京都 霊山護国神社、霊山歴史館、清水三年坂美術館、高台寺、圓徳院、赤山禅院、曼殊院、圓光寺

10月 3日の土曜日、京都に遊んだ。私にとっては、幼少の頃より足繁く通い、今でも毎年訪れる、庭のような場所・・・などとうそぶいているが、この街の懐はとてつもなく深い。行けども行けどもまだまだ知らないところが目白押し。1ヶ月くらい滞在して毎日ほっつき歩けば少しは「京都をよく知っています」とでも言えるようになるのだろうが、まだその機会は訪れず、やむなく、単発で訪れる度に、今まで行っていないところを含めるくらいが関の山だ。

今回のメインの目的は、追ってアップ予定の京都コンサートホールでのコンサート鑑賞。開始が 15時だから、あまり時間がない。駅前でレンタカーを借り、ものも言わずに走り出した (ひとりだから、ものを言っているとちょっと不気味だったかも)。

まず、東山の高台寺方面に向かう。かなり急な斜面を持つ山の上に、未だに訪れたことのない場所が。それは霊山 (りょうぜん) 護国神社。その隣の霊山観音には、確か中学生の頃行ったことがあるが、この神社は初めてだ。ここに、一般にもよく知られた墓がある。これである。
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歴史好きの方ならすぐお分かりであろう。ここ京都で凶刃に斃れた、坂本龍馬と中岡慎太郎の墓である。この神社、明治維新が成った直後の 1868年 (明治元年だが、この神社の設立の時点では未だ慶応 4年だった)、明治天皇の命で、維新目前で命を散らした志士たちを祀るために建てられたもの。山口、高知、福井、鳥取、熊本等の人たちが葬られている。そんな中、この龍馬と慎太郎の墓は、墓地エリアの入り口に近いところにあって、京都を見渡すことのできる眺望のよい場所で、明らかに特別扱いだ。明治維新の評価は最近ではいろいろあって、中でも圧倒的な人気を誇る坂本龍馬が、果たして一般に流布しているイメージのようなカッコいい人であったのか否かは分からず、司馬遼太郎が作り上げた偶像に過ぎないという説もあるようだ。そうすると、この墓の特別扱いも昭和に至ってのものか? その点はよく分からぬが、ま、歴史の浪漫を感じるにはそのような現実的な詮索をしない時間があってもよいだろう。少し坂を上ったところにある、維新ミュージアム 霊山歴史館には、いろいろと興味深い明治維新関連の展示があり、その中には、実際に龍馬を斬ったと伝わる短い刀もある。さて、歴史の真実やいかに。

次に向かったのは、今回最も行きたかった場所、京都三年坂美術館だ。きっかけは去年、三井記念美術館で見た、この展覧会。
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以前このブログでも、今年見た同様の展覧会をご紹介したし、数年前にも東京国立博物館で、明治時代に日本が欧米の万国博覧会に出品した美術工芸品を集めた展覧会を見て、その展示物の精緻さや豪快さに、まさに驚天動地の経験をしたことがあった。上記の三井記念美術館での展示物は、最近京都にできた三年坂美術館の所有物であることから、今回の目的地として真っ先にピックアップしたのだ。三年坂といえば、京都有数の観光地、清水寺に上って行く坂道だ。大変賑やかで、はて、こんなところにそんな渋い美術館があるのかと思ってキョロキョロしていると、あ、ありましたありました。こんな、和菓子屋や漬物屋かと見紛うような門構え (笑)。
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中に入っても展示スペースは決して広くはないが、そこに展示されている明治工芸の超絶技術!! 見ていて飽きないし、また、身動きもせずに作品に見入っている人もいて、なにやらそこは、職人のこだわりが空気中を漂うような、濃密な空間だ。作家の名前としてひとり挙げておくと、安藤 緑山 (あんどう ろくざん)。その生涯は詳しいことが分かっておらず、極めてリアルな象牙彫刻の数々を残したが、記録がないためその製法は長らく謎とされてきた。近年の研究で少しずつ解明が進んでいるらしいが、同じものを作るのは至難の業だろう。例えばこの筍と梅。象牙と信じられる人がどのくらいいるだろうか。
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さて、その後は、きっと混んでいるであろう清水寺には向かわず、高台寺へ。ここは秀吉の菩提を弔うため、正室の北政所ねねが創建した寺である。家康からの寄進もあり、一時は広大な伽藍を誇った。その後度々火災に見舞われたとはいえ、数々の秀吉ゆかりの重要文化財建造物が残っている。
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史跡・名勝に指定されている庭園は、小堀遠州作。
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また、千利休の意匠による傘亭・時雨亭も非常にユニーク。傘亭は、外見は茶屋風の檜皮葺の建物で、大きくは見えないが、中を覗くと、傘の骨を張ったような構造になっており、なんとも洒脱である。
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境内を回っての帰り道、ふと横を見ると、霊山観音が。なんだかシュールな感じ。
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高台寺に付属する掌 (しょう) 美術館を見て、その隣の圓徳院へ。ここは北政所が、秀吉との思い出深い伏見城の御殿とその前庭を移築して移り住んだ場所で、彼女はここで 77歳で没したという。この日は大変天気がよく、木洩れ日も情緒がある。
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この庭が伏見城からの移築になるもので、大きな石が多く、桃山時代らしい豪快な作り。お寺の人の解説によると、それらの石は秀吉が全国の大名から寄進させたもので、裏には寄進した大名の紋が刻まれている由。もともと池泉回遊式であったものを枯山水に作り替えている。
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高台寺の近くに、日本画家 竹内栖鳳 (猫の絵で有名) の旧居を発見。今はイタリア料理店になっているらしく、結婚式でもあったのか、貸切で入れなかったものの、この門構えに痺れましたよ。
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さて、コンサートまで残りわずかだ。そろそろ北上した方がいい。適当な寺に立ち寄るのでもいいのではないか? だが、生まれつき観光に関しては貪欲な私は、地図を眺めつつ、これまで行ったことがなく、以前から行きたかった寺を発見、車を転がすことにした。このお寺だ。
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大明神とあるが、一般的には赤山 (せきざん) 禅院と呼ばれている。京の都の鬼門、つまり東北の方角を守るために、慈覚大師円仁の命を受けて 888年に創建された。京都でも有数のパワースポットとして知られる。京都は風水思想に基づいて設計されたことはよく知られているが、ここはそのひとつの表れ。実は観光の対象となるものは何もないが、なんともいえない神秘的な雰囲気のあるところだ。大体、天台宗の寺のくせに「禅院」として知られていたり、「大明神」と名乗ったりする。かつ、境内には七福神もあるのだ。うーむ、このごった煮感には、整備された宗教よりはアニミズムの匂いがする。この寺を象徴するのが、拝殿上にある猿の彫刻だ。猿、つまり申は西南西の方角で、鬼門の逆であることから、邪気を封じる力があると信じられている。なんでも、昔暴れて人々を困らせたので、金網の中に入れられたという。
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さて、少し南下して、次は曼殊院門跡 (まんしゅいんもんぜき) へ。ここは数ある京都の紅葉の名所のひとつでもあり、国宝、黄不動画像でも知られる。私も何度も来たことがある。もちろん紅葉はまだ影も形もないが、京都らしい情緒はいつでも味わうことができる。
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私が心から尊敬する谷崎潤一郎が寄贈した鐘というのもある。
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それから、ここでも今回、思わぬ収穫が。京都三名席のひとつ、重要文化財 八窓 (はっそう) の茶室の中に入れるというのだ。特別拝観料 1,000円は決して高くない。私ひとりのために若い坊さんがついてくれ、中で一通り解説をしてくれた。なんとも贅沢な時間。八窓というだけあって、天井にあるものを含めて八つの窓があり、外からの光の反射の繊細なこと。江戸時代初期に建てられたようだが、詳しいことは分かっていないらしい。それにしても、このような極限的に質素な美的空間で茶の湯を立てた人たちは、戦乱の日常を忘れて感性を磨いたことだろう。
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さて、いよいよ時間がなくなって来た。近隣でもうひとつどこかに行くから、やはり詩仙堂だろう。これまた風流を極めた場所だ。だがしかし、ナビに従って細い路地を進む私の目に、知らない寺院の名前が・・・。圓光寺。よし、こっちにしよう!
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この説明板にある通り、家康の開基による寺院だが、足利学校から禅師を招いた学校であったようだ。そういえば門構えも学校のようで、身の引き締まる思い (あ、それは学生時代勉強しなかったから緊張しているだけなのかも?)。
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奔龍庭という、まさに龍が天空を駆けるような豪快な現代的庭園もある。
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またこれは、十牛之庭。こちらは近世初期のものらしい。
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毛氈の赤の反射も、木洩れ日も、すべてが美しく、静けさが日常の垢を洗い落としてくれる。
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さて、コンサート前の京都観光はここまで。行く度に新しい発見のある京都で、今回も発見がてんこもりだ。

・・・あ、発見といえば、ほかにもありました。高台寺から清水寺界隈で、やけに和服の人を多く見かけ、中には季節外れの涼しげな浴衣の人もいるではないか。ほーっ、そういう趣味の人って結構いるんだねぇと思っていると、その方々は皆さん、我が国のお隣の大国からおいでの方々だったのだ。そういえばちょうど国慶節。日本への観光客が増えていると聞いてはいたが、なるほどそうだなと納得した次第。日本滞在を楽しんでもらえるなら、こんなに素晴らしいことはない。とそこに、向こうから芸妓さんが歩いてくるではないか。おー、これは京都らしい、と思ってカメラを向けたのだが、むむむ、なにやら指南をしている人が。なんだろうと思って見れいると、芸妓さんたちの口からは、はんなりした京言葉ではなく、お隣の大国の言葉が!! なんと、これも観光のサービスのひとつであるらしい。これ、メイクにも着付けにも相当時間がかかると思うが、それでも体験したいという異国の女性たちが多いということでしょうね。遠いとこ、よぉおこしやす。
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まこと、京都は訪れる度に発見のある街だ。


by yokohama7474 | 2015-10-14 00:12 | 美術・旅行 | Comments(0)
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