ミケランジェロ・プロジェクト (ジョージ・クルーニー監督 / 原題 : The Monument Men)

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去年この映画の宣伝を見たとき、ジョージ・クルーニーが製作・監督・主演を務めた作品で、共演がマット・デイモンやジョン・グッドマンやケイト・ブランシェット、そして題材がナチスが戦時中に押収した美術品の奪回という史実であると知って、これはどうしても見なければと思ったものだ。ところが、封切前になって突然公開中止。前売り券の払い戻しにまで至る事態を見て、一体何事かと残念に思ったのである。もう日本では見ることができないのかと絶望的な思いをしていたところ、飛行機の中のプログラムでこの映画を発見し、狂喜しながらも、一体日本公開に差し障りのある内容がどこにあるのかと、ちょっとドキドキした。見てみると特に不都合な箇所は見当たらず、なぜあのような事態に至ったのか不思議だが、ともあれ今回無事劇場での日本公開が実現して本当によかった (どこかに契約の不備でもあったのだろうか???)。いずれにせよ、劇場で見るところ観客動員もそれなりの成績のようであるし、少なくとも美術に興味のある人々には是非ご覧頂きたい。

あらすじ自体は、その実際の中身の複雑さに比して大変単純だ。第二次大戦末期、ドイツの敗色濃厚となった中、連合国側では、欧州に残された貴重な芸術作品をナチの破壊や強奪から守るというミッションを、7人の男たち (原題の通り、モニュメント・メンと名付けられた) に託す。この 7人は、美術館の学芸員や歴史家や建築家、彫刻家らで、中には老人もいる。どうみても戦闘員ではないその彼らが、文字通り命を賭けて芸術品奪還に向けて危険な戦地に入っていくのだ。そこに絡むのが、占領下のパリで、ゲーリングがこ集めた美術品を保管した美術館の学芸員であるフランス人女性。ナチによって隠された美術品のありかを知っているのかいないのか、そもそも敵なのか味方なのか。史実に基づく物語だ。

戦争末期を描いた映画は、「プライベート・ライアン」や、最近では「フューリー」があった。また、戦争と美術に関するものでは、「ミケランジェロの暗号」という、滅法面白い映画もあった。あ、そうそう、「パリよ、永遠に」という最近の映画は、ナチがパリから退却する際に街の破壊を防いだ勇気ある政府高官や外交官の話を描いた優れた室内劇であった。だがこの映画は、それらのいずれとも異なる。そのユニークさは、戦争末期とはいえ戦地に赴く人たちの出会う過酷な運命を浮き彫りにしながら、人の命と芸術品と、どちらが重いかという命題を突きつけることではないだろうか。もちろんナチは絶対悪として登場するが、ヨーロッパの大国の美術館の展示品の多くは、他国からの戦利品であることを思うと、ヒトラーが生地リンツに建設を予定していた総統美術館構想も、それだけ取ってみれば、他国が非難する権利をどのくらい持っていると言えようか。まあアメリカだけは、武力ではなく金の力で美術品を集めたので、事情は違うという視点もあるにはあるが。いずれにせよ、美しいものが人の心を奪うことは素晴らしいことのはずなのに、その美術品が力づくで強奪されてしまうなどということは、やはり許されることではない。この映画には、その意味で観客をまず味方につけるという前提が存在している。

役者では、この作品のまさに中心人物、ジョージ・クルーニーがまさにいい味出している。1961年生まれだからまだ 54歳だが、メイクのせいもあって、さらに年上に見える。メトロポリタン美術館の学芸員役のマット・デイモンを口説いてモニュメント・メンに引き入れるシーンなど、それぞれの台詞がアメリカらしく乱暴で、それでいて洒落ていて、日本ではこういうことにはならんだろうなぁと思って見てしまう。
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コーエン兄弟の一連の作品を通じて私の好きな俳優、ジョン・グッドマンは、ここでは比較的おとなしい (笑)。それどころか、ふとしたことから命を落とすことになる同僚を最後まで助けようとする、巨体に似合わぬ優しい心を見せるのだ。
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それから、フランス的英語を喋る (笑) ケイト・ブランシェットは、いつもながら達者な演技だ。マット・デイモンとの間にロマンスが生まれかかるが、まあそのあたりも大人の描き方だ。
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さて、7人の男たちが危険の中に入って行く物語というと、もちろん誰しもが思い当たるのは、黒澤明の「七人の侍」だ。だが、この映画の劇的迫力は、さすがに「七人の侍」の域には遠く及ばない。それどころか、厳しい見方をすれば、作品全体を通して演出という点では、もうひとつ物足りないとも言える。なのでここではそれには深入りせず、残りのスペースでは、この映画を取り巻く興味深い事象を書くに留めよう。

まず、ここで出て来る美術品の数々。最近までナチがどのくらいの美術品を強奪したのかはっきりとは分かっていなかったようだが、なんと 500万点以上。ユダヤ人から没収したものは、未だにもとの持ち主が分からないものがあるというニュースを聞いたことがある。なんとも驚くべきだが、今日我々が見ることのできる素晴らしい美術品には、実在のモニュメント・メンが奪回したものが多いということを知ると、なんとも感慨深い。この映画でクローズアップされているのは、いずれもベルギーにある作品で、ひとつがファン・エイク兄弟によるヨーロッパ祭壇画の最高傑作と言われる、ヘントの祭壇画 (1432年作) だ。これは私も見たことがないが、生きているうちになんとしても見たい。劇中では、発見されたときに絵が 1枚足りず、ハラハラするが、それが思わぬところから出て来るのだ。
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もうひとつは、ミケランジェロの作になる、ブルージュにある聖母子像。私はブルージュにも行ったことがなく、ローデンバックの小説「死都ブルージュ」、またそこからヒントを得て作られたコルンゴルトの歌劇「死の都」、それからブルージュを描いたクノップフの絵画「見捨てられた町」などなどが大好きな者としては、これまたいずれ訪れなければならない街。そこに、イタリア以外の教会で唯一のミケランジェロの彫刻があるとは。なんとも心が浄化するような作品だ。作中で、この作品を守ろうとして命を落とすモニュメント・メンの一員の姿が描かれている。命を掛けるに値するなどと軽々しく言いたくはないが、犠牲になった命を慈しむような、素晴らしい聖母子像である。
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さて次に、音楽好きの方に教えたいトリヴィア。本作で占領中のパリでゲーリングの強奪した美術品を管理する親衛隊員、ヴィクトール・シュタールという役が出て来る。映画のプログラムにも載っていないし、ネットで画像検索しても出てこないその役を演じた俳優の名を、私はエンドタイトルでしっかりと見て、ピンと来たのだ。名前は、ユストゥス・フォン・ドホナーニ。これはと思って帰宅後に調べてみるとやはりそうだ、あの巨匠指揮者、クリストフ・フォン・ドホナーニの息子である。ドホナーニと言えば、往年の名ソプラノ、アニヤ・シリア (1960年代には美人ワーグナー歌手として一世を風靡した) と結婚していたことが有名であるが、この俳優はその前の奥さんとの間の子供らしい。

最後に、これも知らないともったいない話。この映画のプログラムを見ていると、マット・デイモン役のモデルになったのは、ジェームズ・ロリマーという当時のメトロポリタン美術館の学芸員で、その後彼は同美術館の館長になったという。むむ? メトロポリタン美術館館長のジェームズ・ロリマー??? 何やら古びた記憶の断片が、脳の底から叫んでいる。そこで心当たりを調べて、ポンと膝を打った。この人の次の代の館長がトマス・ホーヴィングという人で、作家としてフィクションのミステリーや、美術に関するドキュメンタリー物を書いているのだ。フィクションの「名画狩り」もまあまあ面白かったが、なんと言っても、ドキュメンタリーの「ミイラにダンスを踊らせて」や「謎の十字架」が滅法面白い。特に後者は、象牙の十字架を執念で追い求める実話なのだが、大美術館の館長がそんなことをしてもよいのかという犯罪スレスレ (いや、本当に犯罪???) の大冒険をあれこれ繰り広げるのである。私の記憶の奥底に引っかかっていたのは、そこに出て来る彼の前任の鬼館長の名前が、ジョームズ・ロリマーであるということだったのだ!! なるほど、このような戦争中の命がけのプロジェクトに参加した、逞しい人だったから、負けずに逞しいと想像されるホーヴィングにとっても、生き生きと描く対象になったわけだ。それにしても、人間の記憶力は本当に面白い。仕事上で何回会ってもどうしても名前を覚えられない人も多いのに (笑)、何年も前に読んだ本の印象が、全く別の機会にこのような記憶として、面識のない人の名前を浮かび上がらせるとは!! ご参考までにこの本の表紙を以下にアップしておこう。画像を取り込もうとアマゾンにアクセスしたところ、「お客様はこの本を 2007年 5月に購入しました」だと。ははは。さすがコンピューターは記憶が確かですなぁ。
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そんなわけで、いつも以上に脱線しまくりで、あえて映画自体の細かい批評は避けたが、いろいろな意味で見る価値のある映画だとお奨めしておこう。

by yokohama7474 | 2015-11-25 01:35 | 映画 | Comments(0)