チョン・ミョンフン指揮 ソウル・フィル (ヴァイオリン : スヴェトリン・ルセヴ、チェロ : ソン・ヨンフン) 2015年10月19日 サントリーホール

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韓国が生んだ大指揮者、チョン・ミョンフン。既に世界各地で偉大なる足跡を印し、日本でも東京フィルの元スペシャル・アーティスティック・アドヴァイザー (現桂冠名誉指揮者) として、また外来オケの指揮者として、幾多の演奏を繰り広げて来た。今回、「サントリーホール・スペシャルステージ2015」と題して開かれる彼の 3回の連続コンサート (ひとつはこのソウル・フィルとのもの、ひとつは東京フィルとのもの、そしてもうひとつは、ピアニストとして室内楽を演奏するもの) は、日韓国交正常化 50周年記念と銘打たれている。お、ということは、ちょうど私の生まれた 1965年 (昭和 40年) に日本と韓国は国交を正常化したことになる。よく、近くて遠い隣人などという表現もあるが、少なくとも民間人同士、あるいはこのような文化芸術分野での交流は、何も特別に国交がどうのこうのと言うレヴェルを超えた交流がなされている。従ってこの一連のコンサートも、公式行事めいたものは何もないらしく、いわゆる通常のコンサートの連続であるようだ。仰々しさのないところに好感が持てる。

韓国のオーケストラ情勢に詳しいわけでは決してなく、これまでにソウルでオーケストラ公演やオペラに行ったことはあるものの、いずれも日本やロシアなど、韓国外の団体によるものであった。今調べてみると、このソウル・フィル (Seoul Phiharmonic Orchestra) は国内名称ではソウル市立交響楽団といい、これとは別に Seoul Philharmonic というオケもあるというからややこしい。ただ、今回来日したソウル・フィルこそが、韓国で最も古く由緒正しい楽団であるということだ。チョン・ミョンフンが 2006年から音楽監督を務めているらしい。

このオーケストラ、今回が確か 3度目の来日であると思うが、最初の来日に関して忘れられない思い出があるので、それは後で記すとして、まずはこの日の曲目から。

 ブラームス : ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調作品 102
 ブラームス : 交響曲第 4番ホ短調作品 98

堂々たるブラームスプログラム。二重協奏曲でソリストを務めるのは、ヴァイオリンが、チョンのもうひとつの手兵であるフランス国立放送フィルのコンサートマスターで、このソウル・フィルの客演コンサートマスターでもあるブルガリア人、スヴェトリン・ルセヴ。チェロが、韓国人ソリスト、ソン・ヨンフン。オケとの呼吸がぴったりの好演であった。
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このオーケストラ、聞くところによると、チョンが音楽監督となってから、演奏水準を上げるために半分以上の楽員が入れ替わったという。最近ではレコーディングも盛んで、1番、2番、9番、そして次に 5番と続くマーラー・シリーズが日本でも高く評価されている。
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ステージをざっと見渡したところ、弦楽器は女性、しかも若い女性の奏者が多く、金管には西洋人の顔も見える。この日の演奏では、二重協奏曲はコントラバス 8本 (ロマン派としては通常編成だが、協奏曲としては少し大型であろう)、交響曲に至っては、昨今珍しい 10本のコントラバスを動員していた大型編成であった。なじみのない方のために念のために申し添えると、オーケストラにおけるコントラバスの数はそのまま弦楽器の人数を表している。つまり、コントラバスが通常より 2本多ければ、チェロ、ヴィオラ、第 2ヴァイオリン、第 1ヴァイオリンと、それぞれ 2本 (1プルト) ずつ多くなるのだ。なので、これからはコンサートに行く度に、「ほぅ、今日はコントラバス 10本だね。大きいねぇ~」と知ったかぶりできるわけです。あ、「どの楽器がコントラバス?」という質問は受け付けないので悪しからず。

寄り道はともかく、このオーケストラ、さすがチョンが手塩にかけただけあって、合奏能力も優れているし、集中力も高い。日本のオケとどうしても比べてしまうが、場面場面では多くの日本のオケを上回るような深みの音を聴くことができた。ただ、特に交響曲では、やはり弦の情緒纏綿とした歌に管楽器が埋もれてしまうのはいかんともしがたい。まあ、これは日本人も近い感覚があるかと思うが、韓国人の情緒の表現には瞠目すべきものがあって、ブラームスの中でもこの 4番には適性があると思った。但しその意味では、フランス音楽の繊細なレパートリーなどはどうなるのかという気もしたものだ (確か前回の来日ではドビュッシーの「海」を演奏していると思うが、私は聴いていない)。しかしながら、オーケストラの持ち味をこのような形で表現したのだととらえれば、非常に聴きごたえのある音楽だったと思う。東京はソウルから近いのだから、日本のオケへの刺激という意味でも、これからも頻繁に来日して欲しいものだ。この日のアンコールは、同じブラームスのハンガリー舞曲第 1番。ブラームスの 4曲の交響曲の中で、この 4番だけが、打楽器にティンパニ以外の楽器が加わっていて、それは実はトライアングルなのだが、一連のハンガリー舞曲の中でも、この 1番はトライアングルがあれば足り、5番や 6番のようにシンバルは必要ないから、この日のアンコールとしては好都合であったろう (笑)。

さて、この演奏会から離れて、このオーケストラの初来日について書いておきたい。それは、2011年 5月10日。何かお気づきにならないだろうか。そう、東日本大震災からほんの 2ヶ月後だ。このときクラシック音楽界では、来日中、または地震直後に来日予定であった演奏家や団体が、次々と演奏会をキャンセルしたものだ。そんな中のひとつが、チェコ・フィルハーモニー。以下のチラシをご覧頂きたい。
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指揮チョン・ミョンフン、ヴァイオリン庄司 紗矢香 (日本が誇る最高の才能!!) で、しかもメインの曲目はブラームス 4番だ。日程が 2011年 3月15日とある。結局このコンサートはキャンセルされたのだが、さすがに震災直後のこのタイミングでは、それも無理からぬものであったろう (確か、楽団は来日したものの、チェコ政府の命令で帰国したのではなかったか)。しかしながら、その後急遽、同じ指揮者、同じソリストで、ソウル・フィルの初来日が発表される。チラシはこれだ。
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彼らのような世界的な音楽家が、2ヶ月後の予定など空いているわけもない。これは明らかに、東日本大震災で心理的にも物理的にも大きな痛手をこうむった日本に対する応援として、スケジュールを無理して調整してくれたのであろう。当時いかなる感情で日々過ごしていたのか、明確には思い出せないが、放射能の恐怖や悲惨な地震と津波の被害が人々の心を苛んでいた頃であり、N 響で第九を振るために駆けつけてくれたズービン・メータとともに、このソウル・フィルの来日は大変な励みになったのだ。

そして、私は忘れない。演奏会が始まる前にチョンが英語で語った言葉を。「私はまず人間であり、次に音楽家であり、そして最後に韓国人だ。今日は人間としてここにいたいと思う」というようなものであった。そして、「我々のソリスト、サヤカさんを紹介しましょう」と言うと、庄司は人々を鼓舞するように、走って舞台に登場したのだ。実はこのときのメインの「悲愴」も、コントラバス 10本の編成であった。確か東京フィルのメンバーを交えた編成であったはず。音楽が人々に勇気を与えることができるという証明となったコンサートであった。ただその時も私は思ったものだ。「東京はソウルから近いのだから、このオケも、このような機会だけでなく、もっと気楽に頻繁にやって来て演奏してくれればいいのに」と。聴き手側も、欧米の有名オケだけではなく、また、震災後のような、あるいは国交 50周年というような、特別な機会だから聴くのではなく、ごく普通のコンサートとしてソウル・フィルを聴くべきだと思う。

ところで、いろんなご縁があるもので、ここで採り上げた 10月19日のチョンとソウル・フィルのコンサートでは、2011年にチェコ・フィルと演奏されるはずであったブラームス 4番が演奏され、たまたま今日 (10月28日) 聴いてきたコンサートでは、庄司紗矢香がそのチェコ・フィルとの日本での協演を果たしたのだ (指揮者と曲目は 2011年のものとは異なるが)。これについてはまた追ってアップのこととします。

by yokohama7474 | 2015-10-29 00:47 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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