メイズ・ランナー 2 砂漠の迷宮 (ウェス・ボール監督 / 原題 : Maze Runner The Scorch Trials)

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このブログを始めて間もない頃、6月 6日の記事で、このシリーズの 1作目、「メイズ・ランナー」を採り上げて絶賛し、しかも余計なことに (笑) 何度も同じ予言を繰り返した。今回、シリーズ 2作目を見て、私の予言が当たったか否かはさておき (ご興味おありの方は是非映画をご覧頂きたい)、今回も私にとっては Thums Up! な映画なのである。

世の中の 2作目の苦労は、1作目のヒーローやヒロインの活躍をいかに新鮮味を持って続けるかということや、新たな展開にどのくらい説得力があるかという点にあると思う。想定を拡散しすぎてリアリティを失うものや、とってつけたような展開で観客を白けさせる映画がいかに多いことか。その点、幸いなことにこの映画は、そのような轍を踏む愚から逃れている。まあ、内容を詰め込み過ぎという批判をする人はいるかもしれないが、では、あなた自身がこれより面白い展開を考えつくだろうか。私は完全に脱帽だ。これは一言、面白い。

前作の感想とオーバーラップするが、有名俳優を一切使わない中で、それぞれの役者の顔が本当に生きている。脱出する若者たちに関しては、前作で、沈思黙考する黒人リーダーや、いかにも鼻っ柱の強い白人や、そのとろくささが同情を誘う太っちょは、既に亡い。すなわちここで生き残っているのは既にして Best & Brightest のみである。
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うーむ、これでは優等生のみになってしまいはしないか? そんな私の危惧を嘲笑うように、この映画では次々と新しいキャラクターが登場する。しかも、なんと徹底したことか、顔を見たことのある俳優は皆無なのである!! これは非常に有用な方法だ。コストを抑えつつ、これで成功したら次のステップがあるというモチベーションを役者に与えつつ、もしこれでブレークする俳優が出てくれば、この映画自体の歴史的評価が上がるわけだ。これは、製作 / 監督によほどの自信があってのことであろう。

演出は今回も素晴らしいと思う。劇中で、主人公トーマスの、「もう走るのはうんざりだ (I'm tired of running)」というセリフがあるが、それは観客にとっても全く同じ感覚。とにかく、これだけ主役たちが走りまくると、見ているこちらも息切れするのだ。それゆえ、こんな目に遭っても、もしかしたら走らずに済むと思うとほっとするかもしれない (笑)。
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例えば狭い通路を主人公たちが逃げるシーン。カメラは手持ちで主人公たちを追いかけながら、しかもズームする。次のカットは切り返しで、追われる方から後ろを見る。この組み合わせによって、遠近を行ったり来たりということになり、なにやら分からぬが大変な目に遭っているのだということを、観客は肌で理解する。実に巧みな演出だ。

巧みな演出のもうひとつの例として、細部へのこだわりを挙げておこう。主人公たちが砂漠を逃げて彷徨い歩くとき、食事はどうしているのだろうという思いが頭をかすめるが、それへの答えは劇中に一切出てこない。それなのに、窓ガラスを割って逃げるシーンでは、窓枠に残ったガラスの破片で怪我をしないようにと、わざわざ窓枠に毛布をかけるのだ!! 多分人間は、本当に追われているときには、そんなことを考える余裕もないはず。だからこれは映画の嘘だ。嘘が嘘としてスムーズに流れるか否かが、よい映画を判断するひとつの条件。よって私はこのシーンを見て快哉を叫んだのだ。

まあそれにしても、これだけ変化の激しい展開をよくぞ一本の映画に押し込めたものだ。もともと三部作のこの映画、次回が最終編となり、この映画は露骨にそれを予告して終わる。さて、前回予言をしたこの私も、この後の展開は分からない。分からないながらも、適当に考えてみようか。主人公たちは敵陣に乗り込み、なんとか仲間の復讐を果たすが、そこにはまた新たな真実が。その真実とは・・・。うーむ。どうしよう。地球そのものが何者かの支配を受けており、疫病の蔓延もそれからのサバイバルも、絶対者の思うがまま、というのはどうだろう。今回はあまり自信はないが・・・。

by yokohama7474 | 2015-11-14 23:45 | 映画 | Comments(0)
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