逆境の絵師 久隅守景 親しきものへのまなざし サントリー美術館

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この展覧会の主人公は久隅 守景 (くすみ もりかげ)。聞いたことないなぁと思われる人も多いかもしれない。では、この絵はどうだろう。
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東京国立博物館が所蔵する「納涼図」。この一見なんの変哲もない、あえて言えば貧乏くさい (笑) 絵が、なんとなんと国宝なのだ。高校の歴史の教科書にも載っていた。この絵を描いた画家の名前が、久隅守景なのだ。これはいささか奇異ではないか。国宝絵画と言えば、雪舟の木が垂直に上る水墨風景とか、宗達の勢いあるポーズの鬼たちとか、光琳の装飾的なカキツバタや梅の重奏とか、等伯のかすんだ靄の中の松とか、こちらが自然と居ずまいを正すような、いわゆる神韻縹緲たる作品であるべきだ。それなのにこの絵ときたら、地面にゴザを敷いて頬杖をつく男と、だらしなくも上半身裸の女、そして二人の子供とおぼしき幼児が、瓢箪の下がった棚の下で涼んでいる様子なのである。

この絵を描いた久隅守景とは、一体どんな人物か。江戸時代前期の画家で、200点程度もの作品が知られているにもかかわらず、その生没年は不明であるらしい。それは彼が自らの作品に年号を入れなかったことに起因するが、実は狩野探幽の優秀な弟子であり、探幽門下四天王のひとりと称されて狩野派の中心にいたわけであるが、のみならず、探幽の姪と結婚するに及んで、師の彼に対する高い評価が極まったことが伺われる。その後、実際に何があったのかは分からないが、一説には息子や娘の不始末の責任を取って狩野派を離れ、地方を流れながら、地元の人々の生活を描く画家になったとも言われている。今日見ることのできる守景の絵の多くが、農村を描いた作品である。これは、日本の画家の歴史を見ても、非常に珍しい例であろうと思われる。まずは、狩野派というより、もっと古い雪舟かなと思うような守景の作品をご紹介しよう。
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それから彼の画風は、架空の厳しい風景というより、ある種理想化されたのどかな田園風景だ。例えば江戸時代に将軍の遊びとして知られた鷹狩り。実際には体のよい地方の視察であったが、地方の人たちはどのように見ていたのか、興味がある。守景の描いた鷹狩りの風景の一コマ。鶴を追いかける鷹を、また鷹匠が追いかけている (笑)。鷹匠という特殊な職業を借りて、ここにはまぎれもないこの時代の一般の人たちの生活が、象徴的に描かれている。「こらこら、待てぇー」という感じで、大変人間的。
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今回の展覧会を見て思うのは、守景の絵の細部の凝りようの凄まじさだ。さすが狩野派の中枢にいるべきであった画家だ。じっくり細部を見れば見るほど、その絵の人間性を感じることができる。路傍の石も人も、その瞬間を生きる尊い存在なのだ。
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この絵はどうだろう。上賀茂神社で催される競馬の神事を描いたものだが、鳥居の下で疲れて寝てしまった男がユーモラスに描かれているが、左隣の男は柄杓に水を汲んで、この男に与えようとしているのか、それとも馬を洗おうとしているのか (笑)。闊達な筆致が、なんとも言い知れない笑いを誘う。
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それから、動物を描いた絵も秀逸だ。これは都鳥図。あの業平の歌、「名にし負わば いざこと問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」を描いたものであるが、まるで近代絵画であるかのように巧みなデッサンであり、最小限の表現で活き活きとした動物の姿を描き出す守景の名人芸に、驚きを禁じ得ない。
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また、この絵はどうだろう。
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牧谿など、中国の文人画をモデルにしたものだろうか。白猿と黒猿が仲良く身を寄せ合って、さて、何をしているのやら。どうやらこれは、水面に浮かぶ月を猿が取ろうとしているところらしい。白猿の伸ばした左手は、上空の月を指していると解釈されている。それにしてもこの猿たち、なんとも人間くさいと思うのだが、いかがであろうか。もうひとつ私の興味を惹いたのは、この絵だ。
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ほっほぅ。これは舞楽ですな。非常に保存状態がよく、近くで見ると細かい彩色や盛り上がった金泥に目を奪われる。でも面白いのは、全く同じポーズの人たちが 4人並んでいることで、何やら東南アジアの影絵のようでもあり、アンディ・ウォーホルばりの現代絵画のようでもある。江戸時代に伝統を離れてこんな絵を描いた画家は、そうはいないのではないか。

守景には画家になった息子や娘がいるが、この展覧会には、守景の娘にして狩野派随一の女性画家、清原 雪信 (きよはら ゆきのぶ) の作品が結構な数、展示されているのだ。なんでもこの画家の名前は、西鶴の「好色一代男」にも出てくるらしく、当時人気の高い画家であったことが知られる。この雪信の絵がまた、巧いのだ。これは秋草図であるが、「好色一代男」には、雪信が秋の野を描いた贅沢な袷 (あわせ) が出てくるらしく、この題材は彼女の得意なものであったようだ。その写実性から、私は秋田の佐竹 曙山を思い出したものだ。
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このように守景とその周辺の絵画を見てくると、国宝に指定された「納涼図」の貴重さが見えてくる。この時代、庶民の生活をこのように描いた画家はいなかった。「納涼図」で描かれた家族が、守景自身をモデルにしているのか、あるいは全く架空のものであるのか、今となっては知る由もないが、ひとつ確実に言えるのは、この絵に描かれた家族が、まぎれもなく生きて生活しているということだ。その等身大のリアリティこそ、この絵が国宝に指定された所以であろう。この展覧会は 11月29日までで、もうすぐ終わってしまうし、「納涼図」自体は既に展示期間が過ぎているものの、このような特異な画家の展覧会を多くの人に見て頂きたいし、「納涼図」は東京国立博物館で、ガラガラの環境で (笑) 見るチャンスに期待しよう。

by yokohama7474 | 2015-11-25 23:49 | 美術・旅行 | Comments(0)