは言えなかったが、これみよがしのパッションに頼るのではなく、大変に誠実な伴奏であったと思う。演奏後の拍手はいつもながら (私はこれがいやなのだが) アンコールをおねだりする長いものになったが、結局アンコールはなし。そこあたりの清々しさも、今回はよかったと思う。

さて、後半のマーラーであるが、これがちょっとないほどの名演奏であった。正直なところ、マーラーの交響曲でも、5番とか 6番なら是非とも聴きたいが、彼の交響曲中最も穏やかなこの 4番には、あまり食指が動かなかったのである。ところが、今この円熟のハイティンクを聴く曲としては最適であったとは、聴いてみて初めて分かったのだ。まず、テンポが終始緩やかで、冒頭、鈴とフルートでシャンシャンやってから弦が主題を歌い出すところで、ぐっと音楽が粘る。昔聴いたメンゲルベルクの録音の強烈なポルタメントとまでは行かないが、老齢のみが可能にする音楽の懐を感じさせる。その後もオケの各パートは実に丁寧に指揮について行き、楽団員の指揮者に対する尊敬がそのまま音に表れていた。その感動的なこと!! これは私が今まで聴いてきたハイティンクとは一味違う。滋味深いという言葉がぴったりで、聴きながら胸が熱くなったり、ワクワクしたり、深い情緒に浸ったり、まさにこの曲の持つ様々な要素が、力まずして耳に入ってくる。帰宅してから彼がベルリン・フィルを指揮した CD (1992年録音) を少し聴いてみたが、やはり今回、その録音よりもテンポはかなり遅くなっていることが確認できた。86歳にしてさらなる円熟!! 今回ハイティンクは、指揮台にストゥールを置き、座って指揮するには安定が悪いなと思ったら、楽章の間にちょっと腰かけるだけに使い、演奏中は一度も座ることがなかった。ただ、指揮者の顔がはっきり見える場所で聴いていたので、やはり楽章を追うごとに疲れは明らかに目に見えた。指揮者という音楽家の不思議なところは、そのような老いが、むしろ音楽を沸き立たせる力になることだ。この力こそが、派手なカリスマとはまた異なる、本当の音楽家のみに許される特権なのであろうし、これができるからハイティンクは世界の一流オーケストラから慕われるのだなぁと実感した。

このマーラーの 4番の終楽章ではソプラノ独唱が入り、「天上の生活」を歌うのだが、その独唱はドイツの若手ソプラノ、アンナ・ルチア・リヒター。
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先月にはルツェルン祝祭管弦楽団と、同じハイティンクの指揮のもと、このマーラー 4番を歌ったとのことで、落ち着いた様子で清浄な歌を聴かせてくれた。音楽を語るのに容姿のことを言うのは邪道とのお叱りもあるかもしれないが、でもやはり、天上の生活なのだから、天上から落ちて来そうな体重の歌手が歌うよりは、まぁ、それは、ねぇ (笑)。実際彼女の歌は、ただ清らかというだけでなく、後半では情念すら感じさせるようなものに昇華していた。素晴らしい才能だと思う。終演後、聴衆の拍手に応えて、指揮台に置いてある譜面を指差し、そして天を指差した。「(自分の貢献ではなく) 天上を描いたこのスコアが素晴らしいのですよ」という謙遜か。

同じ演奏家を何度も聴くことで得られる変化の楽しみもあれば、新しい演奏家によって与えられる新鮮な楽しみもある。今回の演奏会は、その一音一音に、様々な楽しみを見出すことができる貴重な体験であった。

by yokohama7474 | 2015-09-29 00:14 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented at 2015-09-29 14:18 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by yokohama7474 at 2015-09-29 23:20
いやー、感動しましたね。中には、感動のあまり寝てしまった方もおられたということですね (笑)。
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