アンドレス・オロスコ・エストラーダ指揮 フランクフルト放送交響楽団 (ピアノ : アリス・紗良・オット) 2015年11月18日 サントリーホール

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ドイツのフランクフルトに本拠地を持つフランクフルト放送交響楽団が、昨年から音楽監督の任に就いたコロンビア人指揮者、アンドレス・オロスコ・エストラーダとともに来日公演を行った。昨年この来日が発表されたときの疑問がふたつ。その 1。フランクフルト放送響はもちろんドイツの名門で、日本では特にエリアフ・インバル指揮によるブルックナーとマーラーで親しまれている。だが、このオケは確か hr 交響楽団と改名したのではなかったか。h はヘッセンという州 (フランクフルトが州都) の名前、r はドイツ語の Rundfunk (放送) を意味するのであろう。ということは、これは「昔の名前で出ています」ということか。その 2。なんとかエストラーダって誰だ。どこかの CD 紹介か何かで名前を見たような気もするものの、定かではない。ラテン系の名前だが、いかにも長くて、頭の悪い私には覚えられない。一体何者なのか。一方ちょうどその頃、超名門ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の来日も発表され、そちらの指揮者も、聞いたことのないラテン系のグスターヴォ・ヒメノだ。これは新時代を告げる若手指揮者たちなのか、それとも、コスト削減を至上命題として負ったオーケストラの窮余の策なのか。これら 2つの来日オケの内容には、ひとつ共通点があった。コンセルトヘボウのユジャ・ワンと、このフランクフルト放送交響楽団の、五嶋龍にアリス・紗良・オットという、日本で人気のあるソリストの帯同だ。

というわけで、近い時期に行われたこの 2つのオケの来日公演を勢い比べることになってしまった。コンセルトヘボウについては既に (しかもご丁寧に 2回も!!) 記事を書いたわけであるが、このフランクフルト放送響の方は、結論から申し上げると、内容的には充実したものであったにもかかわらず、「コンセルトヘボウ (とその一員であった指揮者ヒメノ) + ユジャ・ワン」に、完全に「持って行かれた」という感が拭えない残念さを感じることになった。曲目は以下の通り。

 グリンカ : 歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
 チャイコフスキー : ピアノ協奏曲第 1番変ロ長調作品23 (ピアノ : アリス・紗良・オット)
 ベルリオーズ : 幻想交響曲作品14a

まず、指揮者のオロスコ・エストラーダについて。
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1977年生まれなので、今年 38歳。このところこのブログで採り上げている一連の若手有望指揮者のリストに名を連ねるべき実績を築きつつある。コロンビア人で、ウィーンで学び、現在のポストは、このフランクフルト放送響以外にもヒューストン交響楽団の音楽監督と、また今シーズンよりロンドン・フィルの首席客演指揮者である。なかなか立派だ。最近まではウィーン・トーンキュンストラー管の首席指揮者も務めていて、そのポストは最近佐渡裕が引き継いだ。また、ウィーン・フィルも既に指揮しており、ウィーンで支持されている模様だ。南米出身の指揮者といえば、今や若き巨匠としての地位を確立したグスタヴォ・ドゥダメルや、ほかにも、以前サイトウ・キネンを指揮し、今月 N 響の定期も指揮しているディエゴ・マテウスがいて、彼らを輩出したヴェネズエラの教育システム、エル・システマが世界的にも知られているわけだが、コロンビア出身の指揮者とは珍しいし、ウィーンで学んだということは、エル・システマとは関係ないわけだ。ラテンの血がたぎる爆演系の指揮者なのであろうか。

今回私が聴いた限りでは、この指揮者は決して爆演系ではなく、大変オーソドックスであるとの印象だ。冒頭のグリンカ作曲、歌劇「ルスランとリュドミラ」は、よく知られている通り、誠に華やかで快速テンポでぶっ飛ばす演奏が多いのであるが、今日の演奏では、指揮者はきっちり譜面を見ながら、むしろ端正にまとめた感じ。管も弦も充実はしている。しかしながら、やはりコンセルトヘボウを聴いた直後では完全に分が悪い。

次のチャイコフスキー。先のユジャ・ワンが珍しい第 2番のコンチェルトを弾いたのに対し、今回は天下の名曲、第 1番だ。つややかな黒髪を揺らし、長い手足を充分に使って真っ赤なドレスで演奏するのは、日系ドイツ人のピアニスト、アリス・紗良・オットだ。
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1988年生まれというから、まだ 27歳。特にメジャーなコンクール優勝歴があるとは聞かないが、ここ数年で世界のトップクラスに踊り出た感があり、大変に充実した活動を繰り広げている。まあ、このブログでも時々話題にしている通り、音楽家を語るのに美醜は関係ないはずだが、まるで女優かモデルのようなルックスが大きな武器になることは間違いないだろう。もちろん、それだけで生き残っていけるような甘い世界ではないこともまた自明だが。彼女は普通に日本語も喋るので、日本人にとっては親しみが持てるということも言えるが、まあ一義的には、その音楽の素直さがストレートに心を打つというタイプなので人気があるのだと思う。さてその彼女の弾くチャイコフスキーだが、鮮やかかつ表情豊かに弾き切ってはいたものの、あぁなんということ、ユジャ・ワンのあの天駆ける奔放さに比べると、なんとも優等生に見えてしまうのだ。それどころか、あろうことか、あの名曲 1番が、2番よりもつまらない曲に聴こえてしまったのはいかなることか。アンコールには、シューマンの「子供の情景」から「詩人は語る」。これは抒情的でよい演奏であったが、ここでも、つまらなそうな顔をしながらバリバリとアンコールを弾きまくったユジャ・ワンとの比較から逃れることはできない。アリスさん、申し訳ない。またの機会に期待しています。

そしてメインの幻想交響曲。爆演系の指揮者ならお得意の曲のはずだ。ただ、冒頭数分後、第 1楽章の繰り返しを実行しているのを聴いて、私の勝手なイメージができてしまった。つまり、「おっとこれは第 4楽章も繰り返しをやるのでは」と思ったら案の定そうなり、指揮者の古典性を表すこととなった。少し説明すると、古典派の交響曲はソナタ形式でできていて、提示部を反復するような指示が楽譜にあるものの、それを実行するか否かは演奏家の選択。古典派のモーツァルトやベートーヴェン、あるいはロマン派の交響曲にもまだその問題がある。昨今は原典ばやりで、昔に比べれば古典派交響曲では反復を実行する指揮者が増えてはいるものの、この幻想交響曲は既に古典的なフォームを持っていない、文字通り幻想的かつ文学的な曲なので、あまりその傾向とは関係なく、第 1楽章の反復を行わない指揮者が多い。そして、第 4楽章にも反復の指示があるが、これを実行する指揮者はさらに少ない。なぜなら、この楽章は「断頭台への行進」と名付けられていて、幻想の中で恋人を殺した主人公が断頭台で処刑されるというシーンを描いているからで、そんなグロテスクな内容に、提示部の反復も何もないだろう (笑)。ところが、昔のコリン・デイヴィスとか、クラウディオ・アバドは、繰り返しを実行している。アバドの録音が出たとき、評論家の座談会で、「この反復は、行進する行列がもうひとつ来たようで、びっくりしました (笑)」という趣旨の発言があったのをよく覚えているが、そのくらい反復は珍しいことなのだ。そのような反復まで実行する今回のオロスコ・ストラーダの演奏態度は、ある意味で非常に古典的かつ真面目な印象を受ける。冒頭のポスターに記載のある、「若き新時代のカリスマ」という感じはあまりしないのだ。その原因はほかにもあって、例えば指揮ぶり。両手で比較的小さめの輪を描くことが多くて、横に流れる仕草は少なく、派手な大見得も見られない。むしろ堅実と言ってもよいくらいだ。そして、この幻想交響曲のみならず、アンコールで演奏されたブラームスのハンガリー舞曲第 6番ですら、きっちりスコアを見ながらの指揮であった。譜面の足枷から自らを解放し、もっと激しく指揮するところを見たかったものだ。プログラムに載っているインタビューもあたりさわりない内容で、正直あまり面白くない。従って今日の時点での彼の評価は、一種職人的な持ち味で誠実な音楽を作る人ということになった。但し、アンコールではかなりテンポの揺れと思わせぶりたっぷりな表情を見せていて面白かったので、曲によってはそのような自由度を発揮することもあるようだ。そうすると、今回のようなロシアやフランスの作品よりも、ドイツ物の方が面白いのかもしれない。いずれにせよ、一度だけの演奏会で決めつけてしまうことなく、今後の活躍を見守りたい。

ところで、コンセルトヘボウに「持って行かれた」と書いたのは、客の入りにも言えることであり、今回の演奏会には若干空席が目立った。加えて、高校生の団体が入っていて、2階の RD / LD ブロック全部と、C ブロック後方の左右も占めていた。総勢 200名くらいいたのではなかったか。高校生の音楽鑑賞は大変結構なことではあるものの、一般売りだけではそこまでチケットがはけなかったのかなぁと、余計なことまで考えてしまった。あ、そうそう、もうひとつ。今回も終演後に指揮者とソリストのサイン会があると館内で放送が流れたので、終演後にいつもサイン会場となる、1階下手側の廊下に行ってみたものの、その準備はなく、すごすごと引き上げざるを得なかった。CD 売り場でサイン会場はどこかと尋ねる人たちもいたが、スタッフも「知りません」と返事しており、どうもうまく準備されている気配がない。既に遅い時間であったので、そこで私はあきらめて帰ったのであるが、さて、その後どうなったのだろう。指揮者とソリストがいざサインしようと思って出てきたら、お客さんは誰もいませんでしたということがなかったと信じますが・・・(笑)。

とまあ、いろんなところで「持って行かれた」感満載であったが、正直、昔の名前で出ていますではなく、次回は hr 交響楽団という今の名称を堂々と使って、曲目も、そうだなぁ、楽団お得意のマーラーの 6番あたりで勝負してくれないものか。その場合、第 1楽章の反復、期待しています!! この曲ならできるだけ長い時間、聴いていたいので!!

by yokohama7474 | 2015-11-19 01:06 | 音楽 (Live) | Comments(0)