東京二期会公演 リヒャルト・シュトラウス : 楽劇「ダナエの愛」(指揮 : 準・メルクル / 演出 : 深作 健太) 2015年10月2日 東京文化会館

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ドイツの後期ロマン派を代表する大作曲家、リヒャルト・シュトラウス (1964 - 1949) は、生涯で 15本のオペラを作曲した。この 15という数、例えばベートーヴェンの書いたオペラの数、1本 (! 笑) に比べれば多いと言えば多いが、ヴェルディのように 30本を超えているではなく、シュトラウスほどの重要な作曲家であれば、すべてのオペラが知られていてもよいような気もするが、実際によく演奏されるのはせいぜいが 5本くらいか。それも、比較的初期 (もっとも、40歳を過ぎてオペラの活動をメインにする前に、あの有名な傑作交響詩群をすべて作曲しているわけだが) のものばかり。初期の 3曲は除外するとしても、オペラ作曲家としての出世作、4作目の「サロメ」以降、「エレクトラ」「ばらの騎士」「ナクソス島のアリアドネ」「影のない女」。ここまでがポピュラーであるが、この後の円熟期に作曲された 8本の演奏頻度は、がくっと落ちるわけである。今回上演されたこの「ダナエの愛」は、実は第 14作目、つまり最後から 2番目の作品で、日本では 2006年になってようやく若杉 弘が演奏会形式で初演。そして今回が舞台上演としての日本初演である。

妙なところに話が飛ぶが、私が生涯で初めて見たオペラは (新国の「ラインの黄金」の記事で少し触れたが)、実は R・シュトラウスの最後のオペラ「カプリッチョ」。しかも場所はザルツブルク音楽祭で、ホルスト・シュタイン指揮のウィーン・フィルであった。なんちゅう大それたことか。でも、その後、シュトラウスの「サロメ」以降の 12作全部を見ることができたかというとさにあらず。今数えてみると、「無口な女」「平和の日」「ダフネ」の 3本をまだ見ていない。でも、そうであればこそ、この「ダナエの愛」を今回見ることができたのがいかに貴重であったかと思い知るのである。

まあそんな珍しい作品であったためか、あるいは金曜の 18時30分という開演時刻のためか、会場の東京文化会館は珍しく空席が目立ち、せいぜい 6割という入りであったか。事前にチラシの配布は盛んに行われていたのだが、さすがのマニアックなクラシックファンの多い東京でも、なかなかにハードルの高い挑戦だったわけである。だがしかし、二期会がやらねば誰がやる。今後も、ワーグナーとシュトラウスは、全作品上演を目指して頂きたい。というのも、今回の演奏も、なかなかに水準が髙かったからだ。私の見るところ、最大の功労者はやはりこの人、指揮の準・メルクルだ。
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1959年の生まれなので、今年 56歳。今まさに指揮者として油の乗り切った世代と言えようか。父がドイツ人、母が日本人で、ドイツやフランスの歌劇場やオーケストラで活躍の場を広げてきた。過去にはライプツィヒやリヨン等、いろいろなポストを歴任して来ているが、現在はどうやらバスク国立管弦楽団の首席指揮者という、ちょっと渋いポストに就いているのみだ。むむ、これは今後シェフを求める機会のある日本のオケにとっては、土下座しても来てもらいたい指揮者ではないだろうか。何せ今回の上演、私の席からは指揮者がよく見えたが、スコアにほとんど目をやることなく、オケに細かい指示を出していた。シュトラウスのオペラは、一旦始まれば、1幕の間ほとんど音が切れることなく流れて行くのだが、その複雑な音の奔流が完全に頭に入っている様子で、感嘆した。オーケストラは、なんと前日の新国立劇場での「ラインの黄金」と同じ東京フィルだ。このオケは以前、合併を経て巨大な規模を擁していることから、このような芸当ができるのかもしれないが、それにしても、ワーグナーとシュトラウスを同時期に公演するとは、なかなかに大変だ。今調べてみると、「ラインの黄金」は、10/1、4、7、10、14、17 の 6回。「ダナエの愛」は、10/2、3、4 の 3回だ。10/4 (日) は、両公演とも 14時開演だから、分身の術でも使わない限り (笑)、やはり楽員を二分し、かつ、少しはエキストラも入れているのであろう。楽団員の分け方は知るところではないものの、「ラインの黄金」よりもこの「ダナエの愛」の方が、正直よく鳴っているような気がした。

今回のもうひとつの興味は、映画監督として知られる深作 健太が、オペラを初演出することだ。まあ、ご本人としてはこの紹介はいやかもしれないが、避けて通れない (笑) 紹介としては、父はあの「仁義なき戦い」シリーズの名匠、深作 欣二だ。なんでも、健太という名前は、高倉 健と菅原 文太から一文字ずつ取ったという。それはまた、なんとも重い。でも、ご本人はこんな感じの童顔で、決してヤクザ役を背負っている雰囲気はない (?)。
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父親の欣二監督は、「仁義なき戦い」シリーズの超絶的な凄さもさることながら、「バトルロワイアル」(原作も好きで、作者、高見 広春のサイン本も持っている。本棚でなぜか、「日本の名著 平田篤胤」と並んでいる。笑) に絶賛を惜しまない私なのであるが、彼が志半ばで逝去し、完成できなかったその続編、「バトルロワイヤル II 鎮魂歌」を、この健太監督が完成させ・・・大変申し訳ないが、率直に申し上げて、とてもガッカリな出来だったと記憶している。なので、今回の演出には少し不安を覚えて臨むことになったが、結果的にはまずまず好感の持てるものであった。簡素な舞台装置ながら、作品を邪魔することのない演出であった。この作品は 3幕から成るが、第 1幕では、ポルクス王の宮殿という閉ざされた空間に債権者が殺到し、王は娘のダナエの嫁入りによって財政的な窮地を逃れようとする。
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ところが、ダナエに惚れたユピテルが、ダナエが憧れるミダス王 (例の、触るものみな黄金に変えてしまう王) の格好で入ってくる。私の見るところ、この空間はダナエの処女性を象徴しているのではないか。ギリシャ神話で知られる通り、ユピテル (ジュピター) は、黄金の雨に変身してダナエと関係を持つのだ。
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第 2幕では、ダナエが本物のミダスとユピテルの間で選択を迫られ、最後にはミダスを選ぶ。
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第 3幕は、この 2人がともに人間として駆け落ちすることで、既にミダスの黄金の魔法もなくなっているが、それでもこの 2人の間には愛が芽生えている。それと対照的に、ダナエを諦めきれないユピテルは自らの老いと向かい合って絶望感を抱くこととなる。
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このオペラ、実は 1944年に完成して、作曲者の生誕 80年記念にザルツブルクで初演されるはずが、さすがに戦局の悪化が著しく、関係者だけを招いた内輪のゲネプロ (総練習) の上演しかなされなかったらしい (その後 1952年に一般初演)。シュトラウスといえば、戦争中にドイツの帝国音楽院総統を務めるなど、ナチズムに屈服したという評価もあるし、未だにイスラエルではワーグナーとシュトラウスの演奏には多大な困難がつきまとうわけだが、実際にこのシュトラウスの創作活動を追うと、全く政治には興味がなかったのだなと思う。この「ダナエの愛」もそうだが、最後の作品、「カプリッチョ」は、オペラにおいて音楽が先か台詞が先かというテーマを扱っているのだ!! おいおいおい、ドイツが壊滅の危機を迎えていた戦争末期にそんなに悠長でいいんかい。本当に爽やかなまでに政局に興味がなかったのだなと思う。もっとも、凄惨な戦争の継続に嫌気を差して、ひたすら清澄な世界を求めたということなのかもしれないが。

今回出演した歌手たちは、それぞれに大健闘であったと思う。特に、ダナエの林 正子と、ミダスの、日本を代表するテノールであり続ける福井 敬には、大きな拍手を送りたい。

さて、このように見応え充分、考える材料充分の、価値ある公演であった。歌手も演出家も全員日本人。オケも多分ほぼ全員日本人。指揮者も、半分日本人。一国でこれができる国はそうそうあるものではない。もちろん、見る方は、日本人だからどうのということではなく、海外の演奏に接するのと同じ水準で評価すればよい。シュトラウスの残りの作品も、是非是非お願いします!! 作曲者もあの世からそう願っているに違いない。
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by yokohama7474 | 2015-10-04 00:09 | 音楽 (Live) | Comments(0)