針とアヘン ~ マイルス・デイヴィスとジャン・コクトーの幻影 (作・演出 : ロベール・ルパージュ) 2015年10月11日 世田谷パブリックシアター

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東京、三軒茶屋にある世田谷パブリックシアター。世田谷区の公共施設であるが、なかなかオシャレな場所である。佇まいはこんな感じ。
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キャロットタワーと名付けられたこのビルには行政機能も備わっており、「住民票はこちら」などと書いてあると、ふと世田谷区民のふりをして、受付にいそいそと出かけて行きたくなる (笑)。だがそこをぐっとこらえて、今回は演劇鑑賞だ。以前にもここで芝居 (蒼井優主演の「サド侯爵夫人」、もちろん三島由紀夫のあれだ) を見たことがあり、今回が二度目になる。13時開演ということで、直前にランチをしようと思ったところ、どうやら最上階の 26階に展望レストランがあるとのことだったので、早速行ってみることに。その名もレストラン スカイキャロット。広々としたお店でメニューも豊富、しかも気の効いたことに、窓際のテーブルには 2名で並んで座り、眺望を楽しむことができる。この見晴らし、なかなかです。真ん中に東京タワー、左のずっと奥の方に、見にくいが東京スカイツリーも見える。落ち着いて過ごせる、いいお店です。推薦しておきます。
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さてこの芝居。一風変わった題名である。"Needles and Opium"、つまり「針とアヘン」、副題が「マイルス・デイヴィスとジャン・コクトーの幻影」だ。スタイリッシュなチラシとともに私の興味を惹いたのは、作・演出のロベール・ルパージュという名前。うーん、どこかで聞いたことがある。でもなんだか思い出せないぞ。まあしかし、この手のパフォーマンスは、ピンと来たら 110番。すぐにチケットを購入したのである。その後も結局、ルパージュの名前をどこで聞いたのか思い出せなかったものの、ニューヨークのメトロポリタン・オペラで最近、あのワーグナーの「ニーベルングの指環」4部作を演出していて、その映像作品がディスクでも出ていることが分かった。その内容を見たことはなく、ほとんど事前情報はなかったのだが、それでもピンと来た自分の勘を信じよう。・・・そして勘は見事的中。大変面白い作品であった。チラシの宣伝文句にルパージュのことを映像の魔術師と形容していて、この手の呼び名は眉唾なことも多いのであるが、今回ばかりは正真正銘、映像の魔術師の称号に偽りはない。

マイルスとコクトーの接点についてはすぐには思い当たらなかったが、なるほど、「針とアヘン」、つまりドラッグだ。この作品、1949年に米国人マイルスがパリに出て人気を得、歌手のジュリエット・グレコと恋に落ちたことと、同じ年にフランス人コクトーがニューヨークを訪れ、LIFE 誌の取材を受けたりした、それら歴史的事実に、カナダのケベック州から傷心のままパリに来てテレビ ? のナレーターを務める俳優ロベールの、まるでドラッグ中毒のような幻想を織り交ぜた、極めて夢幻的な作品だ。登場人物はほぼ 2名で、白人と黒人だが、そのうち黒人の方は、マイルスのイメージを演じるだけで台詞はなく、喋るのは専ら白人俳優のみ。もともと1993年に上演された独り芝居であったものを、最新の映像技術を駆使して再構成したものだということらしい。

まず舞台には立方体を斜めに切った半分、つまり 3つの面がそれぞれ垂直に交わっている構造体があって、結局すべてはそこで進行する。最初にアヘン中毒のときのコクトーの自画像を思わせる光の線の往復が男の上に走り、コクトーの米国訪問に関する独白が始まる。
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しばらくすると俳優は宙に浮き始め、あっと思う間もなく、宇宙空間の中にいるように、くるりと背中から一回転する。吊っているのは分かるのだが、その浮遊の自然さに、あっと息を呑む導入だ。それから調子に乗ってぐるぐる回るかというと、さにあらず。もう一度見たいと思う観客を裏切るように、回転は一度だけ。
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私はもともとコクトーが大好きで、あれこれ映画も見たし、自宅の書棚には彼の展覧会のカタログや著作が何冊も並んでいるのであるが、その中から、その名も「阿片」という作品を取り出してみよう。この芝居の冒頭シーンは、この著作の以下の部分を思わせる。訳は堀口 大學である。

QUOTE

阿片を喫む者は、熱空気球 (モンゴルフィエール) のようにゆっくり上昇し、ゆっくり身体の向きを変え、ゆっくり死んだ月の上に降りる。一度降りてしまうと、月の引力が弱いながらも作用するので二度と上昇できない。立ち上がっても、ものを云っても、仕事をしても、交際をしても、外見上生活していても、その身振り、そのもの腰、その肌、そのまなざし、その言葉はすべて、別の薄明と別の重苦しさの法則に左右される生活の反映にしかすぎない。

UNQUOTE

この印象的な冒頭から、件の立方体の半分は、様々な場面の映像を照射され、またそれ自身が回転することで、まさに千変万化である。ドアやベッドも、90度回転してその姿を消したり現したりするのだ。これは、コクトーが窓から身を乗り出しているところ。
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これはマイルスの演奏のイメージ。
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これはパリのホテル。
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それがこんな風に傾いて行く。
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トランペットを組み立てるマイルス。手元のイメージが立方体に投影される。
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時には立方体から下り、トランペットを吹くイメージを示す。
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そして、巨大な注射針に身を投げ出すマイルス。
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実に驚くべき鮮烈なイメージの連続だ。それでいて、時折ユーモラスなシーンもあり、客席から大きな笑いも起こる。幾分高踏的でもあり、一方で人物描写も簡略で的確、パリのイメージやニューヨークのイメージをうまく使いながら、錯綜する時の中にたゆたう居心地のよさを観客に与える。こんな演劇、そうそうあるものではない。

改めてコクトーのことを考えてみる。終生ダンディだった彼は、疑いのないマルチタレントであったが、その洒脱に見える作風の裏には、どうしようもない厭世観が存在しているように思う。戦争という社会的悲劇を体験し、最愛のラディゲを若くして失うという個人的悲劇を体験した近代人として、既に洒脱一辺倒では生きて行けなかった男の、複雑な心理によるものだろう。この芝居の中で、このようなシーンがある。多才ぶりを自ら揶揄するようなシーン。
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これは、よく知られている以下の写真がもとになっている。今回初めて知ったが、実際に 1949年の渡米時に LIFE 誌の求めに応じて撮影されたもの。
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一方のマイルスであるが、マイルスマイルスと、通ぶって知ったように呼んでいるが (笑)、実はそれほど彼の音楽を聴いているわけではない。ただ、有名な "Bitches Brew" ほか何枚かアルバムを持っているし、ある時古本屋で手に取って無性に興味を覚えて購入した、中山 康樹著「マイルスを聴け!」増補改訂版 (あらゆるマイルスの録音を延々紹介した本)、全 640ページも読み通した。あ、そうだ、この芝居にも出てくるルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」でのマイルスの即興演奏、あれには痺れましたね。うーん、やはり、マイルスマイルスと、通ぶった呼び方をしてしまいます (笑)。ジャズってそういう気取りのある音楽なのかもしれない。
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このようにこの芝居には、本当に脱帽した。いずれルパージュ演出になる MET の「指環」のディスクも買って、じっくり鑑賞してみたいとは思うが、またド M になるかと思うと少々癪なので、代わりと言ってはナンだが、久しぶりに「死刑台のエレベーター」でも見ようかなという気になっている。次回のルパージュ演出作品の日本での上演は、2016年 6月下旬から 7月上旬、東京芸術劇場プレイハウスほかにて、「887」なる作品とのこと。見逃してなるものか!!

by yokohama7474 | 2015-10-18 00:26 | 演劇 | Comments(0)
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