オッコ・カム指揮 ラハティ交響楽団 2015年11月29日 東京オペラシティコンサートホール

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驚くべき演奏を体験した。これは東京のコンサート史上に残る名演奏であったと思うし、首都圏のクラシックファンでこれを聴き逃した方には、地団駄踏んで悔しがって頂こう。フィンランド人指揮者オッコ・カムの指揮するフィンランドのオーケストラ、ラハティ交響楽団が、フィンランドの作曲家シベリウスを演奏した。上記のポスターの通り、3日間で 7曲の交響曲すべてを番号順に演奏し、ヴァイオリン協奏曲を間に挟むという内容。前日のオスモ・ヴァンスカ指揮の読売日本響の記事にも書いたが、シベリウスの生誕 150周年を祝ってのチクルス演奏だ。私はかろうじてその最終回にだけ行くことができたのだ。

会場には、前日読響を指揮してなんとも素晴らしいシベリウスを演奏した指揮者、オスモ・ヴァンスカその人の姿もあった、と思う (そっくりさんを見間違えたのでなければ・・・)。私としては、是非そうであって欲しいのだ。それは、このフィンランドの小都市、ラハティのオーケストラ (創立は 1910年と古いのだが) を世界一のシベリウスを演奏する団体に変えてしまったのは、ほかならぬヴァンスカであるからだ。このヴァンスカとラハティ響のコンビはシベリウス演奏のレコーディングで名を上げ、1999年に初来日して、そのときもシベリウスチクルスを演奏した。私も一部を聴いたが、よい演奏ではあったという記憶はあるものの、詳細は忘れている。そのオケが今回、違う指揮者とともに、今までに聴いたこともないような最上質のシベリウスを東京で鳴り響かせることになろうとは!! その場に、今ではこのオケの桂冠指揮者となっているヴァンスカが居合わせている必要が、やはりあるだろう (そっくりさんだった場合はゴメンナサイ)。

指揮者のオッコ・カムは、私の世代にとってはおなじみというか、むしろ懐かしい人と言ってもよい。第 1回カラヤン指揮者コンクール優勝者として名が知られ、ベルリン・フィルを指揮してシベリウスをドイツ・グラモフォンに録音していた。その後、日フィルを振りに来たり、渡辺暁雄と指揮を分け合って、日本の数都市で行ったヘルシンキ・フィルによる日本初 (だったと思う) の素晴らしいシベリウス・チクルスもあった。ところが最近はメジャー・オーケストラでの活躍はあまり伝えられず、あのラハティ交響楽団の首席指揮者に就任しているとは、今回の来日で知った次第。1946年生まれだから未だ 70になっていない。カラヤン・コンクール優勝は 1969年だというから、彼がまだ 23歳の頃だ。以下は、最近の写真と、若い頃 (あまり若く見えないが 笑) のベルリン・フィルを振ったレコードのジャケット写真。
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つくづく思うのだが、音楽家はその時々の環境によって演奏の充実度や、曲の解釈も変わることがあるのだろう。いろんな巡り合わせで栄枯盛衰が決まって行く。有名だから幸せとは限らず、成功しているからと言って本人が納得しているとも限らない。今日の演奏を聴いて、この指揮者の過去の栄光や、きっと続けていたであろう地道な努力といったものを少し考えてしまった。フィンランドで最も権威のあるオケは、当然首都に所在するヘルシンキ・フィルであろう。実は、シベリウスの 7曲の交響曲中 6曲をこのオケが初演している。ヘルシンキ・フィルは文字通りフィンランドの No. 1 オケである。カラヤンの名を冠した権威あるコンクールで優勝し、世界一のベルリン・フィルと録音もし、フィンランド一のオケの首席指揮者であった (ついでに、もともとはそのオケの楽員でもあった) 人が、60代も後半になって、かつて後輩指揮者が訓練して有名になった小都市の「新興」オケの首席指揮者に就任したということは、人によっては都落ちと見るかもしれない事態だ。フィンランド人のメンタリティーはよく分からないし、就任の経緯も知らないが、プライドが高い指揮者なら嫌がるかもしれないポストだ。だが、そこで最大限の結果を出せば、指揮者にとってもオケにとっても、大変結構なことであって、今回の演奏はまさに余計な雑音や好奇心を忘れさせてくれるものであった。

今回演奏されたシベリウスの交響曲は、以下の 3曲。
 交響曲第 5番変ホ長調作品82
 交響曲第 6番ニ短調作品104
 交響曲第 7番ハ長調作品105

演奏開始前にステージを見ると、これらの交響曲で使用されないはずの、ティンパニ以外の打楽器、具体的には、大太鼓、タンバリン、シンバル、トライアングルがあって。はっはぁこれはアンコール用だなと思ったのだが、タンバリンはともかく、シンバルやトライアングルを使ったシベリウスの作品と言えば、ま、まさか、あの曲か??? 私の予感が当たったか否かについては、また後で。

シベリウスの作風は、初期のロマン派風で平明なものから、徐々に抽象的で凝縮されたものに移って行った。まさに、先に見たモネの画風のようなものだ。実は人生の最後の 30年くらいは一切作品を発表しなかった彼であるが、その沈黙の真意は分からぬものの、交響曲に関して言えば、ある意味では究極のところにまで至ってしまって筆を折ったとも思われる。従ってこれら、最後の 3曲の交響曲は、シベリウス芸術の精華なのである。だが、それはマーラーの晩年のような、人生への惜別という痛々しい様相を呈するのではなく、フィンランドの美しい自然、その神秘的な森と湖のイメージを散りばめたような、繊細で夢幻的な曲になっている。今日の演奏では、5番の冒頭のホルンから、7番の最後で弦が中空に消えて行くまで、まさに音楽の美ということ以外、いかなる雑念も入らない絶美の世界が現出した。音が正確だとか、テンポが適正だとかいう次元ではなく、なんというか、楽譜に書かれた特殊な言語を、もともとその言葉の秘密を知っている人たちが目と目を合わせて、呼吸だけでコミュニケーションを取って、ともに語り続けるような、そんな感じ。あぁこの音はこんな風に鳴るのかと瞠目した瞬間が何度あったことか!! こうして書いていても、言葉の無力を感じる。ラハティ交響楽団、以前のヴァンスカ時代よりもさらに進化しているし、これだけのシベリウス演奏は、世界的に見ても、未だかつてそれほどなされていないだろう。カムは椅子に座っての指揮であったが、丁寧に楽譜を繰りながら、大げさな身振りなく、オケと呼吸を合わせていた。誠に稀有の名演であった。

そして、アンコールが 3曲演奏された。いずれもシベリウスの作品で、まずは、「アンダンテ・フェスティーヴォ」。弦楽合奏が祝祭的でたおやかな演奏を聴かせ、最後に少しティンパニが入る。私にとっては懐かしい曲で、それは、シベリウス自身の指揮の録音を FM からエアチェックしてよく聴いていたからである。2曲目は、「ある情景のための音楽」。ここでタンバリンが登場した。さて、そして 3曲目、私の予感が的中した。シベリウスの若い頃の作品ながら、最もよく知られた曲、「フィンランディア」である。この日初めてカムが暗譜で振る。久しぶりにコンサートで鳥肌が立ちまくった。金管の分厚さも申し分なく、かといって鈍重にはならない。シンバルもトライアングルも、きっちり鳴っている (笑)。弦楽器は、なめらかというよりも、何か中身のしっかり詰まったような音だ。そうだ、これは、木を叩いたような音だ。シルクとか黄金に例えられる弦楽セクションを持つオケはあると思うが、木に例えられるオケとは、フィンランドならではだろう。IKEA の家具か。おっとあれはスウェーデンですな (笑)。ともあれ、この通俗名曲を聴いてこんなに感動したことはない。有名な祈りのようなメロディでは、奏者たちがハミングしているのかと思ったが、そうではない。森にハミングがこだましているような音を、弦楽器が出していたのだ!!

大歓声の中、ふと思い出したことがある。音楽誌のインタビューであったろうか。このオッコ・カムが、「シベリウス以外でお好きな作曲家は?」と訊かれて、「おや、私がいつシベリウスのことを好きだと言いましたか?」と返していたのを読んだことがある。それは、フィンランド人であればなんでもかんでもシベリウスに結び付け、世界のどこに行ってもシベリウスを演奏させられることへのささやかな反抗と皮肉であったのであろう。私もそれはよく理解できて、フィンランドのオケがドイツ物やフランス物を演奏するのを聴いてみたい。いわゆるお国もの偏重はおかしいと思う。だが。だがである。今回のような特別な演奏を聴くと、音楽の根底に位置する、理屈ではない国民性のようなものは、やはり存在するのだなと思った次第。なので、これはこれで、本当に貴重な機会であった。であるがゆえに一層、あれだけの音が出せるオケなら、次回の来日ではドビュッシーかラヴェルなど聴いてみたいものだ。尚、帰宅してから調べて分かったことには、今回の 3回の演奏会では、それぞれ日によって違うアンコール曲が、毎回 3曲ずつ演奏された模様。いやいや、オケの方々、お疲れさまでした。

今日もまた終演後にサイン会があるというので、このコンビによるシベリウス全集を購入し、サインをもらった。これだけのレヴェルの生演奏を聴くと、CD を聴くのがちょっと怖いような。
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このような演奏を作曲者が聴いたら、驚くとともに喜ぶだろうなと思う。彼が早い時期に筆を折った事情について興味があるのだが、よく知らない。なんとなく私の中にイメージがあるのであるが、まずは世の中に出ている本で、機会があれば調べてみようと思う。というわけで、今回は老年のシベリウスの写真でお別れです。
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by yokohama7474 | 2015-11-30 01:56 | 音楽 (Live) | Comments(0)
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