レオン・フライシャー (指揮とピアノ) / 新日本フィル 2015年11月21日 すみだトリフォニーホール

私がこのブログで紹介しているのは、主として東京で開かれている文化的イヴェントの中から、クラシック音楽、なかんずく内外のオーケストラの活動と、様々な展覧会、それから公開中の映画ということになると思うが、これらに足繁くいそいそと出かけて行く私の日常生活自体は、以前からもう何年も (何十年も?) 変わらないものの、ブログを始めてからは、現代の日本でこのようなイヴェントがどんな意味を持つかについて意識的になって、わずかながらでも頭の整理をするようになってきた。それはまた、自分が続けてきた趣味の過去を振り返ることにもなり、一方で、世界の中で我々はいかなる文化を誇り得て、また何が課題であるかを考えることにもつながる。膨大なネットの海の片隅での細々とした活動ではあるが、そのような私の問題意識を、ご覧頂く方と少しでも分かち合えればと思う。まあもちろん、それだけだと照れくさいので、適度なおふざけもありということで、ご容赦願いたい (笑)。

珍しく改まった書き出しであるが、この演奏会を聴いて、危うく涙をこぼしそうになった私としては、この機会にこのような青臭いことでも言っておかなくてはと思った次第。ご紹介しよう。今回、指揮者でもありピアノも弾くのは、アメリカ人のレオン・フライシャーである。
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誰もが知る世界の巨匠ではないかもしれない。でも、私には忘れがたい思い出があって、もう 20年以上前だと思うが、彼がこの同じ新日本フィルを指揮しながらピアノを弾いて、ラヴェルの左手のための協奏曲を演奏したのを聴いて、えらく感動したのである。もちろん、第一次大戦で右手を失ったピアニスト、パウル・ヴィットゲンシュタインの委嘱で書かれた数ある左手のためのピアノ協奏曲の中でも、飛び切りの名作だ。このフライシャーの演奏は、大胆で楽しくて、もう最高だったのである。実は、これも鮮明に覚えているのは、その演奏会の数日前に同じ曲を、同じオーケストラ、同じピアニストで、小澤征爾の指揮で聴いていて、正直なところ、小澤の伴奏よりもフライシャーがピアノを弾きながら指揮した方が感動的であったのだ。この演奏会についてはまた後で述べよう。

今回の曲目は以下の通り。

 モーツァルト : ピアノ協奏曲第12番イ長調K.414 (ピアノ : レオン・フライシャー)
 ラフマニノフ : 交響曲第 2番ホ短調作品27

実は、私が上記の 20年以上前の演奏会を聴いた頃、フライシャーは左手のピアニストとして知られていた。若い頃から頭角を現し、16歳で巨匠ピエール・モントゥー指揮のニューヨーク・フィルをバックにカーネギー・ホールでデビューし、モントゥーから「今世紀の逸材」という評価を得たという。ステレオ初期には当時の (いや、今でも歴史上の存在として) 世界最強コンビのひとつ、ジョージ・セルとクリーヴランド管弦楽団をバックに、ベートーヴェンとブラームスのピアノ協奏曲を録音した。ところが 1965年 (おぉ、なんと私が生まれた年、今から 50年前だ) に右手の 2本の指が突然動かなくなったのだ。逆境にめげず、その後指揮もはじめ、北米の一流オケとの協演を重ねながら、時折左手のピアニストとしても活動していて、上記の新日本フィルへの客演もその一環だったのだろう。ところが、これはいかなる奇跡かあるいは意志の力のなせるわざか、2000年に右手の機能が回復し、それ以来、指揮とピアノの双方で活躍しているのだ。今回、その彼が新日本フィルにまたやってくると聞いて、それは聴いてみたいなと思ってチケットを買ったのであるが、後で冷静に考えてみた。彼は一体何歳なのだ。1928年生まれ、なんとなんと、今年 87歳だ!! プログラムによると、このオケには 1998年以来、実に 17年ぶりの登場ということになる。

さて、1曲目のモーツァルトの 12番のコンチェルト。彼の 10番台のピアノ協奏曲は、20番台の百花繚乱という感じとは少し違って、より素朴な美しさがあるのだが、この 12番も実に素晴らしい曲で、第 1楽章でヴィオラの合いの手が入るところでいつも痺れてしまう私であるが、今回の演奏は、もう尋常ではない美しさであった。オーケストラの指揮者 / ピアニストに対する尊敬が痛いほど伝わってくる。フライシャーの指揮はごく簡単なものであるが、彼がそこに座っているだけでもう音は流れ始めるのだ。オケからピアノに、またピアノからオケに主役がバトンタッチされるときの呼吸がなんとも言えず絶妙だ。一瞬の静けさに無限のニュアンスが込められているのだ。若い頃からのこの上ない栄光と思わぬ試練、そしてそれを克服する意志の力を持った人が 87年も生きてくれば、こんな魔法も可能になるのかと思われる。ただただ感嘆だ。オーケストラをいろいろ聴いていると、コンサートマスターが有能か否かも大体分かってくるのだが、東京のオケはどこも皆優れたコンサートマスターを持っていて、この新日本フィルの崔 文洙 (チェ ムンス) も、本当に素晴らしい。からだ全体を使ってオケをリードし、演奏の次元を常に高めている。今日も彼の能力は全開だ。
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以前、自分の葬式にはベートーヴェンの「田園」の終楽章を流したいと書いたことがあるが、このモーツァルトのピアノ協奏曲第 12番の第 2楽章も、涙はないのに素晴らしい抒情で、こんな素晴らしい音楽とともにこの世に別れを告げられたら最高の贅沢だなぁと思った。まあ、憎まれっ子世にはばかると言うし、そんな美しい現世との別れはまだ到来しないと思いますがネ (笑)。まあそのくらい、この曲のこの演奏が素晴らしかったということです。

さて、協奏曲が終わったときに、それまでステージにいなかった楽員が出てきて、彼のために椅子が用意され、花束の贈呈が行われた。そこでフライシャーが挨拶をする。「アベさん (と思ったら、どうやら正しくはアボさんのようだ) は 38年前に新日本フィルに入団しましたが、今日、後半のラフマニノフの演奏を最後に引退します」とのこと。楽員表を見てみると、コントラバスの安保 龍也という奏者が引退するらしい。首席奏者の印はついていないが、大学を出て定年までこのオケで演奏してきたのであろうか。見ていると、フライシャーはこの安保さんをピアノの横に座らせ、「彼のために演奏します。曲はポピュラー音楽で、20世紀半ばに活躍したジェローム・カーンの、"All the thigs you are" で、左手だけで演奏する編曲です」と説明し、左手でポロポロとピアノを弾き始めた。ジェローム・カーンは、ミュージカルの作曲家として知っているが、あの名曲「煙が目にしみる」も彼の手になるものだ。この "All the things you are" は、「君こそすべて」という邦題がついているようだが、本当にジャズの即興のように響き、スタイリッシュでありながら抒情的で、フライシャーの演奏はなんとも感動的だ。アメリカ人によるアメリカ音楽。しかもクラシックの枠を超えたこのアンコールに、安保さんは明らかに感無量、客席も大いに沸いたのである。

プログラム後半のラフマニノフの交響曲第 2番は、演奏時間が 1時間に近い大作だ。甘い曲調がハリウッド調のセンチメンタリズムだと非難する人もいる。だが、そうだろうか。私にとってこの曲は、ブラームスやマーラーの交響曲にもひけを取らない音楽史上の最高傑作のひとつだ。そして今回のフライシャーの演奏には、人生のすべてがある。憧憬、栄光、闘争、諧謔、感傷、高揚・・・。これらのない人生を送る人はいないだろう。また、これらの要素が多い人生を送る人ほど、その生は充実していると言えるだろう。87歳の巨匠がストゥールに座りながら、決して間延びすることなく、輝かしい音楽を紡いで行く。ここで私は気づくのだ。モーツァルトとラフマニノフのつなぎとして、ジェローム・カーンが演奏されたのだ。なんという絶妙な配置だろう。ハリウッドがラフマニノフからセンチメンタリズムを剽窃したにせよ、そのセンチメンタリズムは人生の何かを反映したものであるのだ。以前にも記事に書いたが、映画「バードマン」でこの曲がほんの一瞬流れるシーンを思い出そう。憧憬、栄光、闘争、諧謔、感傷、高揚・・・これはあの映画の主題でもあった。そして、念ずれば超常現象は起こるのだ。「バードマン」のラストシーンのように。そしてこの日のフライシャーと新日本フィルの演奏のように。聴きながら私は、この滅多に巡り合えない音楽の凄みの中で、何か懐かしいような気がしていたが、それこそセンチメンタリズムの昇華した思いであろう。圧倒的な演奏が終わったあと、オケの団員の中にも目を赤くしている人がいた。それを見て私は思ったものだ。このような演奏に参加された楽員の皆さんは、何卒誇りに思って頂きたい。そして、自ら音楽を奏でることのできない私は、音楽家たちに限りない羨望を抱くのである。

帰宅してから、例によってがさごそと探し物をした。まず、フライシャーの録音を集めた 23枚組のボックス。
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おぉ、なんと若いときの写真。このボックスは確か今年購入したが、自慢ではないがまだ一度も開けたことがない (笑)。多分、これを聴き通せば、人生にとっての大きな実りになることだろう。

それから、上で述べた、以前彼の弾き振りで聴いた、ラヴェルの左手のための協奏曲を聴いたときのプログラムだ。あったあった。1989年 5月10日。今を去ること 26年と半年前だ。
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何気なく 2枚写真を並べたが、お気づきだろうか。なんとなんと、この時もメインの曲目は、ラフマニノフの 2番であったのだ!! そのことはすっかり忘れていたものの、今回の演奏を聴いているうちにそれとなく感じた懐かしさの正体は、これであったのである。人の体験する音楽は、たとえその内容詳細は忘れてしまっても、不思議なことに、からだのどこかに残って蓄積して行くのであろう。だからと言って、中年になって体重が増える言い訳にはなりませんが (笑)。このときの新聞の批評も取ってある。
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細かくてこの写真から内容を読むのは困難であろうし、いずれにせよ全文は載せられない。ここでは、ラフマニノフ 2番についての論評を転載しよう。筆者は、当時知性派音楽評論で鳴らした中河原理。

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その棒も、すでに見たピアニストの余技を超えていて、ラフマニノフの交響曲第二番も結構、充実していた。ここでもフライシャーのいきかたは積極・果敢そのもので、作品が蔵する音楽を目いっぱいに解放させることが土台をなしている。ドラマに叙情に、その可能性をぎりぎりのところまで追い詰め斬りこんでゆく。おかげで傑作とはいいがたいこの大作に退屈を感じなかったのはもうけものであった。スケルツォ楽章の中間部、弦によるフーガの切迫感は息づまるほどだし、映画音楽もどきのアダージョもよく引き締まっていた。あと、新日本フィルが熱演にプラスして、二曲にわたり (注 : 前半のラヴェルと後半のラフマニノフのこと) もっと艶美な音を鳴らしてくれればいうことはなかった。

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いかがであろうか。曲への偏見といい、日本のオケへの期待感の低さといい、当時の音楽評論としては、標準的な内容であろう。ところが、それから四半世紀以上経って、重々しいドイツ音楽偏重主義は変わってきているし、何より日本のオケの水準は段違いだ。2015年の今回の演奏会、モーツァルトもラフマニノフも、まさに「艶美な音」で鳴っていたのである。

当時のプログラムには、楽員の一覧も載っているので、今回引退を迎えたコントラバスの安保さんの名前を探してみた。
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おー、あったあった。印がついているということは、当時の首席奏者だったわけですね。では、いずれかの時点で後進にあとを譲り、一団員として演奏し続けたというわけですね。本当にお疲れ様でした!! さて、このリストで思い出すことがひとつ。ヴィオラの首席奏者、白尾 偕子 (しらお ともこ) さんのことだ。小柄なからだを大きく揺すって、どの演奏でも輝いていた。間違いなくこのオケを代表する顔であったが、2001年、肺がんのために 47歳で急逝。葬儀ではロストロポーヴィチがチェロを演奏した (あ、今分かったが、リヒャルト・シュトラウスの「ドン・キホーテ」で共演したのだろう) とのことだし、死のすぐ後の演奏会では小澤征爾が G 線上のアリアを彼女の追悼として演奏した。夫君はフルート奏者の白尾隆で、上のリストにも名前があって今もこのオケのフルートの首席である白尾彰は、彼の弟だ。今、新日本フィルを聴くのにそのような知識は特に必要ないものの、フライシャーがきっかけをくれて思い出した過去からの流れを、何やらとても尊いもののように感じる。時は過ぎ、人々は順番に人生の舞台から退場して、また新しい人たちが継いで行く。そんな限られた時間の中でこそ、人類の最高の営みのひとつである音楽が、本当に素晴らしいものとして響くのだ。・・・いかんなぁ、柄にもなく、ラフマニノフのおセンチが移ってしまいましたよ・・・。

by yokohama7474 | 2015-11-22 00:47 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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