宮川香山 眞葛ミュージアム

7月25日の記事で、名古屋のヤマザキマザック美術館で開催されていた宮川 香山 (1842 - 1916) の超絶的な焼き物をご紹介したが、彼の作品を集めた美術館、宮川香山眞葛 (まくず) ミュージアムに出掛けてみた。この美術館が建っているのは、横浜駅からさほど遠からぬ、横浜ポートサイド地区。過去 10年くらいの間に再開発されたエリアで、このようなモダンなタワーマンションが林立している。目指す美術館はその一角にさりげなく佇んでいる。
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まずはひとつ、香山の作品を見て頂こう。
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焼き物の壺なのであるが、そこから鳥が飛び出している。この感覚、ほかの日本の焼き物にあるだろうか。寡聞にして私は、少なくとも江戸時代にこれに類する焼き物が多く焼かれたという印象はない。ということは、明治期になんらかの理由によってこのような造形が頻繁になされたのであろうか。これまでにいくつかの記事でご紹介した明治時代の工芸品の凄まじい職人芸には、何か原動力があったはずだ。

日本人はもともと、自分たちの持っている実力について客観的な評価を下すことを得意としていないように思う。しばらく前に「日本辺境論」という本を読んだことがあるが、日本人はその長い歴史の中で、他国を牽引するような発想を持たずに、何かほかの中心的な存在から離れたところにいるという感覚で暮らしてきたという趣旨の本で、大変興味深かった。外圧を受けると恐れおののき、外国から見ても恥ずかしくないものを作ろうとする、そのようなメンタリティーが日本人には宿っているような気がする。日本の芸術もしかり。浮世絵の価値が海外で認められると分かると、それまで国内では見向きもされなかった浮世絵が、世界の芸術になる。黒澤明がヴェネツィアで賞を取ると、突然世界のクロサワになる。長らく海外で活躍していた小澤征爾がウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任すると、あるいは、大江健三郎がノーベル賞を取ると、慌てて文化勲章を授与する (あ、大江健三郎は拒否したのでしたね)。なんとも可笑しい限り。自分たちのやっていることを自分たち自身で評価できない、憐れな日本人。

明治時代は確かに、日本が海外に目を開き、がむしゃらに先進文明に追いつこうとした時代。そんな頃、欧米で数年おきに万国博覧会が開かれ、日本政府も国の威信をかけて美術・工芸品を出品した。その流れがあるのか否か、同時代の素晴らしい工芸品の数々が輸出用に作られ、国外で評価を高めることとなった。この宮川香山は、そのような時代に活躍し、空前絶後の作品を数々作った人だ。もともと京都の生まれで、若い頃は絵を描いていた。池大雅の弟子の息子に学んだとのことで、このような文人画を描いているが、題材は中国の陶磁器窯だ。若い頃から窯に興味があったものであろうか。
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そして、早くも明治 3年 (1870年)、横浜に輸出用の陶磁器を作るために眞葛窯 (まくずがま) を開いた。これは香山の生まれた京都の眞葛ヶ原に因んだものだろう。彼の作品を集めた美術館が横浜にあるのは、それゆえだと思われる。これは当時の窯の様子を描いたもの。古いですねー。
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当時、香山の作品は、欧米で大層もてはやされたらしい。この美術館が所有する、その華麗な作品の数々を見てみることとしよう。嬉しいことに、ここでは写真撮影が自由となっている。
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見れば見るほどに素晴らしい。だが、このような手法、高浮彫 (たかうきぼり) は、手間に比して経済性はよくなかったのであろう。香山は途中で作風を一変し、釉薬を研究し、清朝の磁器に倣った作品を作るようになった。この美術館には、そのような時代の作品もあれこれ並べられている。
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しかし、香山の遺作というのがこれだ。ここでは質素ながらも一匹の蟹が高浮彫として表されている。制作コストや作品の売れ行きという実務上の課題も多々あったであろうが、やはり香山が目指したのは、ただの焼き物ではなく、そこに命の息吹が存在する高浮彫であったのだと思う。
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このような作品は、フランス世紀末、アールヌーヴォーを代表する工芸家、エミール・ガレに直接影響を与えたのであろう。ガレが模倣したジャポニズムは、江戸時代の美術ではなく、最近まで忘れられていた宮川香山のような同時代の日本の芸術家によるものではなかったか。以下にガレの作品を二つ掲げておく。
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調べてみると、ガレは 1846年生まれ。香山のわずか 4歳年下。完全に同世代である。そのように思うと痛快ではないか。ヨーロッパの先端美術の霊感の源泉が、同時代の日本美術であったとは。日本がこれから成熟国家として存在感を示すには、まずは自分たちの文化的な伝統に気づくことではないか。このような美術館の開館により、我々日本人自身が、自らの文化に目を啓かされることになっている。ほんの小さな美術館ではあるが、リゾート地のガレの美術館に行かれるのであれば、是非横浜のこの美術館にも足をお運び頂きたいと願う次第である。その感覚があれば、「世界のナントカ」と言った表現はなくなって行くはずで、日本が文化国家として胸を張るためには、そのような風潮を醸成する必要があるだろう。頑張れ、ニッポン!! (あーあ。このような掛け声が辺境だっつぅの)。

by yokohama7474 | 2015-10-18 22:47 | 美術・旅行 | Comments(2)
Commented by 通りがかり at 2016-07-01 19:02 x
先日のサントリー美術館での展覧会で、初めて宮川香山を知りましたが、自分もガレとの類似性を感じました。

そして、驚くべきことですが、先日始まったサントリー美術館のガレ展では、ガレの旧蔵品として宮川香山の作品が展示されていましたよ。
Commented by yokohama7474 at 2016-07-01 23:41
> 通りがかりさん
コメントありがとうございます。サントリー美術館での宮川香山展には結局行けませんでしたが、同美術館で今開催中のガレ展に、ガレ所蔵の香山の作品が出品されているのですね。それは興味深いです。是非見に行きたいと思います。よろしければまたお立ち寄り下さい。
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