ネヴィル・マリナー指揮 NHK 交響楽団 (ピアノ : ゲルハルト・オピッツ) 2015年11月26日 サントリーホール

183歳。なんの数字だかお分かりであろうか。答えは、もともとこの日に共演が予定されていた指揮者とピアニストの年齢の合計だ。むむ、指揮者は 1人だろうから、ピアニストは 2人なのか? そうでないと、数字が大きすぎる。いえいえ、そうではない。指揮者も 1人、ピアニストも 1人。今年 91歳のサー・ネヴィル・マリナーと、92歳のメナヘム・プレスラーとの驚くべき初共演が、ここ東京で予定されていたのだ。残念ながら数週間前にプレスラーの体調不良による来日中止が決定。この日の N 響定期は独奏者を替えて開かれたが、11月28日 (土) に予定されていたリサイタルは中止となった。チケットを買っていた私はその払い戻し金 8,000円を、1回分の飲み代に充てるということに相成ったわけだが、コンサートを聴けなかったのは大変残念だ。さすがにこれだけの高齢だと、頻繁な来日を期待するのは酷かもしれないが、できれば改めて来日して、その滋味深い音楽を聴かせて欲しい。

この日の指揮者、サー・ネヴィル・マリナーは、クラシック・ファンなら知らぬ者はいないであろう有名な存在である。
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もともとロンドンのフィルハーモニア管弦楽団やロンドン交響楽団で第 2ヴァイオリンのトップを弾いていたが、1959年にアカデミー室内管弦楽団 (The Academy of St.-Martin-in-the-Fields) を結成してその指揮者となる。その後、ミネソタ管弦楽団やシュトゥットガルト放送交響楽団などの名門オケ (編成の小さい室内管弦楽団ではなく通常サイズのオーケストラ) を率いるが、アカデミー室内管との活動はその後も継続しており、やはりマリナーと言えばアカデミーという印象が強い。一般の方々でも接点があるとすると、やはり映画「アマデウス」のサントラが、このマリナーとアカデミーのオリジナル演奏であったということではないだろうか。このマリナー、既にサーの称号も得て充分な実績を残しており、その長いキャリアを通して実に膨大なレパートリーを録音してきた。1980年代初頭、未だカラヤンの新譜が続々と出ていた頃に、実はカラヤンよりもマリナーの方が年間の録音点数が多いという記事を見た記憶がある。調べたわけではないが、もしかすると、指揮者として最も多くの録音をして来た人かもしれない。少なくとも、歴史上最も多くの録音をしてきた指揮者のひとりということは間違いない。レコーディング歴の最初の頃の写真はこんな感じ。当時既に 40前後だろうか、決して非常に若い年齢ではないが、なかなかにダンディだ。
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そのマリナーが初めて N 響の指揮台に登場したのは 1979年であったが、その後はしばらく時間が空いたものの、2007年に再び指揮して以来、2010年、2014年に続いて今回ということになる。曲目は以下の通り。

 モーツァルト : ピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491 (ピアノ : ゲルハルト・オピッツ)
 ブラームス : 交響曲第 4番ホ短調作品98

実は、もともとプレスラーが弾くはずであったのは同じモーツァルトのピアノ協奏曲でも、17番であったが、代役のオピッツは 24番を弾くこととなった。
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東京というところはすごい街で、プレスラーが来日中止になっても、オピッツのような一流ピアニストがもともと来日中で、平然と 2回のコンサートの代役を務めることができるとは!! これで指揮者とピアニストの年齢の合計は 153。ということはええっと、オピッツは 62歳か (って、分かっていてマリナーの年と足し算しているくせ 笑)。逆さにしても顔になる絵のひげのオジサンのようだと茶化してはいけません。ドイツを代表するピアニストで、以前 NHK ではピアノの教育番組シリーズも持っていたはずだ。この人、ドイツ人だけあって、ベートーヴェンをはじめとするドイツ物に定評があるのだ。私は以前この人の弾く、あろうことかバルトークのコンチェルトを聴いたことがあるが、残念ながら客席からブーの出る、東京では珍しくもかわいそうな事態となってしまったのを目撃して、次は是非ドイツ物を聴きたいと思っていたのだ。もしモーツァルトをドイツ物と言うならの話だが・・・。というのもこの日の演奏、またまた残念なことに、つい1ヶ月半ほど前に聴いて未だに耳に残っているペライアとハイティンクの演奏と同じ曲であったために、正直なところ、あまり印象に残らないものになってしまった。オピッツのタッチは大変きれいなのだが、全体の音楽の流れが平板に聴こえてしまった。24番という短調の曲では、もう少し研ぎ澄まされた感覚が欲しい。音楽を聴くにもめぐり合わせというものがあって、私にとってオピッツはあまりめぐり合わせのよいピアニストではないのかもしれない。だが、アンコールに弾いたシューベルトの 3つのピアノ曲D.946の第 1曲には、遅いテンポでの壮絶な孤独が感じられ、彼の本領を垣間見た気がした。この作品はシューベルト晩年の曲で、彼らしい歌はあるのだが、ちょっと大げさに言えば、地球の終わりにひとりで歌う歌という感じがあって、大変に孤独な作品なのだ。シューベルトはピアノ協奏曲は書いていないので、今度オピッツを聴くときは、ドイツ物のリサイタルにしよう。

さて後半のブラームス。天下の名曲を老巨匠の手で聴くとどうなるか。結果は、残念ながらこれまた平板な印象。ここで私は改めて気づく。前半のコンチェルトも、ことによると指揮の平板さが関係していたのではないか。ここで白状すると、私は最近でこそマリナーの演奏会があればなるべく聴くようにしている。何を隠そう、ニューヨーク在住中にも、カーネギーホールとかエイヴリー・フィッシャー・ホールというマンハッタン内のメジャーなホールでなく、ハドソン川を渡ったニュージャージー州でしか彼のコンサートがないと知ると、わざわざ車で出かけて行ったものだ。だが、彼の膨大な録音を聴いて血沸き肉躍るという経験は、ほとんどしたことがない。いやもちろん、あの世紀の名ピアニスト、アルフレート・ブレンデルの伴奏として録音したモーツァルトのピアノ協奏曲など、大変よい演奏だと思ったものだが、単独のオーケストラの録音では、そのような経験はあまり思い出せない。今回、ブラームスの 4番という、磨き抜かれた音と最上の構成感を必要とする曲においては、時折白熱する部分が出てくると流れがよくなるのだが、N 響という、ドイツ物の演奏では並のドイツのオケよりも実績があるとすら思われるオケを前にして、その白熱を充分に昇華できなかったきらいがある。91歳にして未だに立ってかくしゃくと指揮をするこの名指揮者については、なるべくよい部分を聴きたいと思いながらも、ある意味で多くのクラシックファンの持っているであろう疑問、「なぜマリナーはこれほどの数の録音を残せるほど成功しているのか」という疑問を抱かざるを得ない結果となってしまった。

実は先日、N 響の年間定期会員に配布される CD が送られてきたのだが、ちょうど 1年ほど前に演奏されたマリナー指揮のブラームスの 1番であった。私もこの演奏を聴いたが、細部はあまり覚えていない。いずれにせよ、1番、4番と来て、もしかすると、ブラームスの残る 2曲、3番と 4番も、N 響で演奏してくれるのではないか。
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と書いていて思い出したのだが、去年のマリナーは、レナード・スラトキンの来日中止に伴う代役だったのだ。去年 90歳の彼が、代役で元気に登場。そして今年は 91歳になって、1歳年上のピアニストの来日中止を尻目に元気に登場。この調子で来日を続けて欲しい。「なぜマリナーはこんなに成功しているのか」を考える材料がもっと欲しいので!! 来年 4月には、もともとの手兵であるアカデミー室内管との来日が予定されているので、まずはそこで再会ということになろう。

ところで、もうひとつの感想。N 響をサントリーホールで聴く機会は貴重なのである。というのも、すべて定期会員によって満席になっているからだ。今回久しぶりにサントリーホールでの N 響を聴いた率直な感想として、弦楽器はともかく管楽器の精度やニュアンスの豊かさが、ほかの東京のオケに負けている場面があると感じたことを挙げておこう。関係者の方がご覧になるとお気を悪くされるかもしれないが、長らく日本の No. 1 オケである N 響が、あの巨大な体育館のような NHK ホールをメインの会場としている間に、サントリーホールや、あるいはすみだトリフォニーホールやミューザ川崎を本拠としているオケに追いつかれ、ある場合には追い越されている事態が発生しているのではないか。パーヴォ・ヤルヴィという時代の寵児を首席指揮者に迎えていることをはじめ、その指揮者陣の質や定期会員の数においては未だに他の日本のオケに冠絶する N 響ではあるが、客観的にその響きの精度をライヴァル楽団たちと聴き比べることは必要であろう。定期会員の方には、昔から日本のオケと言えばなんと言っても N 響という前提で聴き続けておられる高齢者が多い (地方からわざわざ聴きに来る人たちも一定数おられるようだ)。将来の高齢者である我々中年世代の動向が、今後のこのオケの主要な聴衆であるわけだが、我々には様々な選択の余地があるということを、こんなネットの海の片隅ではあるが (笑)、率直な思いとして書いておきたいと思う。

by yokohama7474 | 2015-11-28 00:11 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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