イツァーク・パールマン ヴァイオリン・リサイタル (ピアノ : ロハン・デ・シルヴァ) 2015年11月21日 サントリーホール

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イツァーク・パールマン、70歳。現代のヴァイオリニストの中で、最も知名度の高い人であろう。その人気の高さは、私がクラシックを聴き始めた 35年前から一貫している。一聴してそれと分かる艶やかな音色。「鬼神も避けて通るような難曲を涼しい顔をして弾いてのける」と言われるそのテクニック。足が不自由にもかかわらず明るい笑顔を振りまき、その人柄で世界中の人々から愛されている。それがパールマンだ。だが、率直なところ、私にはひとつの思いがあった。21世紀も最初の 15年を過ぎ、ヴァイオリニストにも天才鬼才あまたいる中で、今さらパールマンを聴く意味があるのだろうか。彼はもともと、超絶技巧を嘲笑うかのように、(わざとでもなかろうが) 大きく音を外すようなこともある人で、それは超絶的に巧いからこそ許されるという逆説的なミスなのであるが、音楽の聴き手として現代という複雑な時代と切り結ぶには、もっと何かこう、思弁的で厳しいタイプのヴァイオリニストをこそ聴くべきではないのか。一般のヴァイオリニストのようにオケにソリストとして登場するならその際に聴けるが、少なくともパールマンは日本では協奏曲の演奏はもう何年もしていないだろう。リサイタルで有名曲を弾き、最後の 30分くらいはお得意のナンバーをその場で選んで演奏するというパターンが、過去の来日では続いている。私は、ベルリンやニューヨークなどで彼のコンチェルトを聴いたこともあるが、日本では、2010年にリサイタルに出掛け、正直なところ、あまり感動しなかった。前回の来日時にもチケットを買ってあったが、出張で行けなくなって売ってしまった。今回も、来日自体は知っていたのであるが、あまり食指が動かず、直前になってやっぱり行くかと思い立ったときには、東京での 2回のコンサートは既に完売。ネットオークションでも、よい席が出品されると、定価を遥かに上回る価格でないと落札できない。へぇー、やっぱり人気なんだねと思うと焦り始め (笑)、なんとか掲示板で売りに出されていたチケットを定価以下で購入することができた。その代わり、席はステージから遥か遠く。普段なら絶対買わないエリアだ。でもまあ、せっかく聴けるのだから、楽しもうと思って出掛けた。実はこの日は、既に記事にしたレオン・フィッシャーと新日本フィルのコンサートに加え、4軒の美術館をハシゴするという強行軍。文化三昧の日ではあったが、ちぃとばかり疲れてしまいました。

曲目は、上のポスターの記載から事前に変更になって、以下の通りであった。

 ルクレール : ヴァイオリン・ソナタ第 3番ニ長調作品9-3
 ブラームス : スケルツォ (F.A.E ソナタ)
 ベートーヴェン : ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調作品24「春」
 ラヴェル : ヴァイオリン・ソナタ ト長調
 ヴァイオリン名曲集

最後の名曲集は、記録に取っていないので記憶の限りであるが、以下のような曲が含まれていた。順番の異同あるいは抜けがある場合はご容赦を。
 コレッリ (クライスラー編) : サラバンドとアレグレット
 シャミナード : スペインのセレナード
 クライスラー : 愛の喜び
 ホイベルガー : 真夜中の鐘
 ジョン・ウィリアムス : シンドラーのリスト
 プーランク : プロスト
 ファリャ : スペイン舞曲
 バッツィ : 妖精の踊り (アンコール)

さて今回のパールマンの日本ツアーは、既に大阪と名古屋で開かれており、ここ東京で 2回開かれる。私が聴いたのは東京での 1回目。ほかに、新聞によると皇太子様が鑑賞されたと記事になっていたが、その日 (11月16日だったと思う) は、サントリーホールのウェブサイトによると、内容の開示なく「関係者による公演」とあるので、この日に貸切公演でもあったのだろう。スポンサーの富士ゼロックスによるものか? 同社は 1987年から一貫してパールマンの来日公演のスポンサーで、今回で実に 12回目とのこと。素晴らしいことだと思う。ともあれ、今回会場に行くと、こんな垂れ幕が。
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ロビーでの雰囲気は何かくつろいだ感じで、よく見ると家族連れの方々が多い。話しているのを横で聞くともなしに聞いていると、家族で大阪も名古屋も聴いて、今回の三連休を使って皆さんで上京してきたような方もおられる。このあたり、いわゆる「家族で安心、パールマン」ということなのか。足の不自由な彼は、以前は伴奏者にヴァイオリンを持たせて松葉杖で舞台に登場したが、今回はなんと、電動カートに乗っての登場だ。しかも、のろのろではなく、速足歩きくらいのスピードで、大変にスムーズ。というわけで、音楽の始まりを待つ会場の期待は、通常のコンサート以上に明るく和やかだ。

今回の演奏を通して思ったことには、この人にはやはり人々を幸せにする何かが備わっている。率直なところ、バロックのルクレールや古典派のベートーヴェンやロマン派のブラームスよりも、近代の作曲家であるラヴェルが最も聴きごたえがあり、それから最後の名曲集でも、それぞれがまさにパールマンの面目躍如、耳に素直に入ってきた。もちろん私は、長らく決定盤と言われたアシュケナージとのベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集は昔からよく聴いてきたし、バレンボイムと録音したブラームスの 3曲のソナタも、若い頃にヴィデオから音声をカセット (古いなぁ 笑) に録音して、車の中でいつも聴いていた。でも、今のパールマンは、このような正当派のヴァイオリンよりも、ポピュラーな雰囲気の音楽が絶対に合っている。若い頃よりも技術が落ちたということではないにせよ、なんと言うのであろうか、本人の心の中で、本当に楽しんで弾ける曲か否かが、昔よりもはっきりしてきたような気がしてならない。実は私が最も好きなパールマンの録音は、アンドレ・プレヴィンのピアノと組んだスコット・ジョプリンのラグタイム集なのだ。クラシックという分類を外しても、こんなに楽しいアルバムはちょっとない。それから、ユダヤのクレッツマー音楽も本当に素晴らしい。あとは、今回も弾いた「シンドラーのリスト」のような曲も、彼のメンタリティの深い部分で共感するものがあるから、大変感動的なのだと思う。

そうしてみるとパールマンは、いちクラシックのヴァイオリニストの範疇を超えて、音楽の素晴らしさを一般の人々に届ける特別な音楽家の範疇に入るわけだ。クラシックの世界でも、パヴァロッティをはじめとする 3大テノールや、チェロのヨーヨー・マ、ピアノのアルゲリッチ、また、少し毛色は違うものの、やはりヴァイオリンの巨星クレーメルなどが、多かれ少なかれそのような範疇に属しているように思う。そうであれば、やはり彼の与えてくれる音楽の喜びに素直に身を委ねるのが得策であろう。伴奏のロハン・デ・シルヴァとの息もぴったりで、後半の名曲集では楽譜を探すときに軽妙なジェスチャーでのやりとりがおかしい。この名曲コーナーが始まったときにパールマンは、数枚の紙をめくりながら客席に向かって、「これは私がこれまでに東京で弾いた曲をコンピューターでプリントアウトしたものです。いつまで遡るかというと・・・(間をおいて) 1912年!!」と冗談を言ったのだが、残念ながら家族連れの多い客席には英語のギャグが伝わらず、ほとんど反応なし。かくしてヴァイオリンの超人、東京ですべるという羽目に相成った。

まあそれもこれも、終わってみれば楽しい思い出だ。彼の演奏会に出掛けた人々は、そのとき抱いた愉快な気持ちを一生どこかで持ち続けるに違いない。やはり、特別に何かを持った音楽家なのである。

ホールから出ると広場には既にクリスマスの電飾が。日本には米国と違って Thanksgiving がないので、11月中旬からいきなりクリスマスモードに入るわけだ。ちょっと早いと思いながら、ま、人々が穏やかな気持ちで過ごせるなら、それもよいかとひとりごちて、会場を後にした。
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by yokohama7474 | 2015-11-22 18:20 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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