FLUX Quartet 現代を生きる音楽 2015年10月17日 神奈川県民ホール小ホール

e0345320_23154404.jpg
この日はもともと別のコンサートが入っていたのであるが、このモノクロのスタイリッシュなチラシを見て、別のコンサートのチケットはネットで売却し、こちらを聴きたいと思ったのだ。神奈川国際芸術フェスティバルのオープニングコンサートとして、フラックス・クァルテットという弦楽四重奏団が一連の現代音楽を採り上げる。しかも、プロデュースは、日本を代表する作曲家で、今や長老となってしまった一柳 慧 (いちやなぎ とし) だ。
e0345320_00434690.jpg
いわゆる日本の現代音楽の分野において、元祖前衛というイメージのある一柳だが、1933年生まれなので、今年実に 82歳!! ということになる。上の写真は最近のものであるはずだが、とてもそんな年には見えない。ジョン・ケージの弟子として、あの衝撃的な「4分33秒」(ご存じの方も多いと思うが、舞台上に演奏家が何人も現れるのに、4分33秒間舞台にいて、全く音楽を演奏せずに去って行く。その間に聴衆が耳にするあらゆる音こそ音楽という禅のような発想で書かれている) を日本に紹介し、オノ・ヨーコの最初の旦那であり、オペラやシンフォニーを含む多くの作品を発表して来た作曲家。この日のコンサートは、その一柳のプロデュースにより、ニューヨークを拠点として現代音楽を専門に採り上げるフラックス・クァルテットが日本初上陸だ。FLUX とは、当然ながら、一柳自身もそこに身を投じた 1960年代の前衛芸術活動、フルクサスに因むものだろう。写真は以下の通り。
e0345320_23282728.jpg
左から、第 1ヴァイオリンのトム・チウ、第 2ヴァイオリンのコンラード・ハリス、ヴィオラのマックス・メンデル、チェロのフェリックス・ファン。今回はここに、ニューヨーク・フィルのピアニストであるエリック・ヒューブナーが加わった。写真のこの 4人。いかにもニューヨークのクァルテットらしく、人種は様々である点、ユニークだ。左端のトム・チウに至っては、私の知り合いの渡辺さんそっくりだ (誰やねん、渡辺さん)。

曲目がこれまた、渡辺さんもびっくりするくらい過激だ。あ、もちろんそれは渡辺さんが現代音楽マニアではないという前提でだが。
 ジョン・ケージ : スピーチ (1955)
 一柳慧 : 弦楽四重奏曲第 3番「インナー・ランドスケイプ」(1994)
 黛敏郎 : プリペアド・ピアノと弦楽のための小品 (1957)
 コンロン・ナンカロウ : 弦楽四重奏曲第 1番 (1945)
 ジョン・アダムス : フリジアン・ゲート (1977-78)
 エリオット・カーター : ピアノ五重奏曲 (1997)
 ジョン・ゾーン : デッドマン (1990)

最初の「スピーチ」がどんな作品かというと、時間の指定に基づいてランダムにラジオの音声を流し、舞台にいる人物が適当に新聞を読むというもの。開演時刻前にふと舞台を見ると、プロデューサーの一柳が舞台にいて、講演台のようなものを前に腰かけている。そして、天気の話や TPP の話や、マイナンバーを巡る厚生労働省の汚職のニュースを断片的に読み上げるのだ。いわゆる音楽は一切なし。でも、これは非常に面白かった。上述の「4分33秒」と同じく、演奏の最中に聞こえる音や、単なるオブジェと化したラジオの音声や、問題山積のはずの現代日本のニュースですら、あたかも空間を包む壁紙のように無機的に聞こえるから不思議だ。初めて聞く一柳の声はいささか甲高く、「ああやっぱり老人の声だな」という感じであった。プログラムを見ると、一柳は「友情出演」とある。ノーギャラにもかかわらず、渾身の熱演 (?) だ。

その他の曲は、おしなべてそれぞれの作曲家の個性がよく出ていた。一柳自身の曲は意外と抒情性があった。黛はやはりジョン・ケージの影響を大きく受けており、ピアノ線に消しゴム等を挟んで、ポロンポロンという音を出すプリペアド・ピアノを使った曲は、いかにも 1950年代、前衛が未だ元気であった頃の作品だ。ナンカロウは、自動ピアノのための作品で知られる作曲家であるが、この弦楽四重奏曲は、確か以前クロノス・クァルテットが録音していたものではあるまいか。錯綜する声部に耳が痛くなる曲だ。その点、後半の最初を飾ったジョン・アダムスのピアノソロのための曲は、彼特有のミニマル調が耳に心地よい。エリオット・カーターは 2012年に104歳で亡くなった作曲家だが、私も 2006年だったか、彼の作品の幾つかをニューヨークで聴き、ストラヴィンスキーの「兵士の物語」の語り手として登場したのを見たが、ここでの作品は立派に前衛している。89歳のときの作品とは!! そして最後のジョン・ゾーンであるが、いわゆる芸術系の現代音楽の作曲家とは異なるマルチな音楽家で、私も昔、近藤譲の著作など読んで、CD を買ってみた。それはもう、通常の音楽の範囲を超えていて、今回の作品も、弦楽器がバリバリと異様な音をたてまくるファンキーなものだ。

このクァルテットの技術はそれは大変なもので、それなくしてはこれらの現代音楽は成り立たないだろう。鮮烈な日本デビューであり、これからも時々日本でパフォーマンスを見せて欲しい。

さてここでまた、一柳慧である。私にはひとつ、とっておきの面白いネタがあるのだ。数年前に古本屋で、大変昔の「音楽之友」誌が何冊かまとめて売られていたので、買ってみた。その中の 1冊、1950年新年号。今から 65年前のものだ。硫酸紙でカバーされているので、ちょっと見にくいが、もちろん表紙は楽聖ベートーヴェンだ。
e0345320_00070900.jpg
この雑誌に以下のようなページがある。なになに、第 18回音樂コンクール第一位入賞者? お、ヴァイオリンの小林武史、声楽の伊藤京子、作曲一部の石井歓など、その後活躍する人たちが、まだ若い時分に入賞しているわけである。こうしてみると、コンクールというものも捨てたものではない。だが、中でも右の列のいちばん下の眼鏡の少年、なんだかまだ子供のようですよ。
e0345320_00090141.jpg
歴史の流れの中に埋没した才能もいろいろあるだろう。これはなんという人だろうか。
e0345320_00131425.jpg
なになに、作曲二部。いち・・・え??? 一柳慧??? 当時 17歳にもなっていないはずである。まあ面影があるといえばあるが、本当に子供ではないか!! こんな経歴は既に忘れられているのだろうと思って調べてみると、今回のプログラムにはこうある。「高校時代に第18回及び20回毎日音楽コンクール (現日本音楽コンクール) 作曲部門第 1位入賞」!! また、Wikipedia でも、「非常に若い時分から才能を発揮し、青山学院高等部在学中、1949年から1951年にかけて、毎日音楽コンクールで3年連続入賞(うち2回は1位)するなどし、天才少年と謳われた」と書かれている。とすると、この 65年前の雑誌の記事は、記念すべき天才作曲家のデビューの頃の貴重な記録ということになる。

ちなみに、園部三郎という評者の論評は以下の通りで、手厳しいながらも将来を嘱望する様子が伺える。文字づかいは原文のママ。

QUOTE

ピアノ・ソナタでは、私は二位になった中田喜直氏 (注 : これはあの「ちいさい秋みつけた」「めだかの学校」「夏の思い出」等の童謡で知られる、あの中田喜直だろう!!) の作品を一番いいと思った。一位の一柳慧氏はなかなか才能のある人のようだが、まだフランス音樂の温床の中にいて、彼の若さにもかかわらず、上手に作品をまとめあげさせたというだけだ。ドゥビュシーのシュークト・ベルガマスク (注 : 有名な「月の光」を含むベルガマスク組曲のことだろう。Suite をシュークトと発音するとは思えないが) が顔を出したり、その他の近代作曲家の幾人かがきき手の頭をかすめるが、それはともかくとして、和聲法の薄弱さが、ふんい氣の近代性にもかかわらず、この人の作品を至極子供っぽいものにしている。しかし、この人が身につけている作曲するための「手」は、なかなか非凡なものだとおもう。

UNQUOTE

興味深いのは、器楽の演奏と作曲とが同じコンクールの別部門となっていることだ。作曲とはそれだけ当時の音楽の聴き手にとって身近なものであったということか。それにしても、ドビュッシーは 1918年死去だから、この文章が書かれた 32年前までは生きていたことになる。そう思うと、過去から現在、未来と連綿と続く人間の文化活動には、切れ目がないのだなぁと改めて思い知る。ただ、この幼い少年が、その後数年でジョン・ケージだフルクサスだという、最先端の前衛活動に身を投じようとは、この園部という評論家も予想しなかったのではないか。もちろん、私の知り合いの渡辺さんにも想像できなかったであろう (笑)。

そんな中、一柳の名を冠した新たな賞が今般創設される。対象は作曲だけではなく、演奏や評論も入るらしい。
e0345320_00352069.jpg
今や長老になった彼の目には、以前自身が浴びせられたような、「至極子供っぽい」という言葉で形容したくなる音楽活動がいろいろあると思う。そうではあっても、お眼鏡にかなう才能を発掘すれば、それによって文化の連続性は保たれるわけで、このような賞は非常に重要であると思う。今回のフラックス・クァルテットの日本への紹介のような意義深い活動を、末永く続けて頂きたい。渡辺さんも期待しているはずです。って、誰やねん。

by yokohama7474 | 2015-10-19 00:44 | 音楽 (Live) | Comments(0)
<< 小林研一郎指揮 東京フィル (... 宮川香山 眞葛ミュージアム >>