ワーグナー : 楽劇「ラインの黄金」(指揮 : 飯守 泰次郎 / 演出 : ゲッツ・フリードリヒ) 2015年10月 1日 新国立劇場

東京、初台の新国立劇場。言うまでもなく、日本で唯一のオペラ専用劇場である (より正確には、大、中、小劇場とあるうちの大劇場、いわゆるオペラ劇場がそれである)。今日が今シーズンの開幕で、演目は、おっとまた出ましたね、ワーグナーの 4部作「ニーベルングの指環」の最初の作品 (序夜と題されている)、「ラインの黄金」だ。会場入り口には、この公演や今シーズンのラインナップについての展示がある。
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現在の音楽監督は、ワーグナーの聖地バイロイトで助手を務めた経験があり、日本における現存指揮者の中ではワーグナーの第一人者とみなされている飯守 泰次郎。
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昨年の就任時には、いきなり名刺代わりの一発としてワーグナー最後のオペラである「パルシファル」を採り上げ、昨シーズン中にはもう一本、「さまよえるオランダ人」も指揮。そして就任 2年目にして、早くも超大作「ニーベルングの指環」である。なんとまぁ、徹底したワーグナー攻勢だ。考えてみればこの新国立劇場、1997年にオープンして 19シーズン目に入ったわけだが、その間に既に「指環」のツィクルスが既に 3度目!! この「指環」は、今年の夏のバイロイトの記事でも散々採り上げたが、演奏に 15 - 16時間を要する超大作で、そうおいそれと 4部作のツィクルスを組めるわけではない。世界広しと言えども、20年に満たないのに 3サイクル目という歌劇場は、ほかにないであろう。それだけ日本人が異常なワーグナー好きということだ。全く、1億総活躍社会ならぬ、1億総ド M 社会なのか、このニッポン!!

過去 2回のツィクルスは、英国のキース・ウォーナーによる、いわゆる「トーキョー・リング」と言われたポップなもの。私は最初のツィクルスを 4年がかりで見たが、大変面白かった。そして今回、飯守音楽監督の指揮、東京フィルの演奏になる新ツィクルスは、なんとなんと、今は亡きドイツの名演出家、ゲッツ・フリードリヒの演出によるものだ。かつてベルリン・ドイツ・オペラで現代的演出を手掛け、日本ではとりわけ、4部作の一挙上演として日本初演となった「指環」の演出で知られる。これは、時を表すトンネルが常に背景にあることで、「トンネル・リング」と呼ばれ、日本でも有名となった。その実演は 1987年のこと。当時学生であった私は、人生初のオペラ体験を、あろうことかザルツブルク音楽祭でするという大それたことをやった年であったが、「指環」の全曲は録音でもまだ聴いたことがなく、もちろん経済的にも余裕がなくて、「いやー、日本で指環ツィクルスを聴けるなんて、すごい時代になったねぇー。ぜってー行くだろ、オイ」と言う先輩を羨ましく思ったが、ぜってーと言われても、行くことが叶わなかった。実はこのフリードリヒ、人生で 3回、この「指環」を演出していて、このベルリン・ドイツ・オペラのものが 2回目。最初は英国ロイヤル・オペラであり、最後の演出が 1996年フィンランド国立歌劇場での公演で、今回日本で上演されるのは、この最後のものだ。つまり、亡きカリスマ演出家の遺産を日本で初紹介するということであり、飯守音楽監督の意気込みが感じられる。尚、この公演、入り口で SP が沢山いるなと思ったら、皇太子ご夫妻臨席の公演であった。私の安い席からは、お姿を拝見することはできなかったが、皇太子のオペラ・コンサート鑑賞は決して珍しいことではなく、会場では特に混乱もない。

さて、この演出であるが、極めてシンプルな舞台装置で、歌手の動きも多くなく、先のバイロイトの「指環」などを見てしまった身としては、むしろ保守的な演出とすら言ってもよいだろう。ちゃんと冒頭でヴォータンは寝ているし、アルベリヒは隠れ兜を被って大蛇にも蛙にもなる。また、フローラの背の高さに黄金が積まれるシーンもちゃんとあり、なんだかとっても安心するのだ (笑)。トンネル・リングを見ていない私としては、比較はできないものの、その後のベルリン・ドイツ・オペラ来日時に見た一連のフリードリヒ演出のワーグナー、「マイスタジンガー」「トリスタン」「オランダ人」「タンホイザー」などを思い出しても、とりわけこの「指環」はおとなしいような気がする。それにしても、今、1993年と 1998年の同オペラハウスの来日公演のプログラムを見てみると、演目も多いしスター歌手も沢山出ていて、プログラム自体も分厚く、「フリードリヒ」「フリードリヒ」と、この演出家についての記事があれこれ掲載されている。彼は 2000年に死去しているが、現在、これだけの知名度と人気のあるオペラ演出家は、もういないだろう。これは、私も面識のある音楽ジャーナリスト、寺倉 正太郎氏の記事。
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話が脇道にそれてしまったが、演出という点では、なにか枯淡の境地のような印象。残りの 3作では、どのように変わって行くのだろうか。尚、些細なことだがひとつ気になったのは、ファフナーに打ち倒される巨人の兄弟、ファゾルトが、その後神々がヴァルハラ城に入場する終幕まで、ずっと舞台で死に続けていたこと。これは正直、邪魔であった (笑)。このような演出家が死去している場合の細部の演出は、どのように行うのだろうか。ちょっと考えた方がいいと思う。それから、最近の演出では大詰めでも神々が城に入場しないケースもあるが、ここでは、神々がそれぞれ横に手を伸ばして、音楽に合わせて行進するのだ。とはいえ、舞台の奥行きの関係から、2歩進んで 1歩下がる。そして、奥の方まで行くとあまりスペースがないので、歩幅が狭まるというわけだ (笑)。むむむ、これ、どこかで前に見たことがあるぞ。多分、キース・ウォーナーのトーキョー・リング (確か、神々は沢山出てきて、被り物を被ったりしていた) ではなかったか。もしそうなら、キース・ウォーナーはフリードリヒ演出をパクった・・・いや、フリードリヒへのオマージュを捧げたのであろうか。

さて、歌手について簡単に触れておきたい。まず、ヴォータンのユッカ・ラジナイネンは、前回の新国立劇場の「指環」ツィクルスでも同じ役を歌ったらしいが、安定した歌唱で、なかなかよかった。さらに突き抜けた何かがあればもっとよかったが・・・。さらに、ローゲ役のステファン・グールドとエルダ役のクリスタ・マイヤー。この 2人には共通点があって、なんと、私もブログで取り上げた、今年のバイロイトでの「トリスタンとイゾルデ」(10月25日深夜に NHK BS プレミアムで放送予定) で共演しているのだ。グールドがトリスタン役、マイヤーがブランゲーネ役。ただ、今回はグールドの方が若干ミスキャストではないか。トリスタンやジークムントを歌う人がローゲを歌ってよいものでしょうか?! 先入観もあってか、狡猾さがあまり感じられなかった。一方のマイヤー、エルダ役がなかなか向いていると思う。カーテンコールでもいちばん大きいブラヴォーをもらっていた。以下は、劇場で売っているゲネプロからの生写真。このオペラは今日が初日だったから、多分、ネットに上げている人はまだ少ないと思う。サービスサービス。
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この公演では、重要な役はすべて外国人で、脇を日本の歌手が固めていた。二期会のワーグナー公演を聴くと結構いいと思うのに、世界の一線で活躍する歌手と並んでしまうと、さすがに課題が浮き彫りになる。でも、それが日本のオペラ上演のレヴェルを上げて行くと信じたい。冒頭で黄金を守るラインの乙女の 3人は全員日本人。これは、オリンピックで金メダルを目指すシンクロ選手たちではありません。
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それから、2人の巨人にとらわれるフローラ。尚、巨人のうち、殺される方のファゾルトは、日本人のバスの第一人者、妻屋 秀和で、ファフナー役の外人が若干ガラガラした声であったのに比して、全く遜色ないどころか、むしろ上だったのでは。但し、上述の通り、殺されるシーンから最後までずっと舞台上でうつ伏せに寝ていなければならない点、負担だったであろう。以下の写真の右。
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あと、ローゲが地下でつながれたミーメをほどいてやる場面。この文字が私の席からだと、上の方が切れていて、 "Anger" と見えたので、何を怒っているのかと思いきや、"Danger (危険)" でした。
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あ、それから、これがアルベリヒの変身する大蛇。はっはっは。フリードリヒともあろう人が、なんと古典的な。
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最後にオーケストラに触れておこう。ワーグナーだから、相当強く鳴る必要あるわけで、大音響の場面は概してよかった。特に大詰め、神々のヴァルハラ城への入場は、大いに盛り上がっていた。しかし、残念ながら、この休憩なし 2時間半を超える長丁場の中で、特に管楽器にさらなる精妙さが求められるシーンがあちこちにあったことは否めない。飯守の指揮は情景の描き分けを充分に志向していたものの、結果的には少し物足りないような気がした。とはいえ、随所に手慣れた感じも出ていて、カーテンコールでブーが出ていたのはちょっと酷なような気がする。まだ初日なので、日を重ねてよくなって行って欲しい。日本のド M 軍団、耳が肥えているから大変ですなぁ。

by yokohama7474 | 2015-10-02 01:29 | 音楽 (Live) | Comments(0)