リヒャルト・シュトラウス : 楽劇「サロメ」(演奏会形式) シャルル・デュトワ指揮 NHK 交響楽団 2015年12月 6日 NHK ホール

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昨日の「金閣寺」に続き、今日は「サロメ」を鑑賞。いくつもの共通点と相違点のある 2つの作品だ。共通点は、名高い文学作品を原作としていること。オリジナルの言語から翻訳されたドイツ語で書かれていること。内容的にも、主人公の美的な執着心という点で共通する要素がある。相違点は多々あれど、ひとつ挙げるとすれば、「金閣寺」の台本が原作の凝縮版だとすれば、この「サロメ」は、世紀末を彩る天才のひとり、オスカー・ワイルドの原作をそのまま台本にしている点だろう。原作と言っても、もともと演劇用の戯曲であるので、オペラへの転用はその点ではハードルが低いとも言える (もしこのオペラの創作に、強いてハードルが低いところを見つけろと言われればの話だが・・・)。作曲者リヒャルト・シュトラウス (1864 - 1949) は、その長い作曲家生涯において、40歳前後までは数々の管弦楽曲を書き、1905年に初演されたこの「サロメ」以降は、一貫してオペラを書き続けた。次の「エレクトラ」とともに、聖書・神話に基づいてヒロインの個性を強烈かつ血なまぐさく描く凄まじい内容で、世界のオペラ史に衝撃を与えた。私はこの作品を実演でも録音でも繰り返し体験しているが、何度聴いても戦慄する。永遠の問題作である。

そんな作品を N 響定期で採り上げたのは、このオケのかつての音楽監督で現在の名誉音楽監督、スイス人のシャルル・デュトワだ。
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この楽劇「サロメ」、2つの点でデュトワの通常レパートリーとは異なる。ひとつは、彼の得意分野はなんと言ってもフランス音楽で、そもそもドイツものを採り上げる比率は低い。もうひとつは、彼のこれまでの経歴に歌劇場の音楽監督というものはなく、もっぱらオーケストラを率いてきた。そんな彼がオペラを採り上げること自体が珍しい。ところが私は、このプログラムが発表されたとき、これは絶対聴きに行かねばと思ったのである。そもそもフランス音楽が得意とは言っても、当然ドイツものも手掛けるし、特にこの作品は、オペラと言っても通常のケースとは比べ物にならないほどオーケストラが重要だ。その色彩的なオーケストラ書法こそ、まさにデュトワの手腕の見せ所ではないか。N 響との継続的な関係を通して、既に披露していないレパートリーはないのではないかと思われたが、まだこんな大物が残っておったか (笑)。2003年には「エレクトラ」を採り上げており、干支が一回りして、R・シュトラウスの過激な姉妹のもうひとりに取り組むというわけだ。考えてみれば、これが「ボエーム」とか「トゥーランドット」の演奏会形式なら、デュトワの指揮ではちょっと違和感あるが、「サロメ」なら期待できようというもの。

オペラの演奏会形式と言っても、狭い舞台を作ったり少し歌手が演技したり、あるいは映像投影やライティングがなされる場合もあるが、今回は純然たる演奏会形式で、聴衆は正面から音楽に向かい合うこととなった。主要な役はすべて外国人、それ以外は二期会の日本人といういつものパターンではあるが、歌手は全員譜面なしでの歌唱であったので、そのまま舞台上演になってもバッチリ大丈夫だ。

主役のサロメは、ドイツ出身のグン・ブリット・バークミン。2000年にデビューしているとのことなので、まだ若手に分類できよう。
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ワーグナーやシュトラウスを得意のレパートリーとし、特にこの「サロメ」は当たり役で、ウィーン国立歌劇場でも歌っており、2012年の同歌劇場の来日公演 (私は見なかったが、当時の音楽監督、ウェルザー・メストが右腕の故障で来日中止となり、ペーター・シュナイダーが指揮した公演だ) でその役は既に日本でも披露済だ。このサロメ役は、実際の舞台では大詰め手前で 7つのヴェールの踊りを踊るという無茶な設定となっており、そこだけ代役のダンサーが踊るケースも多いが、演奏会形式の場合は、その箇所は大詰めに向けた体力温存の箇所となる (笑)。この歌手のドラマティックな歌唱はさすがであり、特に最後の独唱には大いに聴かせるものがあったが、ただ、ピットに入らない舞台上の大編成オケを従えての歌唱には、やはり無理もあり、NHK ホールという広い会場では、どうしてもオケに負けてしまうところが散見された。

私が今回とてもよいと思ったのは、ヘロデ王とその妃ヘロディアスだ。ヘロデ王は英国人テノール、キム・ベグリー。ヘロディアスは米国人メゾ・ソプラノ、ジェーン・ヘンシェル。以下の写真はいずれも過去の出演作だが、ベグリーの方は一見して「ニーベルングの指環」のローゲであろう。ヘンシェルの方は分からない。なんとも強烈だが (笑)、「ヘンゼルとグレーテル」だろうか?
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今回のこの 2人は、この凄惨なオペラの中での、悪役たちであるにも関わらずブラックな漫才のような掛け合いで笑いを誘うという難しいキャラクターを、阿吽の呼吸で演じていた。最後の方では自然と身振り手振りの演技まで出て、本当に舞台上演さながらだ。特にヘロデ王のベグリーの表現力は素晴らしく、テノールを絶対に英雄的な役柄で使うことのなかったシュトラウス (「ばらの騎士」の歌手役は、完全にパロディーであるが、シュトラウスの書いた唯一の英雄的テノール歌唱では?) がこの役に求めたものを充分に表現していて、また本人も楽しそうであった。経歴を読んでみると、上記の写真にあるローゲを得意としているらしく (今日のヘロデを聴けばそれも納得)、バイロイトでも歌っているとのこと。私が今年見たバイロイトの指環では彼ではなかったし、ティーレマンが指揮したその前のチクルスの CD が手元にあるので調べてみたが、そこでも名前は見当たらなかった。でもインターネットとは誠に便利なもので、戦後バイロイトで歌った歴代のローゲを紹介する記事を見つけ (いやー、そのマニアぶり、本当に頭が下がります!!)、彼の登場は 2000年に 1回だけだと判明。これはシノポリの指揮ですなぁ。ベテランだ。

ヨカナーンを歌ったのは、ラトヴィア出身のバス・バリトン、エギルス・シリンス。
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調べてみると、新国立劇場での「パルシファル」でのアンフォルタスや、東京・春・音楽祭でヤノフスキ指揮で行われている指環の演奏会形式上演においてヴォータンを歌っているなど、私も過去何度か舞台に接していることが分かった。力強い声で、立ち姿もよく、ヨカナーンらしい堂々たる歌唱であった。

デュトワの指揮は、やはりかなり器用にオケを操作していたと思う。この人はいつも、何か特別なことをするわけでもなく、情緒を纏綿と歌うということでもないが、ツボを心得た指揮ぶりには安心できるのだ。毎度同じことを書いていて申し訳ないが、NHK ホールという大きなハコで、細かいニュアンスを充分に聴きとることが絶望的に難しい環境では、まずはストレートな音作りのデュトワを信頼するしかないでしょう。怪しい炎のようなサロメ、ということではなかったが、オケに必要とされる機能性はまずまず発揮できていたと思う。・・・次回は「ボエーム」の演奏会形式にでも挑戦して頂ければ、また何か違ったデュトワを聴けるような気がする。いかがなものだろうか。

by yokohama7474 | 2015-12-07 00:12 | 音楽 (Live) | Comments(0)