アーネスト・ブラマ著 マックス・カラドスの事件簿

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推理小説史上最も有名な探偵が、コナン・ドイルが作り出したシャーロック・ホームズであることは論を俟たないが、「ストランド・マガジン」がホームズ物を連載し始めたのは 1891年。その爆発的な成功に他の出版社が追随しないはずはなく、第一次大戦開戦の 1914年頃まで、続々と「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」が登場して英国の文壇を賑わせたとのこと。このマックス・カラドスという探偵が活躍するシリーズもそのひとつで、第一短編集の出版がちょうど 1914年。よって、探偵カラドスは、「ホームズの時代」最後の名探偵と目されている由。この探偵が登場するのはすべて短編で、26編あるとのことだが、この本にはそのうちの 8編が所収されている。

このマックス・カラドスという探偵の特徴は、盲目であること。先天的なものではなく、森の中で乗馬しているときに木の枝が目に当たって失明したという設定になっている。しかしながら、視覚を失ったことで逆にほかの感覚が研ぎ澄まされ、印刷物や手書きの書類も、指先でなぞることで難なく読めてしまう。また、忠実な従僕のパーキンソンという人物が、卓越した観察眼を主人に叩き込まれたということで、視覚面でこの探偵のサポートをする。カラドスは巨額の資産を譲り受けたことで、働く必要のない身であるが、同級生でこちらは本物の探偵であるカーライルを助けて、難事件を次々解決して行くのである。

私は昔の推理小説はそれなりに好きで、ホームズ物はもちろん全部読んでいるし、エラリー・クイーンやヴァン・ダインの主要作品、それからなかんずくチェスタトンのブラウン神父物は、驚嘆をもってすべて読んでいる。もちろん、その筋のマニアの方々には及びもつかないが、このカラドス物を初めて読むに際し、それなりの基準は自分の中にあるつもりである。この作品集の面白い点は、いかにも英国の作品だけあって、登場人物の台詞の皮肉に富んだ言い回しや、まさにホームズばりの細かい観察が必ず出てくること。そして、超常現象を含む不可思議な出来事が起こって、読者にはその不可思議がどのように展開して行くのかについて期待感が高まる。日本でも「座頭市」の例があるように、目が見えないがゆえにむしろ感覚が研ぎ澄まされているという発想も面白く、通常人が騙されるようなことにも騙されないというストーリー展開も、それなりに迫力がある。

ただ、ただである。正直、犯罪の種明かしがされても、ポンと膝を打つようなことは残念ながら少なく、やはりホームズ物とは読み応えが違う。短編においては、ペダンティックな設定やウィットだけではなく、キラリと光るトリックが必要であるところ、どうもこのカラドス物には、その点において不満が残る。もちろん、犯罪の動機に人間の感情の機微が現れるようなこともあるけれど、それゆえに逆に今度は意外性がない結果となっているように思う。

作者のアーネスト・ブラマは、個人的な情報をほとんど公にしなかった人らしく、生年も最近まで諸説あったようだが、1868年生まれというのが定説になっているようだ。このカラドス物の前に、カイ・ルンという中国人が語るアラビアン・ナイト風の奇譚を集めた The Wallet of Kai Lung なる著作で人気を集めた由。未だに英国ではそれなりに人気があるようだ。以下、右がカラドス物、左がカイ・ルン物の表紙。
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創元推理文庫のこのシリーズ、「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」と銘打たれていて、ほかにもいろいろ出ているようだ。あたりであろうとはずれであろうと、読んでみないと分からないし、今回のように不満を述べている場合でも、必ずなんらか興味深い点もあれば、逆にホームズシリーズの偉大さを思い知るという意味もある。機会あれば、シリーズのほかの本も読んでみたいと思う。


by yokohama7474 | 2015-11-15 10:15 | 書物 | Comments(0)
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