マルモッタン・モネ美術館所蔵 モネ展 東京都美術館

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振り返ってみるとこのブログで美術についての記事を書くときに、なぜか日本美術を採り上げることが多いように思う。このブログの趣旨は、東京を中心とする日本でその時々に開かれている文化イヴェントを紹介することにあるので、日本美術の記事が多いということは、たまたま日本美術の展覧会をよく見ているということだ。いかなる文化のジャンルであれ、展覧会やコンサートや劇場上映を離れ、過去の名匠巨匠を採り上げて私なりの独断と偏見で論じてみるのも、まあできないことではないものの、残念ながら時間がありません (笑)。そんな中、ようやくというべきか、王道と呼べる美術展を見てきたので、今回はそれを採り上げよう。印象派を代表する画家、クロード・モネ (1840 - 1926) の展覧会である。

もちろん私はモネのことを嫌いではない。それどころか、「へぇー、美しいねぇ」と思うことも当然ながら多い。しかしながら、では例えば、パリに出掛けた際にジヴェルニーまで足を延ばして彼の旧居を見たことがあるかというと、否である。南仏のシュヴァルの理想宮とか、ノストラダムスの旧居なんかには嬉々として出かけているのに、ジヴェルニーに行ったことがないとは何事か、と正当派美術ファンに怒られるかもしれない。それに対する私の答えは、「だって私ごときが行かなくてもそこには既に多くの観光客が行っているから、いいじゃないですか」というもの。一言で言うと私は混雑が大嫌いで、その性向はしばしば、「皆が好きなもの」にあえてソッポを向くというひねくれた態度となって結実する。あ、但し、エクス・アン・プロヴァンスのセザンヌゆかりの場所には行きましたよ。それは私が、この画家を近代絵画の神と崇めているからだ。ということは、私はモネには同様の尊敬の念を持っていないということか? だとすると、そのことに誤りはないか。今回のような大規模な展覧会によって、既によく知っているつもりの画家についても何か発見が期待される。さて、この展覧会、いかがだっただろうか。

展覧会名にある通り、パリにあるマルモッタン美術館のモネ・コレクションによる展覧会だ。世界最大のモネ・コレクションを持つ美術館だが、正式名称が、マルモッタン・「モネ」・美術館だとは知らなかった。このコレクションはモネの遺族から贈与されたものであるゆえ、その正当性と作品の質という点で、確かにモネに関しては世界一の内容であることは間違いない。今回も、いくつも有名な作品が来ているが、上のポスターにある通り、以下の 2作が目玉になろう。まず、1874年の第 1回印象派展 (このときはその名前の展覧会ではなかったが) に出品され、「印象派」という名称のもととなった、「印象、日の出」という作品。
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それから、1877年の作、「ヨーロッパ橋、サン・ラザール駅」。
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この展覧会は 9月19日から始まっており、会期は12月13日までと 3ヶ月近くあるため、途中で展示替えがあって、「印象、日の出」は既に展示期間は終わっている。もっともこの展覧会は東京のあと、福岡、京都、新潟を巡回するので、より混雑の少ない環境で改めて鑑賞するという作戦も有効かもしれない。ただ、上のポスターには、「『印象、日の出』、21年ぶりの東京」とあるので、ピンと来て調べてみると、1994年秋に国立西洋美術館で開かれた「1874年 パリ [第 1回印象派展] とその時代」展に出展されていて、ちゃんと図録にも載っているので、私はその時に見ているはずだ。へー、つい最近だと思っていたけど、もう 21年も経っているのか・・・。

ともあれ、これらの印象派を代表する絵について、私がここでとやかく講釈する必要はあるまい。ひとつ言えるのは、「印象、日の出」は、水や空や太陽という自然と、あまり時代と関係のない手漕ぎの舟という要素によってできているので、人間の力も自然の一部として、外部から人の目に入ってくる情景を Impression として表現している柔らかい絵であるのに対し、「サン・ラザール駅」の方は、鉄道という近代の産物がもうもうと蒸気を上げているという、当時の Contemporary な情景を力強く描いているという違いがある。一言で印象派とくくってしまうと、画家たちが描こうとした情景の多様性を単純化しすぎるような気がする。

さて、このような大規模な回顧展のよいところは、代表作だけではなく、その画歴を辿ることで、その画家のメンタリティや発想の根源に関する理解が深まるところだ。モネというと、上記の作品や睡蓮の連作によって、もっぱら風景画家というイメージがあるが、実は家族の肖像なども描いているのだ。今回の展覧会には出ていないが、有名なボストン美術館の「ラ・ジャポネーズ」(先般ジャポニズム展で日本にもやってきた) のモデルとなっている最初の妻カミーユはまた、若くして亡くなっていて、その死の床の様子を生々しく描いた作品もあり、妻の肖像ひとつとっても、喜ばしいもの悲痛なもの、様々の顔を見せるモネである。相当に家族を愛していた人であるようだ。以下は 2枚ともカミーユとの間の子供の肖像画で、左が長男ジャン、右が次男ミシェルだ。
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また、今回初めて知ったことには、もともと彼は若い頃、生地ル・アーヴルでカリカチュアを描いて近隣で評判となり、結構な金稼ぎまでしていたらしい。そこで得た世間の評価が、若いモネをして絵画の道に進む決心をさせたものであるようだ。以下、18歳のときに描いた劇作家と、20歳のとき (既に絵を学ぶためにパリに出てきていた) に描いた俳優のカリカチュア。これがあのモネの手になるものだとは、全く驚きだ。だが、このようなユーモアのセンスは、終生残らないわけがない。
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これらのカリカチュアを見て、「あなたに才能があることはすぐ分かる。しかし、ここに留まらないことを期待する。見ること、そして色彩で描くことを学びなさい。デッサンをしなさい。そして風景画を描きなさい」とアドバイスをした画家がいる。モネの師のひとりとなるウジェーヌ・ブーダンである。私がこの画家の名前を知っているのは、しばらく前に渋谷の Bunkamura で、「ブーダンとオンフルールの画家たち」展を見たからだ。ブーダン自身の絵は少し線が細い感じがするが、屋外の風景を描いて印象派のひとつの源泉となった。ええっと、今その展覧会の図録を引っ張り出してきて見ているが、1996年開催とある。うーむ。ついこの間だと思ったのだが・・・。いずれにせよ、そのブーダンの助言を入れてモネの描いた初期の油絵がこれだ。1862-63年、モネ 22-23年の「女性の頭部」。まだここには、後年の驚くべき風景画家の片鱗は見えないように思う。
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いかなる天才も、先人たちの影響なしには新たな芸術の地平を拓くことはできない。この展覧会には、モネが所蔵していたあれこれの絵画・彫刻作品も展示されている。直接の接点があったかなかったかに関わらず、モネがいかなる芸術を身近に感じているかを知ることは興味深い。師のブーダンや、仲間であった同世代のルノワールとともに、フランスロマン主義の巨星、ドラクロワの作品があるのが面白い。ロマン主義と印象派には、なんらかの水脈があると思うのだが、以下の虎の絵はともかく、海の情景などには、モネの先駆的な要素を見て取ることは容易だろう。
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それから、23歳年下の後輩にあたるシニャックの水彩なども本当に美しいのだが、新印象派と呼ばれることになる後進の感性を、モネはどのように見ていたものであろうか。
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モネがジヴェルニーに邸宅と庭を購入したのは 1890年、50歳の年であったが、それまでには素晴らしい色彩を作りだす手腕を身に着けるとともに、同じ対象でも違う時間帯や違う光の当たり方による様々なモチーフを試すのを常にしていたらしい。以下は 1885年の作品だが、印象派誕生の頃より 10年を経て、より鮮烈なイメージを追い求めているように思われる。
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これは1889年、ジヴェルニー前夜。何やら色彩の密度が増してきたように思われる。
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モネが目に異常を感じ始めたのは 1908年、68歳の頃からだと言われている。その前後から睡蓮の連作に取り組むが、1912年には白内障と診断される。彼はその後もさらに 14年間生き続け、最後まで活発な活動を続ける。ここで私が興味深く感じるのは、視覚に衰えが出てから、彼の絵は一層色彩豊かとなり、色と形の境界さえあやふやになってくることだ。これは 1917 - 19年に描かれた睡蓮。ここでは余白も意図的に残され、あとは色が左右に、また上下にたゆたうばかり。決して情念的ではないが、既に視覚による Impression を超えた世界に入っていることは明らかだ。
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最晩年の作品を見てみよう。以下の 2点はいずれも、1918年から 24年に亘って、白内障の手術による中断を経て描かれた「日本の橋」。彼が何度も描いたジヴェルニーの自宅の庭にある日本風の橋なのだが、さて、色彩の重なりの多寡はあれ、これを風景画としてよいものか。ことによると、抽象画と言った方が説得力があるのではないか。ここまで来ると、Impressionism の対極にあるはずの Expressionism、すなわち表現主義に接近していると言ってもよいだろう。
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ここで私が思い出すのは、モネとはある種全く正反対のタイプの画家、少し年長のギュスタヴ・モローも、晩年は色彩の実験を繰り返し、死後のアトリエからは、ほとんど抽象画と呼ぶべき作品が多く見つかったことだ。彼らの生きた時代は、ヨーロッパが戦争に明け暮れ、そして世界大戦に入って行き、どの国も大きく傷つくという時代。モネもモローも、政治的なメッセージを作品に託すタイプではなく、芸術至上主義と言えるであろうが、晩年に向かって行った世界には驚くほど共通点がある。彼らが見たかった美しい世界は、もはや彼らの内面にしかなかったということか。そうなると、印象派 = Impressionism という言葉の空虚さに思い至る。画家にレッテルを貼って都合よく分類するのはもうやめにしないか。モネの芸術に少しでも迫るなら、印象派などという言葉は邪魔なだけではないか。

この展覧会の最後の部屋には、これら最晩年の作品とともに、モネの遺品が展示されている。パレットやパイプはともかく、この眼鏡が面白い。1923年、死の 3年前にモネは右目の水晶体を取り除く手術を行い、術後には右目だけ青が強く見えるようになり、それを矯正する特殊な眼鏡をかけたらしいのだ。これだけ鋭敏な色彩感覚を持った人がその色彩のバランスを失い、結果として上のような最晩年の作品が生まれたとは、なんとも興味深い。彼の目にはこの色彩がどのように見えていたか、彼にしか分からず、またこの作品を見る現代の我々にとっても、人によって見え方が違うことだろう。
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混雑した会場から出てほっとすると同時に、展示作品を思い返してみて、いかに有名な大画家であっても、その画業を辿ることで新たな発見があるものだと実感した。便利なイメージ以外の画家の本質に、これからも注目して行きたい。あ、印象派の客観的な評価モネ。

by yokohama7474 | 2015-11-28 22:54 | 美術・旅行 | Comments(5)
Commented by desire_san at 2015-11-29 09:05
私もマルモッタン・モネ美術館所蔵品のモネ展を見てきましたので、興味を持って読ませていただき勉強点せていただきました。私も『印象 -日の出-』と『サン・ラザール駅』の両方を見に2度モネ展に行きましたが、どちらもモネにしか描けない魅力を感じました。モネの若いころ描いたカリカチュアを見たのは初めて全く知らなかったので、私も全く驚きで、ユーモアのセンスに感服しました。晩年のモネは前衛画家的な一面があり、アメリカの抽象表現主義絵画に共通するものがあることを身を持って体験することができました。

私もブログでモネ展を印象派画家モネと前衛画家モネの両方の観点で整理してみました。読んでいただけると嬉しいです。ご意見・ご感想などコメントをいただける感謝致します。

Commented by yokohama7474 at 2015-11-29 20:55
コメントありがとうございます。ブログも拝見致しました。一流の芸術家には、様々な面があって、奥深いですよね。またよろしければお立ち寄り下さい。
Commented at 2016-01-19 21:31 x
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Commented at 2016-01-19 21:33 x
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Commented at 2016-01-19 21:35 x
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