ピエタリ・インキネン指揮 日本フィル (テノール : 西村悟、バリトン : 河野克典) 2015年11月6日 サントリーホール

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在京のオーケストラをあれこれ聴いている中で、これまで聴くチャンスがなく残念に思っている指揮者がいた。それはこの人だ。
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ピエタリ・インキネン。1980年生まれ、まだ 35歳のフィンランド人だ。現在日本フィルの首席客演指揮者で、来年からは首席指揮者に就任することが決まっている。これまでに指揮しているオーケストラの水準という点ではネルソンスやソヒエフほどではないにせよ、今まさに上り調子にあり、今後も世界的飛躍が期待される指揮者と言ってよいだろう。これまでにも述べてきたことだが、日本のオケが、エラい先生のもとで仰々しく演奏する時代は過去のものとなり、若い指揮者とともに活気ある音楽作りをする環境が整ってきていることは誠に喜ばしい。日本人の癖で、良くも悪くも、隣の芝生が気になるわけで、「あちらさんがアレをやったから、うちもコレを」という発想が、この場合にはよい競争になっていると思います。

さて今回初めてインキネンを聴くにあたり、興味を持ったのは以下のような曲目だ。

 シベリウス : 歴史的情景第 1番作品25
 シベリウス : 組曲「ベルシャザールの饗宴」
 マーラー : 大地の歌

この指揮者は過去数年に亘って、シベリウスの管弦楽曲とマーラーの交響曲を組み合わせたシリーズをこの日フィルで行っているらしい。なるほど。シベリウスは 1865年生まれ。マーラーは 1860年生まれ。5歳違いの同世代というわけだ。この二人、実際にマーラーが 1907年に演奏旅行でヘルシンキを訪れたときに面会までしているらしい。共通点と同じくらい相違点のある二人の作曲家だが、フィンランド人指揮者というと必ず同国最大の作曲家であるシベリウスの演奏を求められる中、人気のマーラーと組み合わせて、その知られざる作品まで紹介してやろうということなら、なかなかの策士ですな、このインキネン。しかも今年はシベリウス生誕 150年。なかなかに気が利いている。

実際、シベリウスの 7曲の交響曲ならよく知っており、同じ作曲家の交響詩ならネーメ・ヤルヴィの全集 CD を持っている私であるが、それ以外の管弦楽曲には未知のものも多く、今回の 2曲はいずれも初めて耳にする。なんでも、「歴史的情景第 1番」は作品番号 25で、その次の作品番号 26は、あの超有名曲「フィンランディア」なのであるが、これらはもともと、帝政ロシアの圧政に抵抗するために書かれた愛国劇に使われたものらしい。つまりこれらは兄弟曲というわけだ。もう一方の「ベルシャザールの饗宴」は旧約聖書の物語で、一部クラシックファンの方には、英国の作曲家ウォルトンのオラトリオでご存じの題材である。シベリウスにしては異色の題材で、劇付随音楽のようだが、劇の中身はよく分かっていないらしい。これらの曲を演奏するに際してインキネンは、非常に丁寧な指揮ぶりでよくまとまった音楽に仕立て上げた。繊細な音色のコントロールがなかなかに巧みであると思った。

実はこの日のコンサートでは、「ベルシャザールの饗宴」ではなく、同じシベリウスの交響詩、ソプラノ独唱を伴う「レオンノタール」が当初予定されていたが、フィンランド人のソプラノ、ヘレナ・ユントゥネンが出産のために来日できなかったために急遽曲目変更になったらしい。このソプラノは、実は後半の「大地の歌」(テノールと、それから通常はソプラノではなくアルトが歌うのだが) にも出演を予定していたところ、バリトンの河野克典に変更になった。「大地の歌」を男声 2人で歌うのは、バーンスタインとウィーン・フィルの名盤におけるジェームズ・キングとディートリヒ・フィッシャー・ディースカウという素晴らしい例がある。だが、やはりテノールとアルトという男女の組み合わせの方がなんとなく落ち着く (?) こともあり、テノールとバリトンによる演奏は、あまり多くない。ただ今回聴いてみて、男声だけでもあまり違和感ないなという感じもした。というのも、この曲を通じていえることには、別に歌手の朗々たる美声を聴かせることが目的でなく、漢詩の東洋的な情緒を表現する手段として、いわば言葉を伝えるための楽器として歌手が必要な曲であるからだ。もちろん、最大の聴かせどころである終楽章の「告別」では、微妙な味わいが必要になるが、それにはうまい歌手が必要であって、男声か女声かはあまり関係ない。ベテランの河野は、その点ではさすがの味を出していたと言えるのではないか。

ただ、この日の「大地の歌」の出来全体には、残念ながら少し疑問符がついた。冒頭、音が噴き出さねばならないのに、少し平面的であったし、随所に聴かれる諧謔味にも不足し、黄昏のような練れた音もあまり聴くことができなかった。考えてみれば、この日の曲目全体を通して、オケが最強音で鳴るシーンは一度もなく、随分枯れた内容であるわけで、35歳の伸び盛りの指揮者を聴くには、ちょっと不適であったかと思う。それからもうひとつ残念であったのは、終演後のカーテンコールで、明らかに彼が奏者を把握しておらず、立たせる奏者を間違ったことだ。現在首席客演指揮者で、来年からは首席指揮者になるというのだから、これはやはり避けて欲しかった。奏者側のモチベーションにも関係するので・・・。差された奏者が、「え? ミ、ミィ~???」と戸惑うのはよろしくない。つまりそれは、「私だろ私」と思う奏者が別にいるということなので (笑)。いや、真面目な話、そうだと思います。

さて、この日のプログラムには、このような折り込みが。
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せっかくの機会なので、終演後に残ってこのトークを聴くこととした。今回の曲目変更の話があったが、その中で、本当は「ルオンノタール」と「大地の歌」という、ともに歌つきの管弦楽曲を並べることが興味深いと思ったがそれを話せず残念。ただ、歴史的情景第 1番にはシベリウスには珍しいスペインのボレロが出て来るし、「ベルシャザルの饗宴」はオリエンタルな音楽で、その流れで中国の漢詩の世界を扱った「大地の歌」につながった、と語っていた。「大地の歌」は今回初めて演奏したとのことであったが、35歳ではまだそうであろう。これから何度も採り上げるにつれ、解釈も練れてくるはずだ。尚、通訳の方は、インキネンの話している内容の 1割から 2割程度端折って訳しておられたが、細部にその演奏家の性格が出るという点もあり (例えば、今回来日できなかった歌手が 2人目のベイビーを出産するのだという表現など)、やはりきっちりと訳してほしいと思った。

というわけで、私の最初のインキネン体験は、必ずしも親指をぐっと立てる感じにはならなかったが、また次の機会を楽しみとしよう。来年 1月に別の手兵、プラハ交響楽団と来日するほか、4月にはまた日フィルで、ヴェルディのレクイエムや、庄司紗矢香を迎えてのブリテンのヴァイオリン協奏曲と「惑星」というプログラムが予定されている。今回聴けなかった最強音を聴きたい。「インキネンって陰気ねぇ」と言われないようにして頂きたいものだ。


by yokohama7474 | 2015-11-08 20:57 | 音楽 (Live) | Comments(2)
Commented by michelangelo at 2015-11-12 00:10 x
yokohama7474様

こんばんは。お邪魔致します。

私は1日遅れの、7日に鑑賞しました。

今回のシベリウスは、数年前のシベリウス・ツィクルスと比べ随分アプローチが異なっていたように思います。個人的には、前回の方が共感し易かったです。

「大地の歌」に関しては、yokohama7474様の御感想と同様、2日目でも同じく疑問が幾つか浮かび上がりました。1日目との大きな違いは、最強奏が激しく聴こえたことです。

カーテンコールについても、改めて指揮者と言うのは、最後の最後まで気の抜けない役目だなと感じます。私の勘違いでなければ、立派なチェロ奏者が確か指名されずに終わりました。

インキネン氏は、私のex-boyfriendの友人である為、出来る限り重要と思える演奏会には足を運んでいますが、次は2016年9月「就任記念演奏会ワーグナー・ガラ・コンサート」を楽しみに待つことにします。

通訳の方は、yokohama7474様の仰る通り、丁寧に訳して頂きたかったです。指揮者と言うより、人柄が伝わるような日本語訳を届けて下さらないと、折角の魅力も半減します。

P.S.ブラームスの青い目は、yokohama7474様のアイデアでしょうか?光っています。又、カーネギーホールに纏わる貴重なご解説やお写真を載せて下さり、ありがとうございます。昨日のユジャ・ワン@Apple Store、盛り上がったでしょうね。
Commented by yokohama7474 at 2015-11-12 23:40
> michelangeloさん
コメントありがとうございます。そうですか、インキネンと間接的なお知り合いとは。そのようなきっかけで、まだ若い一人の芸術家の成長をずっと見て行けるというのも、音楽ファンの楽しみのひとつだと思います。ブラームスの青い目は・・・すみません。私のアイデアではありません。でも、きっとあんな感じだったのだろうと思って選ばせて頂きました。ユジャ・ワンの Apple Store での会はどこかで案内を見ましたが、残念ながら行けませんでしたが、またどんどん来日して欲しいですね。ということで、とりとめのないブログですが、またお時間あればお立ち寄り下さい。
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