グスターヴォ・ヒメノ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 (ピアノ : ユジャ・ワン) 2015年11月 9日 愛知県芸術劇場

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クラシック音楽を多少なりとも好む方は、オランダのアムステルダムに世界屈指のホールとオーケストラがあるのをご存じだろう。英語にすると、そのままズバリのコンサートホール、オランダ語でコンセルトヘボウだ。もし音楽のお好きな方 (この場合は別にクラシックに限らない) で、アムスに出掛ける機会があれば、だまされたと思って、なんでもよいからこのホールでコンサートをお聴きになるがよい。ヘボウと名がついているからといって、ヘボだと誤解するなかれ。何がどうすごいと説明するのもはばかられるが、私なりに一言でまとめるとするなら、ここにはヨーロッパ文明の神髄がある。是非一度行かれることをお勧めする。

さて、このホールを体験するには現地に足を運ぶしかないわけであるが、幸いなことに、ホールの名を冠したオーケストラは、世界各地に演奏旅行に出掛け、その素晴らしい音を聴かせてくれるのだ。今やホールの名に加えて「ロイヤル (= 王立)」の称号まで冠しており、その栄光の歴史はますます輝くばかりだ。2008年には専門誌のアンケートで世界一のオーケストラにも選出されている、名門中の名門だ。

このコンセルトヘボウ管の来日自体は決して珍しいものではなく、数年に一度は来日している。ところが、ちょうど音楽監督のマリス・ヤンソンスが退任したばかり。後任のダニエレ・ガッティの就任は来年だ。では、今年の来日公演の指揮者は誰なのか。
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グスターヴォ・ヒメノ、39歳。バレンシア生まれのスペイン人だ。うーむ、姫のというより殿の雰囲気だが、一体この人は誰だ。今回のコンセルトヘボウ来日のニュースを見て、ほとんどの人がそう思ったはず。最近日本でも大フィルや都響に登場しているのは知っていたが、どのような指揮者であるか、情報がない。加えて、今回の曲目だ。

 チャイコフスキー : ピアノ協奏曲第 2番ト長調作品44
 リムスキー・コルサコフ : 交響組曲「シェエラザード」作品35

「シェエラザード」は、千夜一夜物語を題材にした色彩感の極めて豊かな名曲で、来日オケでも採り上げることは多い。でも、前半のチャイコスフキー、有名なピアノ協奏曲第 1番ではなく、第 2番だ。これは珍しい。私もこれまで実演では、ロンドンで 1度だけ聴いたことがあるだけだ。知らない指揮者に知らない曲。いかにコンセルトヘボウと言えども、そんな組み合わせで客が入るのか!! とここで不必要にも声高に叫ぶ私であるが、登場するピアニストを忘れていた。
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ユジャ・ワン。いろんな意味で、およそ人類が歴史上これまで持ち得ていなかったピアニスト。中国生まれの 28歳で、今はニューヨーク在住だ。彼女のすごさを説明するのは、コンセルトヘボウのすごさを説明するのと同様、言葉では無理である。悪いことは言わない。聴けるチャンスがある限り、この人の演奏会に足を運ぶべきだ。

チャイコスフキーのピアノ協奏曲第 1番は誰もが知る名曲なのに、なぜこの 2番はほとんど演奏されないのか (実は 3番もあるが、未完成だ)。細部をよく聴くと、まぎれもないこの作曲家の個性が出ているし、3楽章構成も、1番と類似した点がある。ただ、いかんせん、旋律の美しさは今一歩だし、何より、今日の演奏を聴いて思ったのは、求められる技巧に対して得られる演奏効果に問題があるのではないか。そうであるからこそ、今世界でこの曲を弾いて聴衆を集められるのは、ユジャ・ワンしかいないと思うのだ。
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いやいや、意味なく彼女の写真を 2枚も掲載しているのではありませんよ。中国のピアニストでは、ラン・ランも素晴らしいと思うが、このユジャ・ワンを初めて聴いたときの衝撃は、そのスカートの短さだけではなかった (笑)。いや真面目な話、その完璧な音楽に、目眩さえ覚えたものだ。東京でニューヨークでリサイタルを聴き、来日オケや日本のオケでのコンチェルトも聴いているが、失望したことは一度もないどころか、聴くたびに驚きは増して行く。彼女の演奏であれば、極端な話、曲はなんであっても、聴く価値のあるアーティストなのだ。ただ、これをもって天才という言葉で片づけるのはやめよう。ニューヨークのカーネギーホールで彼女のリサイタルに行ったとき、開演 30分前にホールが開場するまで、喫茶スタンドのモニターでホール内の情景を見ていると、地味な普段着で毛糸の帽子をかぶったユジャが、ポロポロと練習しているではないか。その孤独な姿 (きっとそんな姿が喫茶スタンドのモニターに流れているとはつゆ知らないのであろう) に、芸術家の厳しさを見た。いかなる天才も努力なしには大成しない。そして本当の才能は、陰の努力などおくびにも出さないのだ。

この日、唖然とするテクニックで協奏曲を弾き終えた彼女は、何度もカーテンコールに登場しながら、なかなかアンコールを演奏せず、最後にいやいやのような感じでピアノの前に座って弾き出したのは、平凡なモーツァルトのトルコ行進曲だ。と、突然妙な和音が出て来たかと思うと、あとは千変万化の魔術的な曲になってしまった。これは、やはり超絶ピアニストであるロシアのアルカーディ・ヴォロドスの編曲になるものだ。これでまずびっくり。その後さらに 2曲を弾いたが、ひとつはシューベルトの「糸を紡ぐグレートヒェン」をリストが編曲したもの。それから最後はシューマンの「スペインの歌遊び」。ともに歌曲である。超絶技巧でバリバリ弾くだけでないユジャ・ワンの表現力の豊富さに、こちらは言葉もない。

そんなわけで、彼女のリサイタルを聴く機会あれば、悪いことは言わないが、聴いておいた方がよい。名古屋では早くも来年 6月のコンサートのチラシが。うーん、でもこれ、名古屋らしく、なんだか昭和っぽいなぁ。「カリスマ美女ピアニスト」って一体・・・。
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それではこの辺で。あ、違った違った。まだありました。後半の「シェエラザード」である。この日の 2曲とも、コンセルトヘボウが世界にその名を轟かす所以である音色の美しさに陶然とし続けていたが、もちろんそれは、指揮者ヒメノの功績でもある。なんと言っても彼はもともとこのオーケストラの打楽器奏者であったのだ。従って、曲の土台が体に染みついている上、明らかに奏者側も仲間として演奏している。特にこの「シェエラザード」では木管楽器のソロの見せ場が目白押しで、4楽章切れ間なしの演奏中、あの手この手で聴衆を楽しませてくれた。但し、ひとつだけびっくりするようなミスが。第 2楽章で旋律が楽器を渡って行き、先刻までよい感じで流れていたファゴットにまた出番が回って来たとき、なんたること、数秒に亘ってそのファゴットの音が抜け落ちてしまったのだ。その後音楽は問題なく流れて行ったが、この曲をよく知る人間としては、ほかがほとんど完璧であっただけに、大変残念であった。それから、総合してみると、オケとの信頼関係も厚い指揮者が、概して早めのテンポで光彩陸離たる演奏を成し遂げたと言えようが、あえて苦言を呈するとすると、本当に強い興奮に駆られて熱狂する場面もなかったような気がする。昔の、掛け声入りのチェリビダッケの演奏とか、パリ管が燃え上がったロストロポーヴィチの録音とか、あるいは同じコンセルトヘボウを縦横無尽にコントロールしたコンドラシンの録音とは、その点のみがわずかな差となったように思う。あ、それから、忘れられないシーンがひとつ。ファゴットのミスに対して指揮者がどう対応するかと思いきや、終演後のカーテンコールで、誰よりも先に、ミスをしたファゴット奏者を立たせたのだ!! 「シェエラザード」でファゴットですよ (笑)。当然その皮肉にファゴット奏者も反応し、両手を広げて苦笑いだ。これなども、もともとこのオケのメンバーが指揮者を務めていることによる一体感の現れであったろう。

もうひとつ面白かったのはアンコールだ。この流れでは、舞台にハープもあるし、チャイコフスキーの「花のワルツ」あたりが盛り上がってよいのではないかと思ったら、最初の曲はなんと、マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲だ。弦の音には芯が入っているようで、オーボエの歌も泣ける。感動しながらも、なんでここでヴェリズモオペラか? という疑問を持ったのもつかの間、次に演奏されたのは、何やらトーンクラスターのような前衛技法に、トランペットの短い叫び。それからは、ハンガリー風 (= バルトークかコダーイ風) でもありルーマニア風 (= エネスコ風) の民族的な熱狂が続いた。あとで判明したことには、まさにハンガリーの作曲家ジェルジ・リゲティのコンチェルト・ロマネスク (ルーマニア協奏曲) の第 4楽章であった!! これはさすがにマニアックだ。

というわけで、突っ込みどころ満載の面白いコンサートだったが、やはりコンセルトヘボウ、飛び切りの音であった。ですよね? コックリ。
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はいはい、ユジャさんはもういいから。

by yokohama7474 | 2015-11-10 03:03 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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